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 魔王ズとの対戦は二時間後と決まった。何故そんなに後になったのかというと、わたしはまだ食事中だし、その後は少しゆっくりしたかったからだ。食べたすぐ後に運動するとお腹痛くなるしね。

 好き勝手文句を垂れる魔王ズはまとめてラグに押しつけた。いいでしょ、後でちゃんと戦うから。逃げたりしないし逃がしもしないよ、労働力の諸君。

 さて。お腹もいっぱいになったし問題の大半は解決しそうだしいい気分。適当に食休みしてから魔王ズのところに行こうかな。

 天守閣に上って城下を眺めながら日向ぼっこ。三の丸に群がっていた人間軍は一時撤退した模様。これにて本日朝の陣は終了。ああ、陽射しが温い温い……。


 …………寝過ごした。

 わたしを探しに来たメイドさんに起こされて、慌てて演習場へ向かう。辿り着いたそこには東西南北魔王ズが勢揃い。魔王オールスター……なんか芸名みたいだ。

 と、今はそれどころじゃなくて。

「遅れて、ごめんなさい」

 文句を言いかけた魔王ズは、先んじて謝ったわたしに口をつぐむ。うむ、これぞ先手必勝! ……違うか。

「っち、まあいい。始めるぞ」

 舌打ち一つで許してくれる筋肉。意外と寛容なのかもしれない。それとも早く戦いたいだけか?

「師匠、何故かように遅れたのです?」

「…………」

 寛容でない弟子がいた。どうしたものか。素直に寝坊したと言ったら沽券に関わったりするのだろうか。そんなものはどうでもいいけど……うん、誤魔化そう。

「ラグ」

 ちょいちょい、と手招きして三魔王から距離をとる。

「これは作戦」

「作戦、ですか?」

 首をかしげるラグ。よし、食いついたな。

「そう。わざと遅れて敵を焦らし、怒らせ、集中力をそぐ為の罠」

 名を宮本武蔵の計。なんちゃって。はい、ただの寝坊です済みません。

「! さすが師匠ですな」

 お人好しなラグはあっさりはぐらかされてくれた。

「おい、もういいか?」

 計画通り? 焦れた魔王ズがせかしてくる。

「ん」

「おお、済まぬな」

 それぞれ返事を返し、わたしは魔王ズと向かい合う。

 ん? 魔王ズと? 今更だけど一対三? 誰一人として下がる様子がないからそうなんだろうな……。ダメ元で一応言ってみるか。

「一対、三?」

「何か問題がありますかな?」

「ラグのやろうが言ってたぜ。お前なら、俺たちが束になっても瞬殺だって」

「ラグがそこまで言うのじゃ。ならば確認せねばなるまいて」

「…………」

 お前のせいか! ばっとラグのほうを振り返る。

「…………」

 あ、目をそらしやがった。

「ラグ」

「…………はっ」

「お莫迦」

 後でお仕置きだ。

「しかし師匠なら、問題ありますまい」

 それ盲信だから。あんたの師匠なただの高校生で、あんたが思ってるような万能超人じゃないんだよ。この件に関しては、後でじっくりと話し合う必要がありそうだ。

「ごほん。では、始めます」

 咳払いを一つ。ラグは開始を宣言する。まあいい、後だ、後。

「双方構え――」

 ラグの手が真っ直ぐに上がり、

「――始めっ!」

 言葉と同時、振り下ろされた。


 実を言うと、結構前から疑問だった。この世界において、わたしは強いのか、弱いのか。剣と魔法の世界であるここで、魔法の使えないわたしの立ち位置とは、どの辺りなのか。

 生存していく上で、これは早急に確かめておかねばならない最優先事項だ。何より気になる。名乗る気はさらさらないが、わたしは勇者として喚び出されたのだ。不意打ちとはいえドラゴンにも勝った。なら、そこそこいけるのか? でもドラゴンの強さって小説とかじゃ結構まちまちだからなあ……。

 ともあれ、気になったのなら試してみればいい。何せわたしの側には魔王(てっぺん)がいるのだから。

 おじいちゃんとやったように、腕相撲をしてみた。

 圧勝だった。――わたしの。

 攻撃魔法を撃ってもらってみた。

 簡単によけられた。ついでに触れた。触ってもダメージも受けなかった。得意という火球を受け止め握りつぶしたら、ラグが割と本気で落ち込んだ。

 剣戟を交わしてみた。

 わたしのなんちゃって剣道は、ラグを圧倒した。

 そして発覚した、馬鹿力、頑丈に継ぐわたしの第三の能力。

 その名も――超視力! ……ああ、かっこわるい。わたしにはネーミングセンスが致命的に欠けている。

 命名はともかくこの超視力、非常に便利な能力だ。わたしが集中すればするほど、相手の動きがゆっくりと映るのだ。しかもわたしは、その感覚のなかでいつも通りに動くことが出来る。

 これ、万人に通じるなら相当いかれた力だと思う。卑怯とかそういうレベルじゃないよね。まあ使えるものは使うけど。

 そんなわけで、わたしが比較的あっさりと魔王ズとの対戦を了承した背景には、この力によるところが大きい。

 確実な勝算なくして誰が魔王となんざ戦うか。


「うおおおおおお!」

 開始の合図と同時に筋肉が突っ込んできた。その後ろではのっぽと骸骨が魔法の準備。

 よし、慌てず騒がず落ち着いて。集中して引き延ばされていく時間の中で、わたしは思案する。

 取り敢えず後ろの二人は放置。まずは迫ってくる筋肉の対処からだ。

 筋肉は大剣を大上段に振りかぶり、今にも振り下ろさんとしている。……おい。殺す気満々じゃないか。

 まあ見えてるから問題ない。わたしの超視力は魔王ズ相手でも問題なく発揮されている。

 一旦剣で受け流して……

「――あ」

 そこでわたしは自分が無手なことに気付いた。誰か始める前に剣くらい渡してくれよ! ……要求しなかったわたしが悪いって言われるんだろうな。ついでに遅刻するから悪いって。なんだか泣けてきた。

 しかたないので筋肉の大剣を左手で掴み、そのまま引き寄せる。おまけで付いてきた筋肉の額に空いている右手でカウンター(デコピン)

 筋肉は飛んでいき、壁にめり込み一丁上がりっと。

 残り二人の内、先に魔法を完成させたのは骸骨のほう。五十センチくらいの氷柱(つらら)が十本、わたしめがけて飛来する。その先端が丸まっているのを確認。わかってるじゃないか。骸骨はいい人で決定だ。さっき羊羹くれたし。

 でもこれは悪手だな。わざわざわたしに飛び道具をプレゼントしてくれたようなものだ。遠慮なく頂いて有効活用させてもらう。

 ゆったりと編隊飛行している(ようにわたしには見える)氷柱の一本をつかみ取り、投擲する。

 ――よし、ヘッドショット! わたしのコントロールも捨てたもんじゃない。見よ! 日頃から怠ることないゴミ箱へ向けての投擲練習の成果を!

 轟沈する骸骨。これで残りはあと一人。

 のっぽが放ってきたのは風の魔法だった。土煙を上げて肉迫する鎌鼬。あ、鼻がむずむずする。

「――くしゅっ」

 くしゃみをしたら鎌鼬が消し飛んだ。

「…………」

「…………」

「…………」

 唖然とするのっぽ。ついでにラグとわたし。

 えーっと、狙ってやった訳じゃないよ? ないからね!?

 取り敢えずこの無益な争いに終止符を打とう。

「えい」

 足元の石を拾って投擲。

 焦りからか今度は外れた。石はのっぽの頬を掠め、背後の壁に大穴を開けた。

「……降参する」

 それを見たのっぽが顔を青ざめさせ投了。結果オーライだ。

 ようし、終わった! 労働力ゲットだぜ!

 と、安堵したのもつかの間。

「思ったよりやるじゃねえか……」

 壁にめり込んだはずの筋肉が復活した。しぶとい筋肉だ。そういえばラグも、壁にめり込んでも割とすぐに復活したっけ。今となっては懐かしい出会いの思い出だ。

「ふっふっふ。まさか俺に、この力を使わせるとは……」

 筋肉が何か言っている。えっと、このパターンは変身か。私の戦う力は五百三十万です、とか言っちゃうあれか。ん? 一桁多い? いいんだよ、細かいことは。

 筋肉が構える。

「変――」

 ほら、やっぱりね。

「――態!!」

「おいっ!」


 思わず柄にもなく全力で突っ込んでしまった。

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