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41.もう一人の恋敵

『アタシへの恨み節でしょ?』

『うーん、恨み節ってか、心の声ってヤツ?』

『心の声ったって、本人いない所、しかも外でそんなに激しい感情出さなくても、って思うんだけど?』

『んー、確かにそうだよなぁ』


 菜々子の云わんとしている事はわかるような気もするが……。


 一時間ほど前に聴いた件の言葉を今一度頭の中でリプレイしてみる。


 「蓮見菜々子、許さない」確かに蒼太はそう言った。無論、これは彼自身の心の内を響かせたものではない。どういうメカニズムかは解らないが、周りにいる途轍もなく強い念のこもった想いが、彼の口を媒介し発せられたに過ぎない。では、強い念のこもった想いとは何なのか? 何者があんな危険な思想を胸の内に蓄えてながら、あの場に存在していたのか?

 蒼井渚だ。

 「舌鼓」の二階にはいなかった。急いで一階にも降りたが姿はなかった。だが、確実にあの瞬間、彼女は店の中、もしくは店のすぐ側にいたのは間違いない。

 彼女はいた。

 だが、恨みを持つ対象である菜々子はあの場所にはいなかったのだ。店の中であれば飲食中。もしかしたら店の外を歩いていたのかもしれないが、いずれにしても、あんな、身の毛もよだつような感情を、対象者のいない場所で燃え立たせるだろうか? 恋敵に対する感情ってのは、あんなにも危険極まりない感じがするものだっただろうか?

 そもそも俺に対する蒼井渚の執着ってのはどの程度なのか。「本気で愛してる」などと口にはするが、話した回数なんて数えるほど。相手の良いところなんてもんは、会って、話しての繰り返しで大きくなるものだし、その延長に恋愛感情って副産物が産まれるものではなかろうか? 仮に一目惚れってやつだったとしても、あんな風になるのか? 人ひとり殺しかねない。そんな危うさを孕んだセリフだった。

 疑問の連鎖。整理しようとすればするほど雁字搦めになっていく感覚。そして、今また新たな疑問が産声をあげる。だがそれは今までになく大きく、けたたましいものだったが、それと同時に、俺を一つの行動へ駆り出さずにはおれない響きをもっていた。


『ちょ、ちょっと待て!』

『なによいきなり?』


 何でだ?

 何で今まで気がつかなかった?


『ど、どうしたの?』

『ちょっと待て、おいおいおいおい、考えてみたらおかしくないか? え?』

『どうしたのよ? ちょっと落ち着きなよ?』

『何でお前だけそんなに憎まれなきゃならないんだ?』

『蒼井さんの事? 何でって、瑞希の妻だからでしょ? なに言ってんのよ?』

 頭大丈夫? そう言いながら菜々子が俺の額に手を当ててきた。その手をすぐに払いのける。

『だから何で? 何で妻だから恨みをかうんだよ? 蒼井にとって、お前は何だよ?』

『何って、蒼井さんにとってアタシは「恋敵」ってことでしょ? 何言って──』

『だからそれだって!』


 島谷から蒼井の話を聞いたときも、香奈から蒼井の話を聞いたときも、妙にスッキリしない、心に引っかかる違和感があったのだ。


「あの子欲しいものの為なら何だってするわよ」

「まさか命を狙ってくるとか、そこまで馬鹿じゃない……と思いたい」


「渚ちゃんとは本当につい最近知り合ったばかりで、どういう人かっていうのは……ただ、そんな危ない事をしようとする子には見えなかったけど……」

「実は渚ちゃん、まだうちの店に来ているのよ。私に恋敵宣言してからもたまに」


 菜々子も俺と同じ考えに行き着いたらしい。口元を右手で覆い、酷く動揺している。

 菜々子は蒼井渚の恋敵。そう、敵だ。敵に牙を剥く獰猛な獣。その敵意は尋常ではない。たかが恋敵。でもヤツにとってはされど憎き邪魔者。でも、ヤツにはもう一人、憎い敵がいるじゃないか。


 今日は厄日だ、俺はそう吐き捨て、携帯電話を取り出した。

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