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経緯はともあれ無事血を出すことに成功したので、止まらないうちにコアになすりつける。
「契約者の血液を採集――登録完了。全行程完了。以上でマスター契約は終了となります。お疲れ様でした」
浮かび上がっていた魔法陣がコアの中に引っ込んでいく。
これで今日からわたしもダンジョンマスターだ。
……おかしい。わたしの職業は高校生だったはずなのに。魔神の件といい魔力の多寡といい、どんどん人間離れしていくような気がする。どうしてこうなった。
まあいい、取り敢えず目的は達成だ。なら早速使ってみるかな。幸いこのダンジョンはもう三十階まで出来ている。ならそこまでは内装をいじくるだけで済むだろう。
「……えっと、そういえば名前は?」
コアに呼びかけようとして、まだ名前を聞いていないことに気付く。いつまでも玉っころ呼ばわりはさすがに可哀想だ。
「私の名称ですか? では、親愛の情を込めて『玉ちゃん』とお呼び下さい。親が四、愛が六くらいの割合で」
「わかった、玉っころ」
と、思ったがこの言い種で即座にそんな気が失せた。こんなやつ玉っころで十分だ。
「マスター? 玉っころではなく玉ちゃん、と――」
「わかった、玉っころ」
「いえ、ですからね……」
「わかった、玉っころ」
「愛情を持って玉ちゃん、と」
「わかった、玉っころ」
「マスター?」
「なに、玉っころ」
「しくしくしく。もういいです。コアとお呼び下さい」
よし、勝った。こういうのは初めが肝心なのだ。最初から甘やかすのは教育上よろしくない。
「わかった、コア。でも、玉じゃないんだ」
「その呼び方は猫みたいで嫌いです」
「そう」
頷いてはみたものの、正直玉と玉ちゃんとの差がわからない。どっちも同じだろうに。まあ感じ方はそれぞれだ。嫌と言うなら尊重しよう。
「そもそも私は猫より犬派です」
うん、その情報はどうでもいい。
「猫は私をおもちゃと勘違いして転がして遊ぶのです。大変失礼な連中です。その点、犬はいい。賢く忠実で優秀です。彼等こそ、人類のベストパートナー!」
うん、コアは人類じゃないよね。そして過去に何があった。
「……コア。昔語りはその辺で。早速だけどダンジョンを改造したい。やり方を教えて」
「そうですね。分かりました。では、まず私に魔力を注入して下さい」
いきなり無茶ぶりが来た。魔法を使えないわたしにその要求はレベルが高すぎる。
「どうやって?」
そもそも魔法なんて、生まれてこの方使ったことがない。その為に必要な魔力なんて概念は言わずもがな。技術大国日本の高校生をなめるなよ!
「そういえばマスターは魔法が使えないのでしたね。魔力操作も――当然できませんか。分かりました。では私が吸わせていただきます」
「任せる」
そんなわけで、出来ないことは出来る人間に任せることにした。素人は下手に出しゃばらないほうがいい。もっとも、今回任せるのは人じゃないんだけどね。些細なことか。
「いきます。私を放さず所持していて下さい」
「ん」
コアが淡い光を放つ。同時に、体の中から何かが抜けていく感じがする。ふうむ、これが魔力を吸われる感覚か。
三十秒ほどで発光は収まり、魔力を吸われる感覚もなくなった。
「半分ほどマスターの魔力を頂きました。ご気分はいかがですか?」
問われ、感覚を内に向ける。
「ちょっと疲れた、かな?」
長距離を歩いた後のような感覚。具体的には都会の駅間で二駅分くらい。
「魔力が危険域にまで減少すると、頭痛や目眩、激しい怠さといった症状が現れます。枯渇に到ると気絶ないしは最悪死に到ることもありますのでお気をつけ下さい」
なるほど。ご利用は計画的に、ってやつだ。ますます闇金じみてきた。せいぜい臓器を取られないよう気をつけよう。
「さて、早速改装に移りましょうか。対象はこのダンジョンでよろしいですか?」
「うん」
「分かりました。精査を開始します」
再びぺかぺかと点滅するコア。
「固有名――国境ダンジョン――全三十階層――全罠、解除済み――全階層、踏破済み――守護者、討伐済み――」
コアが次々とダンジョンの様子を解析していく。ややして、
「精査完了。懐かしいですね、国境ダンジョン」
精査を終えぽろりと感想を漏らす。
「知ってるの?」
「無論です。私はダンジョンコアですよ? 全てのダンジョンを把握しています。いえ、今となってはいました、と言うべきですかね」
どうやら箱に封印されていた間にリンクのようなものが途切れてしまったらしい。
「ともあれ、このダンジョンは特に思い入れがあります。何しろ前マスターと別れてしまったダンジョンですからね」
そういえばコアはこのダンジョンで勇者に奪われたんだっけか。
「その通りです。そしてそこには、聞くも涙、語るも涙の壮大な物語があったのです」
「具体的には?」
コアがものすごく語りたそうにしていたので水を向けてみる。
「前マスターは、私のことをとても大切にしてくれていました。常に身につけ、持ち歩いて下さったのです。ですが――それが仇となりました」
どうやら前マスターはコアと相思相愛だったようだ。前マスターって確か前魔王のことだよな。いいのかそれで。ラグといい魔王ズといい、ほんとに魔王って連中は変わり者が多い。
「ある日のことです。前マスターは、ズボンに空いた穴に気付かず私を落としてしまったのです!」
「…………」
「そして前マスターは、必死に呼びかける私に気付かず行ってしまわれた!」
とたんに話が莫迦らしくなった。そんな理由で奪われたんかい!
「一人寂しくダンジョンに取り残された私を拾ったのは……なんと! 勇者ではありませんか! ああ、なんという運命の悪戯! なという皮肉! なんという無情! こうして私は勇者めにあの忌々しい箱に封印され、前マスターと離れ離れになってしまったのでした」
ふうん、そう。
ただでさえ下らない話が、コアの大仰な語りのせいで尚更下らなくなっている。この話、聞くも笑い、語るも笑いの間違えだろう。ほんと、人の感性って十人十色だ。
「泣いていいんですよ?」
なんてコアは言うが、本気だろうか? 今の話のどこで泣けと?
「うん。取り敢えず、改装始めようか」
これぞ日本人が誇る四十八のコミュニケーション技が一つ、聞き流しからの強制話題転換だ!
「マスターは人非人ですね」
せっかく当たり障りのないようさらっと流して話題転換までしたのに、これ見よがしにため息を吐かれて非難までされた。
……理不尽!




