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5.診察拒否

 春雨が作った水溜まりは上空の青を写し出す。朝から降っていた雨は、すっかり止んでいた。先ほどまで歩道を彩っていた雨の日の主役達も、今は持ち主にとって邪魔物と化している。


 日本には四季折々の景色が見られる。春は咲き香る様々な草花に囲まれ、新たな門出に期待と不安を併せ持つ顔が溢れる。

 夏は暑さ故に涼しさを求め、都会や田舎にある水面に人が溢れ返り、身体の渇きを潤す。秋は使命を果たした枯れ葉が地面に舞い降り、冬は白い結晶が街を飾り、特定の者達に安らぎを与える。雨の日もあれば雪の日もあり、勿論晴れわたる日もある。


 物事には変化が生ずる。変わりのない日はない。一見なにも変わってないように見えても、必ずなにかしらの変化はある。

 人間を構成する全ての細胞も日々再生され、昨日と今日では全く違うという。世界は、否、宇宙は刻々と変化を続けている。全ては常に同じ状態ではない。無常だ。だが――


 濡れた路面を走る車が、道路に出来た水溜まりを弾く。


『変わりすぎだろ!』

『へっ? 何が?』


 車を運転している隼人が、俺の独り言を聞き返してきた。

 銀縁メガネをかけ、インテリズムを醸し出す色男。営業時代の癖が抜けず、今の職場は私服でいいはずなのに私服は落ち着かないと言い、休日の今日もスーツで身を固めている。


『何がだと?! よく見ろ!』


 助手席に座っていた俺はTシャツの首元を開き、豊かに膨らんだ胸元を見せながら言った。


『ぶっっ』

『どわぁっっ!』


 一瞬、車が蛇行した。


『き、気を付けろ隼人!』

『いやぁ、悪い悪い。あまりにも立派に成長してたから』

『アホ。男の胸見て、なに興奮してやがる』

『……でも、今は女だ』

『…………』


 ……そうだなのだ。

 昨日までは確かに男だった俺の身体。一夜明けて気付いてみると、女性の身体に変化していた。

 今日は家出をしていた菜々子が戻ってきて仲直りをする予定だったが、あまりの状況変化に顔を合わせることもせず、今度はこっちが家を飛び出してしまった。

 さっき菜々子から電話があったが取らなかった。

 「女になった」なんてすぐには信じてもらえないだろう。仮に信じてもらえたとしても何言われるかわかったもんじゃない。多分「なんで女の身体になんかなってんだ! 浮気なんかしてるからそんな事になるんだ!」なんて意味不明で理不尽な言葉責めに遇うのが落ちだ。


『しっかし、ホントに女だね? 電話の時は全く信じてなかったけど、会ってやっと瑞希だって確信したよ』

『なに?! お前、信じたから迎えに来たんだろ?!』

『まっさかぁ! 瑞希の携帯拾って、電話かけてくる連中に対してタチの悪い悪戯しているクソ女だと思ってたよ。面拝んでやろうと思って来ただけ』

『な……』

『面見たら帰ろうと思ってたし。でも会ったらすぐわかったよ、瑞希だって。高校ん時、無理矢理女装させた時の姿を彷彿させたからなぁ』


 ……あったな、そんな事も。


『お前、あん時は男にモテモテだったし』

『うるせえよ。……で、一体どこに向かってるんだ? さっきの病院は門前払いだったじゃねえか』


 隼人と合流した俺は、近所にある総合病院に行ったが、受付で「只今大変込みあってますので、冷やかしであればお帰り下さい」と取り合ってくれなかったのだ。まあ「朝起きたら女になっていたので診てください」と言われれば、俺も同じ事するだろうが。


『次は大丈夫だ。茂宮のトコだからな』

『…………何処だって?』

『聞こえなかったか? 茂宮だ、も・み・や』


 一瞬、車が蛇行した。


『な、なにすんだ、瑞希!?』

『却下だ。Uターンする。戻れ』


 隼人からハンドルを奪おうとする。また車が蛇行する。極めて危険な行為だが、この際背に腹は代えられん。


『ちょ、ちょっと待て! 落ち着け!』


 隼人は一先ず路肩に車を停めた。


『……はぁ、はぁ。瑞希、何やってんだ』

『何故!? 何故茂宮なんだ!? 他に医者なんて沢山あるだろ?!』

『どうせ他の病院行っても同じ事だろ? お前の身体に起こった事なんて誰も信じやしないよ。アイツだったら問題なく診てくれるぞ、多分。昔からお前に惚れてたからなぁ。ははっ』

『ふざけんなよ! 絶対嫌だぞ、アイツの所は!』

『怒んなって。大丈夫だよ。それに今はそんな我儘言ってる場合じゃないだろ? 体調だって良くないだから医者には診せないといけないし』


 ……確かにそうだが…………仕方がない……。


『……わかったよ』

『よし、行くぞ』


 隼人は再び車を発進させた。

 車の窓を開けタバコに火を点け、ため息と共に肺に溜めた煙を一気に吐き出す。

 窓から吹き込む風を受けながら、昔に想いを巡らす。 茂宮と俺は高校の同級生だ。隼人も含めてよく一緒につるんでいたが……。


 よりにもよって茂宮かよ。


 茂宮は俺に想いを寄せていた。それは誰の目にも明らかなことだった。だが、俺はその想いには応えられなかった。それにはちゃんとした理由があるのだ。


 間もなく病院に到着した。

 都内とは思えない程の広大な緑に包まれた建物。桜を始めとする数百本の木々が俺達を迎えた。


 茂宮総合病院。

 外科、内科、小児科、婦人科など都内の病院の中でも指折りの名医が揃う病院で有名だ。が、俺は茂宮に遇う可能性がすこぶる高くなる事を恐れ、家から近いこの病院を使う事はなかった。

 車を降り入り口へ向かう。


『おい、早く行くぞ』

『わかってるよ!』


 全く気が乗らない俺の歩みは遅い。


 建物の中に入ると広々としたロビーに待合用の長椅子が何脚も並んでいる。かなりの数の患者が診察の順番待ちをしていた。


『うわっ、かなり待ちそうだな?』

『俺は受付を済ませてくる。お前の健康保険証を貸せ』

『は? 診察受けるのは俺だろ? 俺が行くよ』

『いや、俺が行く。女が男の健康保健証使うのはおかしいだろ?』

『ん? ……そうなのか?』


 言われた通りに健康保健証を手渡す。氏名は蓮見瑞希、性別は男となっている。


『じゃ、ちょっと待ってろ』


 隼人は受付へ行き、受付係から問診票を受け取り記入をしている。記入し終えると、健康保健証と問診票を渡しながら何か言っている。話を聞いていた受付係はどこかに電話をかけだした。


『ん? アイツ、何してんだ?』


 受付係が電話を終え、また隼人と何か話している。すると、隼人がこちらを向き「こっちへ来い」とジェスチャーしだした。


『なんだ?』


 受付にいる隼人のところへ向かう。


『どうした?』

『婦人科だってさ。行くぞ』

『へっ? まだ呼ばれてないだろ?』

『大丈夫。ほら、行くぞ』


 受付係の女性を見ると、「どうぞ、3階になります」と笑顔で促された。


 エレベータに乗り3階へ。

 廊下を歩く中、さっき受付で何をしていたのかを聞いてみる。『ん? ああ。茂宮薫先生に、「蓮見瑞希が患者で来ているのですが、会えませんか?」と聞いてくださいと言ったんだ。そしたら、「自分が診るからすぐ来て下さい」だってさ』

『なるほど……って、俺を餌にすんなよっ!』

『餌なんてもんじゃない。アイツにとってはご馳走だろ?』

『ふざけ――』

『お、着いたぞ』


 そんな事を話している間に、婦人科の診察室に着いた。


 ……着いてしまったか。


『どうぞお入りください』


 看護師が入室を促す。


 ――茂宮は俺に想いを寄せている。


『ああ、どうも。入るぞ瑞希』


 ――だが、その想いには応えられない。


『あっ、久しぶりね! 隼人君!』


 ――何故なら…………。


 『おう! 久しぶりだな茂宮! ……お前、相変わらずだな。髭くらい剃れよ』

 『久しぶりに会ったんだからそんな堅いこと言わないでよぉ! ……あれ瑞希君は? ……そちらはどなた?』


 俺は男に興味はないからだ。

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