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52.よくわからないもの

 自宅に戻り、早速パソコンに向かう。私が収集した一般人の個人情報の宝庫。そして医学の知識、最近は専ら妊娠に関する情報を詰め込む為の道具と化している。

 ブラウザを起動し検索サイトにアクセス。使い慣れたキーボードで検索キーワードを入力し、軽快な音を立ててエンターキーを押下する。

 目当てのサイトは直ぐにヒットした。マウスでカーソルを合わせクリックする。


「命光山観恩寺ホームページ」


 永代回向、水子供養、交通安全、合格祈願……。堅苦しい仏教文句と共に¥マークが並んでいる。もう先祖供養の為の回向寺なのか、祈願成就の為の祈祷寺なのかも良くわからない。だがそんな事はどうでもいい。ともかくあの地蔵や卵型の石にどのような利益があるのか調べてみる。とげぬき地蔵や子宝地蔵など、あちらこちらの寺で見かけるそれらのオブジェ。気休めだとしてもそれらに救いを求め訪れる人々。ホームページを一通り調べ終わった結論としては、あれは何でもない只の飾り程度の物であることだった。ま、事はそんなにうまくは運ばない。今までの人生で、それは嫌と言うほど解ってはいる。想定の範疇である。あとはこの状況下で、自分がどう行動するかだ。


『なるほどね。……だったら』


 思考を切り替え、すぐに行動に移した。

 キーワードを「掲示板」と書きかえ検索する。有名どころの掲示板にコメントする。妊娠出来ずに悩んでいる人のブログも検索し、助言を残す。

「観恩寺にある石に触れ、子宝を祈願した妹が妊娠しました。スゴい」

「観恩寺の石、1ヶ月前に触ってきました。検査薬試したら本当にキター!」

「知り合いに訊いたんだけど、観ナントカ寺の石が凄いらしい。早速妻に教えたら来週行くことに。楽しみ! あ、観恩寺だ」


 一日目は数件に抑える。一気に書くと不信がられるためだ。徐々に量を増やしていく。


「何か色々曰く付きの石らしいけど、そういうの程力がありそう」

「なんか怖!」

「私はそういうのはちょっと……」

「そんなもんには頼らねー!」


 反対意見も織り交ぜながら、少しずつコメントを残していく。反対意見が少しでもあるほうが、逆に信憑性が増すのだ。少しずつコツコツと。コメントを積み重ねた。そして二週間後──。


「私も行ってみました! 焦っていた心が晴れた感覚」


 一人。


「試しに触ったけど……どうだろ?」


 二人。


「あの石本当だった!!」


 三人。


 徐々に、ほんの少しずつではあるが、確実にあの「効果があるかも解らない石」に触れる人達が発生してきた。


 努力は大事だ。ただ、努力だけでは如何ともし難い問題というものは必ずある。自分の努力だけではどうしようもない。そのとき人は初めて他人に救いを求める。「自分から他人」への変換。「自力から他力」への転換。それの度合いや転換への早さは一人ひとり違うだろうが、自分一人の力ではどうにもならない時、他人を頼る事は、端して間違いだろうか? それは「諦め」だろうか? 否。目標に対する執着。まだ諦めないという前向きな想いがその転換を可能にするのだ。

 人間が他人を頼る場合、その人物は「信頼に値するのか?」を本人の言動から垣間見える人柄、実績、能力等で判断、決定する。本人を知らない場合はそのまた別の誰かからの話からだったりもするが。ようは、その人物を信じれるか否かだ。そしてそれは目に視えていればこそ、その度合いは増す。

 だが、求める結果に対して、それに見合う力をもつ人物がいない場合は?

 自分でもダメ。他人の力も充てに出来ない状況だったとしたら? 

 人それぞれのそういった物事に対し、人間はどう立ち向かえば良いのか?


 答えは「祈り」だ。

 目に見えない何かへの「懇願」だ。

 信頼に値するのか、なんて分からない。「そんなものが信じられるか」と鼻で笑ってきたもの。胡散臭いものは数多ある。「そんなもの」にですら、藁をも掴む思いですがりつく。今までの人生で培った、確立してきた物事に対する認識を打ち砕く事でしか抗えないのであれば。


 私も藁を掴んだ事がある。

 正確に言えば「掴もうとした」だ。だけど、掴む前に私の想いは潰えた。自力から他力に移る過程の間で終着点を迎えてしまった。子どもの自分ではどうしようもなかった。ま、今は目の前の「菜々子」の事だ。

 ともかく人間は祈り、願う生き物だ。その行為で本当に妊娠ができるのならそれも善しだが、あの石にそんな力が有るとは思ってない。有ればいいな、とは軽く思ってはいたが。

 ただ、気休めでもいい。

 菜々子には諦めないで欲しい。

 菜々子に希望を持って欲しい。

 「愛おしい妹」である彼女だけは、必ず幸せにするのだ。

 それだけの理由。

 私は、あの石を「そういう力のあるもの」としてでっち上げる事に力を注いだ。

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