29
翌日。
一日寝てある程度魔力が回復したのか、わたしはだいぶ元気になっていた。対照的に――。
「……しくしく、マスターは酷い人です。人非人です。あれは鬼畜の所行です。そう、もはや鬼です。悪魔です。魔王です。いえ、魔神でしたね、マスターは。名にし負う悪逆非道ぶりです。さすがは魔神。しくしくしく…………」
コアはすっかりふて腐れていた。ついでのように人を魔神呼ばわりするのはやめてほしい。
「あれはコアが悪い」
但し、わたしも黙って言われっぱなしになっているつもりはない。この件に関してはきっちり釘を刺しておかないと冗談抜きに命に関わるのだ。
「コア、約束して。もう勝手に魔力は吸わないって」
「ですから今後は九分八厘までしか吸わないと昨日誓ったではありませんか」
「……もう一日ゴミ箱の中で過ごす?」
まるで反省の色がないコアを持ち上げ、ゴミ箱の上まで持っていく。
「ひぃっ! 分かりました! 分かりましたよ! では今後は九分七厘――」
皆まで言わせず即投擲した。
「マスター! マスター! 出してーーー!!」
知らん。反省しろ、馬鹿たれ!
折衝の結果、半分以上吸う場合は許可制とした。
さて、コアとの交渉も片付きいよいよ人間軍攻略に乗り出そうと思ったのに、またしても問題が発生した。
「……帰る?」
朝食の席に顔を出した魔王ズは、挨拶もそこそこにそう切り出した。
「うむ」
「俺たちだって魔王だ」
「いつまでも領地を空けておくわけにはいかんからのう」
相変わらず綺麗に役割分担して領地に帰ると宣う魔王ズ。っていうかあんたら領地経営なんて真面目にやってたんだ。
「師匠。我らの第一の仕事は戦争ではなく領地経営ですぞ」
驚愕に目を見開くわたしに横からラグが一言。この世界の魔王は驚くほど勤勉だ。そんなもん部下に一任じゃないのか。君臨すれども統治せずを地でいってるもんだとばっかり思ってたよ。って、本来はこういう意味じゃないか。
「まあそういうわけだ。思いの外長居しちまったからな。いい加減帰らねえとサーシャにどやされる」
サーシャってのは筋肉が仕事を押しつけてきた部下の名前らしい。それにしても。むう、帰ると言うなら仕方がない。
「じゃあ帰りの駄賃に城を囲んでる敵軍くらい片付けていって」
結局ダンジョン改造ではほとんど役に立ってないし、せめてそれくらいはしていってもらっても罰は当たらないだろう。
「普通は行き掛けの駄賃と言うのではないかのう?」
疑問を呈する骸骨。
「行きに駄賃が掛かるなら、帰りにも掛かるのは道理」
「ふむ、屁理屈じゃな」
そこ、煩い。屁理屈のなにが悪い。理屈は理屈だ。
渋る魔王ズをどうにかこうにか説き伏せ、なんとか人間駆逐に同意させる。……なんで魔王に人間退治させるのにこんなに労力を費やしているのだろう、わたしは。普通逆だろう。どんだけ人間好きなんだよ、魔王。
まあ何のかんの言っても決まれば即実行に移すやつらだ。あっという間に身支度を調え、颯爽と辞去していった。
そして。
人間軍は壊滅した。それはもう見事に壊滅した。あっけないほどあっさりと壊滅した。
開門と同時に筋肉が単身中央の陣に突っ込み無双し。
左翼を骸骨が、右翼をのっぽがそれぞれ魔法で文字通り吹き飛ばしたのだ。
為す術がないってのこはこのことだね。一切の抵抗を許されず蹴散らされる人間軍を見て、わたしはそう思った。ついでのように討ち取られた敵の大将が哀れで仕方がない。筋肉のやつ、首級をあげるどころかそのまま放置していったし。まあ筋肉にとっては例え大将だろうが有象無象の一にすぎないということなのだろう。
こうして格の違いをまざまざと見せつけて魔王ズは帰還していった。
「よし、じゃあ後片付けといこうか」
即座に残党狩り部隊を出そうとしたわたしをラグが止める。
「師匠、そこまでせずともきやつらは既に軍として瓦解しております。放置しておいてもよろしいのでは?」
「お莫迦」
ほんとにこの魔王は甘い。落ち武者の略奪で村一つ滅びることだってあるのだ。ましてや既に退路は断たれている。帰還出来ない以上、自棄になるものが増えるだろう。そして、生き延びるには奪うしかない。結果、やつらがどうするかなんて火を見るより明らかだ。
……まあその状況を作ったのはこっちなんだけど、こればっかりは戦争なんだから仕方がない。
「では、捕らえて国元に送り返せばよろしいのでは?」
「殺さずに捕らえるのは大変。その分こっちの兵に被害が増えるけどそれはいいの?」
殺されないと分かればいくらでも無謀な突撃が出来る。それをいなして捕らえるには、よほどの実力差がないと無理だろう。その際生じる被害なんて考えたくもない。まさに無駄死にだ。
送り返すにしたってそう。いくら余裕があるとはいえ、その分余計な費用と手間が掛かる。今は戦時。金や人手はいくらあっても足りないのだ。にもかかわらず浪費なんて、愚の骨頂でしかない。
「それは、しかし……」
戦争なんて史料や物語でしか知らないわたしですらこの程度の知識はあるのだ。実際に戦争の渦中にある魔王が知らないはずがない。
案の定言い淀むラグに、わたしは問いかけた。
「そんなに人間を殺すのはいや?」
一瞬、なんとも言えない寂しげな表情を見せるラグ。そして、
「――ええ。嫌ですな」
ラグは静かに、でもはっきりとそう答えたのだった。




