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わたしとおじいちゃんは、以前わたしが喚び出されたあの神殿みたいなところへと向かっていた。そこにダンジョンコアを封印した箱を隠してあるらしい。
因みにレグナートはお城でお留守番。動くと目立つしね。
あの後。
戦争だ、なんて格好つけてはみたものの、よくよく考えてみたら人間と魔族ってとっくに戦争してたんだよね、ということに思い至ってわたしは一人で赤面していた。
おじいちゃんはおじいちゃんで、会社と顧客の板挟みに遭う営業みたいに苦悩した挙げ句、結局決めかねて上司にお伺いを立てる為に中座してしまった。そんなに難しいこと言ってないんだけどなあ。
で、出た結果が。「そんなもんくれてやれ」、ということらしい。どうやら愚王は、一刻も早くわたしを追い返したいようだ。
だったら最初からよこせよ、まったくもう。わたしの苦労を返して欲しい。もっとも、その方がわたしにとっても都合がいいから黙ってたけど。
「……藤花殿」
わたしが心中で愚痴をこぼしていると、不意に前を行くおじいちゃんが振り向いた。
「藤花殿は何故、魔王の側に付くのですか? 確かに陛下のなさりようは失礼でした。非があることは認めます。いかようにも謝罪いたしましょう。ですが、それは人間を裏切るほどのものなのですか?」
「…………」
思いがけず真面目な話だった。
わたしが魔王の側に付いた理由。そんなもの、言ってしまえば成り行きだ。
喚び出されて、おじいちゃんと会って。連れて行かれた先で愚王にも会って。タイミングよく出てきた魔王とも会った。そして、愚王より魔王の方が気が合ったからそっちへ行った。それだけのことだ。
人間を裏切るとか自分が勇者だとか、世界を救うの滅ぼすのと、そんなご大層なことは一切考えていない。ただ、わたしが生きやすい方を選んだ結果が、魔王の側だった。それだけのことなのだ。そう、言わば。
「条件の良いほうにつくのは当たり前」
わたしが魔王の側に付いた理由なんて、こんなものだ。
「相手は魔王ですぞ! 分かっているのですか!?」
驚愕するおじいちゃん。そんなに驚くようなことだろうか。
「もちろん」
自分で名乗ってたし。それにおじいちゃんにも確認したでしょ。
「では何故です!?」
「だから――」
「成り行き、などという言い訳は聞きませんぞ」
まさにそう言おうとしていたんだけど、先に釘を刺されてしまった。
「……人間と魔族の違いってなに?」
だから、前々から疑問に思っていたことを聞いてみた。
「見た目も同じ、考え方も同じ、暮らしぶりも同じ。おじいちゃんたちが言ってたみたいな残虐性もないし、虐殺だってしていない。じゃあ、両者の違いはなに?」
「魔族は、人間にはない強大な魔力を有しています」
「知ってる」
魔王限定だけどダンジョン造れちゃうし。
「物理的な力でも、我々の及ぶところではありません」
「うん」
特に筋肉なんて物理特化タイプの代表例だろう。……瞬殺だったけど。
「そして我々には不可能な強大な魔法を使います」
「だろうね」
雷落としちゃうくらいだし。
「つまり魔族とは、人間には持ち得ない強大な力を有する種族なのです」
「…………」
そこまで分かってるならなんで喧嘩売るかな。
「そして魔族とは、人間とは相容れない不倶戴天の敵なのです」
「なんで?」
いきなり結論がぶっ飛んだ。なんでそんな話になるの?
「考えてもみて下さい。隣に、自分より遙かに強い存在がいる。挙げ句そやつ等はいつ襲ってくるかも分からない。このような状況に、藤花殿は耐えられますか?」
「…………」
どこかで聞いたことのある論題だ。要するに、いつか襲われるかもしれない。怖い。じゃあやられる前にやってしまえ。というやつなのだろう。
馬鹿馬鹿しい。実に下らない。異世界だろうと、所詮人間は人間だ。結局人間は、自分たちより優れた生物の存在を肯定出来ないのだ。霊長類が聞いて呆れる。思い上がりも甚だしい。
「ですから藤花殿。魔王に付くなどと愚かなことはなさらずに、我らと共に魔族を討ちましょうぞ」
「はあ」
わたしはため息をつく。なんだか面倒になってきた。いいじゃん、どうだって。やりたいなら自分たちだけでやんなよ。なんでわたしを巻き込むの? なんでわたしに構うの? なんでわたしの選択に干渉しようとするの? わたしが何を選ぼうとわたしの勝手じゃん。今回の件だってそう。あなた達がなにもしなければ、わたしだってなにもしない。互いが気にくわないなら、見なければいいじゃん。お互いに干渉しなければいいじゃん。関わらなければいいじゃん。幸いそれが出来るだけの広さが、この世界にはあるんだから。
「魔族とか、人間とか。それがそんなに大事?」
「は?」
「わたしは人間よりも魔王の側の方が居心地がよかった。だから魔王の側に付いた。それだけ」
叩き付けるように返事を返す。
「気にくわないなら見なければいい。相容れないなら関わらなければいい。理解出来ないなら関係を持たなければいい。どうしてそれが出来ないの? ただ無関心でいればいいだけなのに。人間は、人間だけで完結してればいい。魔の国には関わらないで」
そうすればわたしは、こんなことをしないで済む。魔の国で、のんびりと暮らしていくことが出来る。それを邪魔しているのは、人間だ。
「しかしそれでは、人間は魔王に滅ぼされてしまいます」
「お莫迦。魔王がその気なら、人間なんてとっくに滅ぼされてる」
人間がまだ生きているのは、魔王にその気がないからだ。
例えばレグナート。今王城にいる彼に指示を出すだけで、この国の中枢は滅びる。ドラゴンを城まで侵入させてしまった次点で、もう生殺与奪権はこちらにあるのだ。どうしてそれが分からない。
「藤花殿。どうかお考え直しを。我々の側に付き、共に魔王を滅ぼしましょう」
おじいちゃんのそれは、おそらくは最終勧告だったのだろう。でも――
「いや」
わたしの結論は、変わらない。
「……残念です」
ほんと、残念だよ、おじいちゃん。
わたしはただ、静かに暮らしたいだけなのに。
それきり、わたしとおじいちゃんとの間に会話はなかった。




