51.嘘だとしても
ツマラナイ。
私を必要としていた菜々子。
私だけを必要としてくれていた菜々子。
だが彼女は別の人間も必要としだした。勿論、彼女も一人の女。いずれは結婚し、子を産み育て、幸せな家庭を築く。そんな事は百も承知。私としても彼女には幸せになってもらいたい。
だが、まだ早い。
早すぎる。
まだ高校を出たての子どもではないか。二十歳にもなっていないヒヨコのような彼女が結婚だなんて、早計すぎる。でも彼女は進んでしまった。早すぎるその第一歩を踏み出してしまった。もう後戻りは出来ないというのに。今まで様々な悩みに手を差し伸べてきた私に何の相談も無く。
……そうだ。
彼女が結婚しようが関係は無い。蓮見瑞希がどんなに良い男だろうが、これまで菜々子の悩みに対し、親身になって支えたのは、この私だ。そしてこれからもそれは変わらない。
職場を離れることにより会う機会は減るが、これまでと同様、彼女の悩みは尽きないだろうし、連絡も取る事になるだろう。
その時はそんな考えに落ち着いた。
だが、やはり世の中はそんなに甘くはないのだ。
菜々子はさっぱり連絡をしてこなくなった。たまにこちらから連絡を取るが職場を懐かしがったり、こちらの近況を訊くことばかり。そうじゃない。私が聞きたいのはそんなことじゃなくて……。
「アナタの悩みが訊きたいの」
だが、新婚ホヤホヤの彼女には、多かれ少なかれ悩みはあるようだったが、他人に相談するような大きな悩みはなかったようだ。ツマラナイ。本当にツマラナイ。
だが──
私の出る幕はないのかもしれない、そう思い始めていたある日、電話越しの彼女がポツリと漏らした。
『まだ赤ちゃんが出来ないんですよ……』
元気のない、消え入りそうな声。
来た。
なんだ、あるんじゃない。
大きな悩みが。
任せなさい。
お姉ちゃんに、この真澄お姉ちゃんに任せなさい。
励ます。
励ます。
とにかく励ます。
トコトン励ます。
彼女は次第に元気になる。
『ありがとうございますっ』
コレ!
コレよ!
大好物の魔法の言葉。
逆に私を元気にしてくれる言葉。
この瞬間に生きがいを感じる。
だが根本的には解決していない。
赤ちゃん?
わからない。
私は独身。そんなものに縁はない。なら調べるしかない。私のリサーチ力を駆使して調べ上げるしか。彼女の為にとにかく調べ尽くすしかない。
『基礎体温を計ってる? 月経周期、排卵周期とかを意識するのが先決よ』
『排卵検査薬使うとかもお薦めね。これなら排卵日とか一目瞭然よ』
『冷えとかも妊娠し難くなる原因よ。そう。卵管が狭くなるのよ。半身浴を取り入れたらどう?』
『ストレスは良くないから、たまには妊娠する事も忘れて、遊びに出掛けるのも良いわよ』
情報を得るの専門書や雑誌が基本。他にも友達や知り合いから話を訊くこともあったが、大抵はネットなどに載っている情報ばかり。だけど、菜々子はそんな事も知らない。だってまだまだ若いのだから。若すぎるのだから。彼女は魔法の言葉を紡ぎながら、私の言うとおりの行動をする。それしか道がないかのように。本当に素直な子ね。
とにかく調べては助言、調べては助言を繰り返す。
そんなある日。
どうすれば菜々子を妊娠させてあげることが出来るのか、そんな事だけに想い巡らせながら街中を歩いていた時、チラッと視界の隅っこに映る影があった。
『ん?』
それは近所にある、あまり評判の良くない寺の一画にあった。
大きな石。
高さにして150㎝程の石。
寺の外側に並べられた地蔵達。その隣に一段と存在感を増した石が置かれていた。
『なんか……卵みたい……』
妊娠。
今まで菜々子は私の助言を全て行動に変えてきた。だが未だ目標地点に到達できない。妊娠への執着も日に日に強まり、電話越しにすすり泣く声が聞こえる始末。安心させてあげたい。
ほらもう大丈夫よ、と。
これであなたも妊娠できるわ、と。
妊娠にはストレスは天敵。その安堵感により、妊娠の確率を向上させることができるなら、超常現象をも利用する。
たとえ嘘だとしても。
それが彼女のためになるのなら。