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7.泥棒猫!!

 コーヒーの香りがリビングを漂う。煎れたてのコーヒーがトレイに乗せられ、窓際のソファーに座るアタシの方へ運ばれてくる。

 アタシは目の前のテーブルに置かれたコーヒーカップをそっと持ち上げ、口に近付ける。鼻を霞める香りの濃度が最高潮に高まり体内に浸入してくる。「どうだ、いい香りだろう? 一息ついて、少し落ち着けよ」と云わんばかりに。


『…………こぉれが落ち着いていられるかぁぁあっ!――』


 香奈の平手がアタシの頭をはたくと同時に乾いた音が響く。


『(彩ちゃんが起きるって言ってるでしょうが!!)』ボリューム全開の表情の香奈が、小声で注意してきた。

『ご、ごめんなさい……』


 彩は離乳食を食べて、先ほど寝たところだった。

 まったく、と言いながら、香奈はアタシの隣に座り、自分で煎れたコーヒーを啜った。


『で、電話は?』

『でない。ずっと電源切れてる』

『……待つしかないわね』


 この部屋から見知らぬ女が逃げ出すのを目撃したアタシは、瑞希に怒りの電話をかけまくったが、ずっと「おかけになった電話番号は電波の……」という機械音声に応対されていた。

 とりあえず、まだ近くにいた香奈に連絡しウチに来てもらったのだ。


『……アタシ悔しいよぉ。なんでアイツ浮気なんか……うぅっ』

『……うーん。でもおかしくない? 普通さ、奥さんがいつ帰ってくるかもしれない自宅に女連れ込むかなぁ? しかも次の日に帰ってくるって知ってるんだよ? それに、目撃したのはその女一人だったんでしょ? 瑞希君どこにいたのよ? 連れ込んだ女一人残して何処か行くかなぁ? ……もしかして空き巣だったんじゃない?』

『……えっ? 空き巣?』


 あの女が空き巣?

 じゃあ浮気相手じゃないの?


『ちょ、ちょっと? 何安心してんのよ? 本当に空き巣だったら何か盗られてるかもしれないわよ?』

『あっ』


 確かにその通りだ。

 まだ浮気疑惑が晴れたわけではないが、もしあの女が空き巣であれば貴重品などを盗られた可能性がある。でも空き巣だったら、瑞希浮気説が消える。

 安堵と不安の往復を繰り返すアタシは、とりあえず家の中を調べる事にした。と言っても、貴重品を隠してある場所など限られている。


 ……寝室だ。


 リビングに隣接した寝室のドアをそっと開ける。

 ベビーベッドには彩が微かな寝息をたてている。


 起こさないように、と……。


 忍び足でベビーベッドの脇を通り過ぎ、タンスのほうへ歩みを進める。

 ウチには高価な宝石や指輪などは存在しない。ハッキリ言って、そんな物には興味がない。実用性に欠ける。我が家での存在価値はゼロだ。そんな物買うくらいなら彩にオモチャを買ってあげたいのだ。ウチにある貴重品といえば……。

 そっとタンスの三段目の引き出しを開ける。中にはアタシの下着が詰まっていた。


 ん?


 なにか違和感を覚えた。下着の配列が少し乱れている。


 ま、さか……。


 アタシは自分の下着達を掻き分け、目的の物を探した。


 …………あった!


 タラララッタッターン!

 頭に軽快な音が響き渡る。

 アタシは封筒に包まれたヘソクリを見つけた。


 ビックリさせやがってぇ。


 ふぅ、と一息。達成感に浸っていたアタシの目に下着が写った。


 ん? なんでこんなトコにブラジャーが?


 床に落ちていた下着を拾い上げ在るべき場所に戻す。

 再び違和感に気付く。下着が足りない。

 自慢じゃないが、アタシはあまり下着を持っていない。というより、服自体少ない。だから、今着ている物、洗濯中の物、タンスに入っている物、すべてを把握している。赤い下着が見当たらない。


 ……ない。あれ? ないよ?!


 引き出しを漁るが見つからない。誤って他の引き出しに入れてしまっているかもしれないと思い、四段目の引き出しを開けようとする。しかし、ここでも違和感に襲われた。


 ……開いてる?


 開けようとした四段目の引き出しは既に少し開いていた。

 違和感を頼りにタンス、クローゼットを調べ尽くしたアタシは、リビングに戻った。

 香奈が不安気な顔でアタシを見る。


『だ、大丈夫? やっぱり貴重品盗られてたの?』


 アタシは無言で頷いた。


『な、なに盗られたの?』

『…………』

『ねぇ?』

『……服』

『えっ?』

『赤いパンティ、ジーンズ、白いTシャツに黒のパーカー! それとお気に入りのバッグも!! ……くっそぉ、空き巣め〜っ! 服あんまり持ってないってゆーのにぃ!』










『……で、以上ですか、盗られた物は?』

『はい』

『服……ですか? ああ、あとバッグもか。……で、アナタは犯人を見たんですよね?』

『はい、ながーい茶色の髪の女でした。あと、服装は多分盗んだ服です。黒のパーカー着て、ジーンズ姿だった』

『女ねぇ……』


 110番に通報後、来た警官は見るからにやる気のなさそうなオッサンだった。


『あの、すぐ捕まりますよね?』

『うーん、捜索はしますけど、直ぐかどうかはちょっと、ねぇ?』

『困りますよ! 早く捕まえてください!』

『うーん、そう言われましても、ねぇ? それより、本当に女だったんですかぁ?』

『間違いないです! 女でした。……疑ってんですか?!』

『……いや、だって盗まれた物が物だけに、ねぇ? 洗濯機に入ってたり、ベランダに干してあったりしないんですか? それに、犯人が着て逃げたのであれば、犯人が元々着ていた服はどうしたんです? 先ほどの話だと、犯人は小さめのバッグしか持ってなかったんですよね? その中に入っていたとは思えないし、ねぇ?』

『知りませんよ、そんな事。いいからしっかり犯人捕まえてくださいよ!』










『あの警官腹立つ〜っ! しっかり仕事しろっつーの! つーか喋り方がムカつく。ねぇ、そう思わない?!』

『……まあ、確かに盗られた物が女性の服だけじゃねぇ』


 香奈は、昼寝から覚めた彩と積み木で遊びながらどうでも良さそうに答えた。


『だけってなによ、だけって!? アタシにとっては立派な貴重品よ!』

『うーん、まあそうなのかもしれないけどさ。でも良かったじゃない。浮気相手じゃなくて』

『えっ? ……うん、まあ、ね』


 そうなのだ。瑞希は浮気してない。


『……でも浮気相手が着ていったって事も考えられるかぁ?』

『えっ?!』

『冗談よ、冗談』


 香奈は愉快そうに笑っている。隣で彩もニコニコしていた。


『……それにしても、瑞希何処行ったのかなぁ?』

『昨日、電話で10時って約束したんだけどねぇ』


 もう夕方になってしまっていた。もう少し待ってみましょう、と香奈が言った時、来客を告げる音がリビングに鳴り響く。


『瑞希?! …………ん? 隼人?』


 インターホンのモニターには瑞希の友人の隼人が映し出されていた。さらにあともう一人……女性が隼人の後ろに隠れている。


『え? 誰?』

『誰? 出ないの?』

『あ、うん』


 香奈に促されたアタシは受話器を取った。


『はい、蓮見です』

(あ、菜々ちゃん? 隼人ですけど……今大丈夫?)

『うん。でも瑞希帰ってないんだけど』

(えーとね、その事なんだけど、ちょっと話したい事があって。入れてもらえる?)


 話したい事? 何?


 チラッと香奈のほうを見る。香奈も頭上に疑問符を浮かべ、こちらを見ている。


 そうだ! 香奈に紹介する男。隼人がいいじゃん! ルックスもまあまあだし。


『隼……じゃなかった、瑞希の友達なんだけど、瑞希の事、何か知ってるみたい。入れていい?』

『私は良いけど……カッコいいの?』


 アタシは大きく頷いた。


 まあまあね。


 エントランスのオートロックを開錠し、隼人を中に促す。


『どうぞ』


 受話器を置く瞬間、隼人の後ろにいた女が少しだけ見えた。


 どっかで見たような? 隼人の彼女……じゃないよね? いないって言ってたし……。


 少しすると、玄関先のインターホンが鳴った。


『はーい』


 玄関のドアを開けると、隼人と女が立っていた。


『菜々ちゃん、こんばんは。あのさ――』

『ん?!』


 やはり女は一度会った事がある人物だった。というより、見たことがあると言ったほうが正しいか。


 女はアタシの顔を見ると口を開いた。


『菜々子……』


 アタシは怒りを抑える事なく叫んでいた。


『こぉの泥棒猫!』


 女は茶色の髪を胸まで垂らし、黒のパーカーにジーンズの出で立ち。アタシのお気に入りのバッグまで持っている。


『返せ! アタシの服!』

『『えっ?!』』


 朝の空き巣女だった。

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