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 ともあれ、ようやく食事にありついたわたしは、

「――不味い」

 そのあまりなクオリティにがっかりした。ここ、仮にも王宮だよね? 王様の住むところだよね? それなのに何この料理。味は薄いしパンは固い。サラダはしなびているし乾燥果実は乾燥しすぎて繊維を食べているよう。思わず女将を呼べい! と叫びそうになってしまった。こんなんで味にうるさい日本人を懐柔できると思うな!

「お気に召しませんかのう?」

 同じ料理を食べていたおじいちゃんは、わたしの顔から不満を感じ取ったようだ。

「……別に」

 不満しかありませんとも。とは言わないでおく。ご馳走になっている側の最低限の礼儀だ。え? さっきまずいって言った? あれは思わず口をついてしまっただけだ。あんなのノーカン。ああ、和食が恋しい。

「これも、魔王軍の影響でな……」

 そしてなにやら語り始めるおじいちゃん。そういえば王様があんなんだったせいで、わたしはまだ喚び出された事情を詳しく聞いていない。

 そこでいろいろ聞いてみた結果、この世界は魔王に滅ぼされかけていて、起死回生、乾坤一擲の一手として勇者召喚を行いわたしが呼び出された、というお約束展開らしい。

「なんて迷惑な」

 あ、また口からこぼれ落ちちゃった。

「お気持ちはお察しします。しかし、儂等にはもはや異世界の勇者に縋るより他に道はないのです。何卒、お力添えを」

 深々と頭を下げるおじいちゃん。でも、

「嫌」

 わたしの結論は変わらない。何それ、もう異世界の勇者(赤の他人)に縋るしかない? 他力本願もいい加減にしろ。そんな世界なら滅びてしまえ。大体、

「わたしはただの高校生。戦う力なんてない」

 武道の嗜みなんて、体育の授業でやった剣道くらいだ。それも真面目に受けなかったから、何ひとつ身についていない。

「いえ、この世界に喚ばれた時点で、藤花殿には常人には及びもつかない力を既に得ているのです」

「…………」

 これはまたご都合主義な。

「論より証拠ですな」

 わたしの沈黙を勘違いしたおじいちゃんは、メイドさんに食器を片付けさせ、空いたテーブルの上に若干身を乗り出し片肘を立てた。これはあれか、腕相撲しようってことか。

 常人には及びもつかない力、とやらに少しばかり興味があったので、わたしも頷いて応じる。

「準備はよろしいですな」

「うん」

「では――」

 控えていたメイドさんに頷いてみせ、合図をさせる。

「始め」

 合図と共にわたしは右手に力を込め、


 ばきっ! めきっ!


 なんだかものすごい音がした。と、同時に、

「ぎゃあああ!」

 おじいちゃんがけたたましい悲鳴を上げた。

 え? なんで?

 見ると、おじいちゃんの右手はつぶれ、肘が変な方向に曲がっていた。おまけにテーブルは真ん中からへし折れている。この天板、何の樹か分からないけど十五センチはある一枚板だよね……。

「…………」

 これってひょっとしなくても大惨事? あまりの出来事にわたしが呆然としていると、おじいちゃんは右手お抱え込みなにやらぶつぶつ呟き始める。

 ややすると右手が淡く光り、みるみるうちに復元されていく。うわあ、魔法すごい。じゃなくて!

「ごめんなさい、大丈夫?」

 慌てて声をかける。

「うむ。問題ない。儂もまさかここまでのことになるとは思わなんだ。済まなかったの」

 逆に謝られてしまった。

「ごめんなさい」

 わたしももう一度謝罪する。魔法のおかげで治ったからよかったものの、もし治らなかったら大変なことになっていただろう。

「なあに、藤花殿の力を見誤った儂の責任じゃ」

 脂汗を垂らし、若干乱れた呼吸の合間に答えるおじいちゃん。この人、いい人過ぎる。人間嫌いのわたしが思わず好きになってしまいそうだ。でも、わたしをこの世界に呼び出した張本人も、このおじいちゃんなんだよねえ……。複雑な気分だ。

 それにしても、常人には及びもつかない力、ねえ……。これってそのまんま腕力のことじゃないか。つまりは馬鹿力。うら若き乙女に対してなんだこの仕打ちは。もっと他にあるだろう。色々と!

 ともあれ、壊してしまったテーブルをメイドさんに片付けさせ(弁償しろって言われなくてよかった)、新しいテーブルと紅茶を運んできてもらう。

「…………」

 嫌な予感がしたけど案の定この紅茶も酷い味だ。香もほとんどしないしひたすら渋い。や、ここまで来るともう苦いと形容した方が良さそうだ。どんだけ出涸らし使ってるんだよ。

「そういえば」

 酷い味の紅茶をわきに押しやり、疑問に思っていたことを尋ねる。

「ん? なんですかな?」

「魔法。わたしにも使えるの?」

 さっきのおじいちゃんの魔法はすごかった。わたしも使えるなら是非覚えたい。何しろ常人には及びもつかない力が宿っているはずなんだから。

「そうさのう――どれ」

 おじいちゃんは治ったばかりの右掌を上に向ける。

「視えますかな?」

「…………?」

 差し出された掌の上に目をこらす。何も見えない。これってあれか? 心の清い者にしか見えないとか純粋な魂の持ち主にしか見えないとか、その手の類いのものか? だったらわたしは絶望的だ。何せ常日頃から滅せよ人類! なんて思ってるんだから。あ、でもそれなら逆方向に純真かもしれない。どっかの国の王子さまみたいに。そういえば彼、とっくの昔に王様亡くなってるのにいつまで経っても王子を名乗ってたな。なんでだろう?

 ともあれ、雑念を払い目を擦って再チャレンジ。やっぱり何も見えない。

「だめ」

「ふむ。残念ながら適性がないようですな」

「そう」

 むう、異世界召喚の醍醐味が。って言うか何か? わたしにあるのは馬鹿力だけか? おい、なんだこの仕打ちは。

「なあに、そう気落ちなされるな。藤花殿にはあの素晴らしいお力があるではないですか」

「…………」

 素晴らしいお力ってようは馬鹿力のことだろ。ものは言い様だ。

「何が見えるの?」

「む?」

「適性がある人には」

「魔力の塊が見えまする」

「……もう一回やってみて」

 異世界まで来て得たのが馬鹿力だけなんて嫌すぎる。

「わかり申した」

 再び掌を上に向けるおじいちゃん。が――

「……駄目。やっぱり見えない」

「さようですか」

 現実はいつだって世知辛い。

「さて、藤花殿」

 場を取りなすように手を打つおじいちゃん。

「お食事も済んだことですし、今一度陛下との謁見をお願いできますでしょうか」

 そういえば、そんな話だったよねえ。ますます気が重くなってしまった。あの王様はわたしの嫌いなタイプだ。

「会わなきゃ駄目?」

「是非お願いいたします」

 仕方ない。このおじいちゃんにはさっき過失とはいえ怪我をさせてしまった。その償い代わりに頼みを聞くとしよう。

「分かった。でも待たされるのは嫌」

「ありがとうございます。すぐさま手配いたしましょう」

 言うやいなや席を立つおじいちゃん。違うから。ここで待たされるのが嫌なんじゃなくて謁見の間? とやらで待ちぼうけ食らわされるのが嫌なんだって。そう思うも後の祭り。おじいちゃんは既に部屋から消えていた。

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