45.考察の行く末は
「舌鼓」で島谷の話を訊いた日、ずっと心が霞懸かって晴れることのなかった違和感の正体。それが解ってきた。
「蒼井渚は危険だが、社長は問題ない」
親子なのに。
娘の為に暗躍する父親なのに。
娘より危険ではない。
何故か?
社長は島谷が止める事のできる人物だから。弱みを握っているから。
今考えるとすごく引っ掛かる。
親子なんだろ?
娘の為に暗躍する父親なんだろ?
それを止められる。
島谷が止める。
止めるからこそ出てくる黒幕。
それが蒼井渚。
おかしいだろ?
社長を止められるのなら、その社長に娘の愚行を止めさせてくれ。
社長自身も娘に弱く、それができない。そう考えられなくもないが。
それに社長を止める程の「弱み」を握れる島谷だ。その娘の「弱み」を握ることはそんなに大変な事なのか?
ようは、それもできない状況あるということか?
だとしても。
それなら。
そうであるなら。
社長を止めなければいいじゃないか?
野放しにして、蓮見瑞希を左遷にでもなんでもさせればいい。
「社長を止める」事が「蒼井渚が動いてしまう」原因になり、それによって「菜々子の命が危険に晒される」のであれば。島谷が社長を止める事に意味が無くなるどころか、余計な事態を招くことにつながる。
島谷の言動には矛盾が渦巻いていた。
『ちょっと待ってよ! 真澄さんを疑ってるの?』
今度は菜々子が疑問付を浮かべ口を尖らせてくる。
『疑うっていうか、何か隠してることがあるかもって……』
『同じ事でしょ?!』
『いや、まぁ、そうだが……こう考えていくと矛盾点が目立ってく──』
『真澄さんが嘘なんて付くわけないでしょ! 言ってたじゃない、私達が好きだから、蒼井さんの毒牙から守りたいって!』
なんか、表現が微妙に違う気もしなくもないが。
『菜々子』
『な、なによ香奈? アンタもなんで──』
『菜々子達の事を守りたいのは私も一緒。こんな事言える身分じゃないかもしれないけど、あなたと瑞希君、そして彩ちゃんは必ず幸せになってもらいたいの。瑞希君のお腹の子にもよ』
『──香奈』
『だから、身に危険が迫っているなら、少しでも慎重にならなきゃ。 取り越し苦労ならそれでいい。でも疑いをそのままにする事はできないわ』
『………………わかったわよ』
全てを納得した訳ではなさそうではあるが、菜々子は長い沈黙の後に肯定の意を発した。
次の議題に移る。
『じゃ、次のチョコ入りの宣戦布告についてだけど』
『これについても、渚さんが犯人と断定するには証拠不十分よね』
確かにそうだ。そもそも宛名が「蓮見菜々子」を名指ししている。はたして、蒼井以外に菜々子への嫌悪感を表す人物がいるだろうか? あと、あの封筒の文字。どうしても連想してしまう。bule。青。蒼井。島谷から注意喚起を受けた直後だというのもその要因だろうが。
チョコレートに関しては全く意味が解らない。何故チョコレート? 連想出来ることと言ったら、茶色、甘い、カカオ、溶ける、それくらいなものだ。……残念ながら何も思い浮かばない。もしかしたら大した意味などないのかもしれない。が、嫌がらせに変わりはない。
『ねえ、コレがポストに入っていたのは何時頃?』
『えっ……と、俺が出かける時だったから、14時前位かな?』
『今日の朝はポストは見なかったの?』
『うん、見てないけど……』
『それじゃ、昨日から入っていた可能性があるわね。最後にポストを確認したのは?』
『昨日の21時位だね』
『そう。じゃ、昨日の21時から今日の14時までの間、ずっとポストを監視してくれていた人に確認を取れば』
『えっ、そんな暇人いるわけないじゃん』
仮にそんな暇な人がいたとして、何でうちのポストを監視するのかわからん。第一そんな人がいたら、そっちの方がより不審者だ。
……ん、まてよ?
不審者?
監視?
『あ、そうかっ』
『防犯カメラ。マンションに設置されてれば映ってるんじゃない?』
確かにうちのマンションのメールコーナーには防犯用のビデオカメラが設置してあったはず。管理会社に事情を話せば見せてくれるかもしれない。
『じゃ、後で確認させてもらおう。コレで犯人が明らかになる……けど……』
『?』
これまでの考察から、蒼井犯人説が若干疑惑を呈してきている。もしかしたら蒼井は無実かもしれない。そんな思いも頭を過ぎった瞬間もあった。
これはほんの小さな疑惑で菜々子の前では口に出すのを躊躇してしまう考えだが、俺は何らかの理由で蒼井を犯人に仕立て上げようとしている黒幕の存在を想像していた。島谷真澄の顔を。
だが、最後の議題、蒼太の発言に至っては、その思いもまた覆ってくる。蒼太の言葉は人の悪意をさらけ出す鏡のようなものだ。島谷が蒼井を犯人とするため暗躍したとして、それがそのまま菜々子に対する悪意につながるかどうか。まあ、どんな理由で蒼井を危険人物として仕立て上げ、俺達に注意喚起したのかが解らないから、何とも言えないが。
『……どうかした、瑞希君?』
『あ、いや、なんでも……じゃ、最後の考察といこうか』
香奈との意見交換は一人で考え込んでも導き出せそうにない真実を暴いていける。今までのやり取りが、俺をそう確信させる。
この第四の情報についても、俺達が為さねばならない最善の行動へと導いてくれることだろう、と思っていたのだが──
『そのことは、また今度にしようか』
──その思いは呆気なく覆された。