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わたしの朝は優雅なコーヒータイムから――
「敵襲ー!! 敵襲ー!!」
「寝ている奴等をたたき起こせ!」
「伝令! 魔王様に報告を!」
「数は!? 規模は!?」
「敵の中に勇者はいるか!?」
「確認出来ません!」
「よろしい! ならばいつも通り蹴散らしてやれ!」
……始まらない。
ガンガンと大音声に打ち鳴らされる鐘。大声で指示を飛ばす兵士達。敵の上げる怒号。
「……煩い」
とてもではないが快適な目覚めとはいえない。
わたしが魔王城に来てから十日。毎朝毎朝律儀に攻めてくる人間軍によってたたき起こされていた。最初のうちこそびっくりして跳ね起きたが、三日も過ぎる頃には慣れてしまって騒音以外の何物でもなくなっていた。
や、いいんだよ。しっかり対応してくれている味方の兵士諸君は。むしろしてくれなきゃ城が落ちるんだし。でも。でもだ。やっぱり煩くてしかたがない。せめてあと一時間くらいは寝かせてくれ。おまけに奴等、たまに夜襲まで仕掛けてくる勤勉っぷりを発揮するから質が悪い。こいつ等の方がお人好しの魔王よりよっぽど悪辣だ。おかげですっかりわたしは寝不足である。
「師匠、なにやらお疲れのようですな」
ラグと一緒に朝食を摂っていたら、そんなことを言われた。
「……寝不足なだけ」
咀嚼していたサラダを飲み込んでから答える。
「む、それはいけませんな。枕が合いませんか?」
心配そうにわたしを見るラグを前に、どうしようか数瞬悩んだが、素直に言うことにした。
「違う。外が煩いだけ」
「それは……」
「わかってる。どうしようもない」
「こうなったら我が出て蹴散らしてきましょう」
「だめ。ダンジョン整備が先」
箸の先をゆらしながらわたしは釘を刺す。テーブルマナー? 何それ美味しいの?
取り敢えずのこの十日の成果を上げてみよう。最初の三日で城の外周、三の丸と二の丸の間、二の丸と本丸の間に堀を造り、そこを毒水で満たした。そうして取り敢えず外側の防御を固めた後、城のダンジョン改造に乗り出し現在地下三階まで拡張、整備済み。そして昨日大問題が発覚した、と。
あの後ラグを締め上げて色々吐かせた結果知ったのは以下の通り。
・人間領と魔族領の間には天衝く岩壁と呼ばれる岩山が聳えていてだれも越えられない。何故なら山頂付近にはドラゴンが群れをなして生息しているから。
・それを越える唯一の道が例のダンジョン(全三十階層)。昔勇者が攻略、ダンジョンコアを奪われ今ではただの通り道。裏技としてラグがやったようにドラゴンに乗って飛び超える。ただしこれには当然ながらドラゴンの強力必須で事実上ほぼ無理。
・コアの複製は不可能。現存するのは人間側が保持する一個だけで、それがどこかのダンジョン内にある限り、他の全てのダンジョンでモンスターがわき続ける。つまり今ある全てのダンジョンはただの罠付きの道に成り下がっている。
・そんなわけで、現在の最前線は魔王城。
……これって詰む一歩手前じゃない? この前魔王が人間側の王城に単騎で乗り込んだのって起死回生の一手だったんじゃないの? それで大将首をあっさり見逃した魔王。いいのかそれで。
ともあれだ。それらを吟味して考えた結果、優先すべきは国境のダンジョンの制圧とダンジョンコアの奪還だと結論づけた。そこを固めてしまえば取り敢えずこれ以上の敵兵の流入は避けられる。
問題点は以下の通り。
・国境ダンジョンを制圧しても維持するだけの戦力がない。
・魔王がそれをやった場合、今度はダンジョンを改装する役が不在となる。
・コア奪還の人手もない。そもそも隠されている場所もわからない。因みに箱の解錠役はわたし。だめならこの世界の人間に無理矢理やらせる。
こんなところだろう。となるとやっぱり一番の問題は人手不足だ。あれ……?
「ラグ、国には十万の兵がいるって言ってなかったっけ?」
「ええ。ですがその十万でこの国全土を護っているのです。兵は常に不足気味な上、魔王城が戦闘中の為、それでなくとも少ない兵をさらにぎりぎりまで減らしてこの魔王城につめさせております。これ以上よその城から集めるのは不可能、魔王城から引き抜くのも不可能です」
「…………」
けっこう余裕そうに見えてその実ぎりぎりで戦線維持していたらしい。こうなってくると手詰まりだ。今城に群がっている敵兵をラグが追い散らしても、国境警備がザルだからいずれ新手が来るだけだ。そこを塞ぐと今度はラグが身動き出来なくなり、ダンジョン改装、コア奪還、その他一切の改革が実行不能となる。
あちらを立てればこちらが立たぬとはよく言ったものだ。どうしたものか……。
考え込んでいると、メイドの一人がやってきた。城にメイド。もう慣れたけど最初のうちはものすごい違和感があった。でもここはやっぱり仲居さんとか女中さんにしとくべきだろう。着物着せてさ。
「魔王様、お食事中失礼いたします」
「構わん、申せ」
「お客様がお見えです」
客? こんな朝から? その想いはラグも同じだったらしく、不思議そうに「誰だ?」と問い返していた。
「例のお三方にございます」
「なんと! あ奴等が来おったのか! すぐ行くと伝えてくれ」
「畏まりました」
綺麗に礼をして去って行くメイドさん。動作にグレースとはまた違った美しさがある。
「あい済いませぬ、師匠。ちと行って参ります」
手早く食事を済ませ、ラグは部屋を出て行く。
「いってらっしゃい」
大変だね、魔王様は。わたしはのんびり朝ご飯の続きをいただく。うん、この煮物、味が十分しみててそれでいながらしょっぱくなくて、絶品だ。味噌汁もいい。わたしの好きな蕪と菜っ葉が具材だ。そしてご飯と焼き魚に漬け物。箸休めに豆の甘露煮。やっぱり朝は和食だよねえ。パンも嫌いじゃないんだけど、なんだかあれでは力が出ない。食べた気がしないのだ。
わたしが朝食を堪能していると、なにやら外が騒がしくなってきた。はて、なんだろう? まさか三の丸の城壁が破られたとか? 勘弁してくれ。ダンジョンはまだ未完成だぞ。
幸いそれは杞憂に終わったが、別の面倒事が三つ、わたしの前に雁首揃えて座っていた。
「……おい、本当にこの小娘か」
真ん中に座っている筋肉――もとい岩石、ドワーフ? が、わたしを不躾に見ながらそう口にする。なんだろうね、これは。わたしは品評会に出品された覚えなんてないんだけど。何より食事中に押し入ってくるなんて不作法も甚だしい。
「ラグ。こいつ等、なに?」
わたしは箸を置き、三人組の隣りにいるラグを問い質す。因みにこの三人組、右から順にのっぽ、筋肉、骸骨と見た目から勝手に命名。
「はっ。こやつ等はそれぞれ、北、東、南の魔王です」
「…………」
なにそれ? 北、東、南の魔王? わたしの脳裏にドラゴンでボールな世界の神様より偉い東西南北の王の姿が浮かんでは消えた。常々思っていたのだが、奴等、黒装束に触角ってそれじゃあG――以下自主規制。あ、一応言っとくけど、もちろん、GはコオロギのGだよ。決して台所に巣くうアレじゃない。
「そして我が、西の魔王にございます」
ついでに自分の新設定を披露するラグ。
「…………」
ま、そうだろうね。空いてるのあと西だけだし。
「師匠?」
反応のないわたしに不安げに呼びかけるラグ。その間も他の魔王どもはわたしを無遠慮に眺め回している。さっきも言ったけど見世物じゃないぞ、わたしは。
「その魔王ズがなんのよう?」
いい加減頭にきたのでわたしも一人一人睨み返していく。
「なに、ラグ殿がそなたに弟子入りしたと聞いて興味がわきましてな」
と、北の魔王。
「俺にガン飛ばすたあいい度胸だ」
東の魔王。
「クカカカ、興味本位というものじゃよ」
カタカタと骨を鳴らす南の魔王。
「おい、我の師匠にあまり無礼を働くな」
これは西の魔王。
四人の魔王ってことは、それを統べる大魔王とか出てくるのだろうか。ついでにラグは四魔王の中で最弱、とか? ああ、面倒くさい。この手の輩には速やかにお引き取り願おう。
「じゃあもういいでしょ。わたしはご飯中。さっさと帰って」
「そうはいかん」
のっぽが首を振り、
「ラグの野郎を下したんだ」
筋肉が嗤い、
「その実力、是非我らにも見せてもらいたいものじゃのう」
骸骨が締める。
そして三人そろってわたしを指さし、口を揃えた。
『勝負だ! 浅井藤花!!』




