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8.どうするの?

『で、どうするの?』


 香奈が問い掛けてきた。


 テーブルには4つのコーヒーカップと、宅配ピザの残骸、哺乳瓶が所狭しといった様子で置かれている。

 茂宮総合病院で診察を受けた後、一人で家に帰る勇気がでなかった俺は、隼人についてきてもらった。家には菜々子と彩の他に、菜々子の友人の香奈が来ていた。菜々子は俺を何と勘違いしたのか「泥棒猫」呼ばわりしてきたが、隼人の説明により彼女らは案外簡単に俺が瑞希本人である事を認識してくれた。

 とりあえず腹の減っていた俺達は、先ほど配達されたピザを平らげたところで香奈が質問してきたのだ。


『どうするって?』

『身体の事よ』

『どうするも何も。どうやって戻れるのか俺が聞きたいよ。つーか月曜から会社どうすっかなぁ? すげえ憂鬱』

『大丈夫じゃない? 別にそんなに気にしなくても。どうせいつか元に戻るでしょ?』


 菜々子が能天気に口を出す。


『いつ戻るんだよ? こんなの病気じゃないだろうし、お湯かけても戻らなかったぞ?』

『それに女のままでも会社行けるでしょ?』

『うわっ、嫌だよそんなの。部長に何言われんのかなぁ? 皆俺の事どう見んだろ?』

『おい』

『?』


 隼人が俺の腕に肘を当ててきた。


『なに?』

『お前、あの事は?』

『……わかってるよ。』

『どうしたの? 何?』


 菜々子が怪訝な面持ちで問い掛けてくる。


『いや、なんだ……えーと……』

『やっぱり浮気してるの!?』

『してねーって! ……そうじゃなくてだな…………に…』

『『に?』』

『に……ニコニコ動画って知ってるか? 今やってるアニメがさ――』

『誰がアニメの話しろって言ったんだ?』


 うるせーなぁ……。


 しかし、言いづらい。

 言い出しづらいな。

 女になった事を言っただけでもかなり勇気を振り絞ったのだ。

 勇気メーターが貯まるまで待っててくれても良いではないか。


 みんな、俺に勇気を分けてくれ。


 『何してんのよ?』


 天井に両手を掲げた俺にひんやり冷たい言葉をかける菜々子。


 ……わかりましたよ、言えばいいんでしょ? 言えば。


『…………だ』

『え? 何? 聞こえない』

『……妊娠してんだ』

『はぁ?』

『妊娠してるんだってよ、俺が!』

『『はぁ?!!』』

『だって。良かったね菜々ちゃん! オメデタ』


 隼人が浮かれた調子で両手を挙げた。


『女になったと思ったら妊娠?! ……浮気相手は男かぁ!?』


 なるほどそうきたか。


『違うつーの! 菜々子、落ち着……うぉい菜々子やめろって! おいっ!』


 菜々子の勘違いは勢いを増し、そこから沸きだしたエネルギーは、今その両手の握力に注がれていた。隼人が菜々子に首を絞められて、今にも別世界に旅立とうとしている。


『おのれか、浮気相手はぁ?!』


 そうきたか。


 香奈と二人で菜々子を押さえつけ、隼人は無事生還を果たした。









『俺が隼人なんかと寝るわけねーだろ? 俺にその趣味はない!』

『「なんか」は余計だな瑞希君』

『ホレ、隼人に謝っとけ、一応』

『「一応」も余計だね瑞希君』

『……ごめん』

『ホントにごめんなさいね。この子昔から勘違いが多くて』


 香奈は、ミルクを飲んで寝ていたが先ほどの騒動で起きてしまった彩を抱き抱えながら隼人に謝った。


 キミは悪くないのよ香奈ちゃん。


『いや、大丈夫ですよホント。なんか逆にチョット気持ち良かったし』


 それは色んな意味で危なかったね隼人君。


『まあ相手は隼人ではない、というより誰の子供かわからない。そもそもなんで妊娠してるのかさっぱりわからん。茂宮は、妊娠4、5週位だって言っていたが、そんな時期になんて女にもなってないわけだしな』

『……瑞希君、妊娠の期間て受精してから数えるんじゃないのよ。生理がきた後、個人差もあるけど大体2週間位で排卵日がくるから、その時に受精したとしたら、その前にきた生理日から日数を数えるのよ』

『へぇ、って事は……つーかその前に、俺、生理なんて経験してないよ……4、5週間前なんて完全に男だし』

『確かにそうよねぇ……ん? どうしたの菜々子?』


 菜々子の方を向くと、彼女は思い詰めた顔をしていた。


『おい、菜々子。どうした?』

『えっ!? い、いえ、何でもありませんよ。ははっ』


 確実に何かを隠している菜々子は、「これでもか」と言うほどの作り笑いを浮かべて席を立った。


『チョット、トイレ行ってくるね!』

『おっ? おう』

『いってらっしゃい、菜々ちゃん!』

『菜々子どうしたのよ?』

『何でもない!』


 そう言い残し、菜々子はトイレに逃げ込んだ。


『……怪しい事この上ないな』

『そうね』

『何が怪しいって?』

『菜々子だよ。なんか隠してる』

『ふーん』


 だが、その隠し事に関して、俺も含めて皆それほど執着はしてなかった。


『まあ、いいわよ。すぐに分かるから』

『ああ、そうだね。アイツは――』


『あぁーーーっ!』


 その時、悲鳴ともとれる声をあげながら、菜々子がトイレから飛び出してきた。


『そ、その子アタシの子かも!』


『――ウソが下手だからな』

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