44.疑惑の源へ
『心配かけて本当にごめんなさい』
『いやいや、謝らなくていいって、勝手に心配してたのはこっちだから』
携帯電話もつながらず、職場にもおらず、ついさっきまで音信不通となっていた香奈。
あとは島谷を介して蒼井の状況を確認出来なければ、自宅へ行こうと思い始めていた矢先に、その香奈が姿を現した。
『まさか携帯を忘れてるとは思ってなくて』
『香奈も案外おっちょこちょいね~』
先ほどまで昼寝をしていた彩と積み木で遊んでいる菜々子が口を挟む。
それをお前が言うなよ。
しまった。
三角形の積み木が飛んでくるとは思いも寄らなかった。マジ痛い。
『菜々子、危ないでしょ? ……ところで、なんで私を探してたの?』
『ああ、そのことだけど──』
俺は痛む額に手を当てながら、今日あった出来事を香奈に伝えた。
『そんな事があったんだ。なんかその子スゴいね?』
『そうなんだよ。蒼太君ていうんだが、そりゃ凄い迫力で──』
『でも、それ本当に渚ちゃんなのかなぁ? 私にはどうしてもそうとは思えないんだけど』
蒼太が受信した思想の発信元。蒼井渚がそれなのだが、俺の説明に香奈は疑問を呈した。
『は? いや、だって島谷が……』
『うん、従姉妹さんだっけ? その人が言ってるからっていうのは分かるんだけどね』
『あと、手紙だよ。チョコ入りの。"bule"って』
『あ、ごめんなさい、別に瑞希君を疑ってるとかそういう訳じゃないの。ただ──』
腑に落ちない表情を浮かべたまま香奈は言う。
『渚ちゃん、そんな子じゃないよ』
解らない。何故か香奈は蒼井を庇うのか。確かに、菜々子と同様に恋敵である筈の香奈に対して、全くといっていいほど無害であるようだが。だが、状況的には蒼井以外考えられない。
まてよ?
状況的には。現時点では状況証拠しかない。蒼井を犯人と断定するには物的証拠がまるでない。いや、俺の主観では蒼井は犯人で確定していたのだが、香奈にああまで断言されるとなると途端に自信がなくなってくる。
何か。見落としている何かがあるのか?
少し整理が必要かもしれない。
一、蒼井は瑞希を愛してる。これは俺自身が蒼井の言葉をこの耳で確認している。
二、蒼井は恋敵である菜々子に何かしらの嫌がらせ、もしくはそれ以上の行為を行ってくる可能性がある。下手をすれば命に影響があるかもしれない。これは従姉妹であり、蒼井の事を良く知っている島谷が言っていた言葉。
三、嫌がらせのチョコ入り手紙。bule、和訳で「青」の文字。宣戦布告の意思表示。これは俺達自身が受け取った物。だが、確かにポストに投函されていたのを後から確認しただけで、蒼井が入れたという物的証拠がない。現場を押さえた訳ではないからだ。
四、雪の息子である蒼太の言動。名指しでの恨み節。近くにいる悪意を持つ人物の想いを受信するというオカルトチックな力、とでもいうのか、そういう能力。これは雪から告白してきた、できれば伏せて起きたいであろう、特殊な子を持つ親の悩み。
蒼井犯人説を確定するのに揃っている情報はこれだけだ。これらを思考回路に放り込み、吟味する事で、盲目となっているかもしれないグレー部分に触れてみる。一人の頭で考えると偏った結論を招きかねない為、一つひとつを言葉にしながら、香奈に提示し、一緒に考察する事にした。そうすることで疑惑の源へ辿り着ける気がする。
『こんなとこかな。じゃ、まずは──』
一の蒼井の宣言。これは別にいいだろう。ま、そういうことなんだろ。
二の島谷の発言から考える。島谷はアラームを発している。蒼井は危険だ。気をつけろ、と。何故危険なのか。蒼井が危険だと分かっているなら、警察に通報すれば良いのだろうが、勿論そうもいかないだろう。親戚を警察に売る事になる、それもあるが、事件が未発生状態で動く警察なんてないだろうし、仮に動いたとしても刑事事件にでもなれば会社の存続問題にもなりかねない。全く島谷にとっては旨みがない。だから島谷は未然に防止できるよう俺達にだけ伝えたのだ。
『ちょっといい?』
ここで香奈が意見を挟む。
『島谷さんは社長さん、渚ちゃんのお父さんの行動に対しては抑止力を働かせることができる、でいいんだよね?』
『そう。島谷はそう言ってたよ』
『渚ちゃん本人にはその抑止力は働かないのは何でだろ?』
……!?
『だってかなりの情報通なんでしょう? 叔父さんの行動を左右できるって、どんな弱みを握っているかは分からないけど……それなら──』
香奈の言葉により、グレーだった一部が色彩を帯びていく。
『もしかしたら蒼井自身を抑止できる情報だってあるはずじゃないか、てことだね?』
まずはひとつ。




