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35.遠い昔に思いを馳せて

 天職。

 数多ある職業の中で、様々な縁に翻弄されながら選ぶものの中には、決してそうとは言えないものが沢山ある。まして、この不景気という見えない鎖に縛られ地に落ちた時世において、数年の間で職を転々とする者などは数多くいるだろう。かく言う俺もその内の一人だった。


 好きこそ物の上手なれと、格闘家を目指した時もあった。天武の才などとは無縁だが、努力があればなんとかなると思っていた。断念するのは早かった。元々短気な性格でもあり、仕事としてではなく趣味として続ける事で、その道は見限った。

 次は彫刻家。元々器用なほうだった為、技術的には問題なかった。徐々に上達していった技術。だが短気な性格はそのまま。少しでも上手くいかないと作業を放り出し、先輩に叱られる。それの繰り返し。程なく辞めた。これも趣味で続ければいい。そう思った。

 その後はひとまずバイト生活。またも職を転々とする。その間に良縁に恵まれ結婚。正社員として再スタートするべくバイト生活にピリオドを打つ。

 次は運搬。主に彫刻に使う岩石を運ぶトラックの運転を職とした。彫刻家時代に世話になっていた採石会社。運転手を探していると声がかかり、既に結婚し子供もいたため職を選ぶ余裕もなかった。この会社には長年勤務し、その後トラックを降り別の部署に在籍、今に至る。


 奇妙な事が起こったのはちょうど運搬会社で部署異動する直前の事だ。


 仕事に対する短絡的な感情は、家族ができた事ですっかりなりを潜め、家族を守るため無我夢中で働いてきた。その事を評価されての高待遇での内勤異動。子供の反抗期には舌を巻いていたが、懸命に家計をやりくりしてくれる妻には感謝が尽きなかった。


 そんなある日の週末、会社の上司から声を掛けられた。自分の内勤異動を社の上部に申し出てくれた人だ。


『頼みがあるんだが……』


 何だろうか? 常日頃お世話になっている上司の頼みだ。出来る事であれば……。そう思った。





 翌日早朝。休日で人気の無い会社から俺は岩石運搬用のトラック、上司は重機搬送車を一台づつ持ち出し、目的地に向け車を走らせた。


 目的地は採石場……ではなかった。


 採石場に向かう途中、舗装もされていない廃道に入った場所にちょっと広めの岩場があった。


『ここは……?』


 トラックから降り、周りを見渡す。

 数は多くはないが、ポツポツと花崗岩と思わしき岩石が散らばっている。


 すぐそばには崖が切り立っていて、見上げたそこには先ほど通っていた採石場につながる道路が見て取れる。


『あの岩を運びたいんだ。早速始めよう』


 キョロキョロと辺りを伺っていた俺の横で上司が指示を出す。


 なんでこんな場所に花崗岩が?

 しかも若干汚れが目立ち、つい最近切り出した物ではなさそうだ。長い間放置されていたように見える。そもそもこんな物をどこに運び、何をしようというのか?


『どうした? 雨が降り出さないうちに早いとこ運ぶぞ』


 考えていてもしようがない。

 今にも泣き出しそうな空を見上げ、いそいそと動き出した。


 作業は思いのほか早く終わった。

 タバコをふかし一息入れた時には雨が振り出し始めていた。


『コレとコレは保管所、コレは早速加工しよう』

 会社に戻ると数名の作業員が待っており、上司が加工の指示を出した。


『あと、コレは……佐々木、お前持って帰るか? 確か趣味で彫刻してたろう?』

 今の俺には、個人では決して買い取る事など出来ないような立派な花崗岩の塊。いいのだろうか? 確かに多少汚れてはいるが、社にとっての資産の一つ。だが、なんだか理由を聞くことができず、いきなりの申し出に多少困惑したが、久しぶりに何か彫りたいと思っていた為、かなり大きめのその岩を持ち帰る事にした。


 少し経ったある日。

 彫刻は完成した日。

 庭先で声がした。

 というより、岩から声が聞こえた。

 次日には岩のそばで人のような影が見えた。

 その次も。また次の日も。

 何かの気配は徐々に強くなっていった。


 参った。本当に参っていた。

 気がおかしくなりかけていた。

 あの岩だ。

 あの岩が原因だ。


 おかしいと思っていたんだ。訳も言わない上司。なんであんな作業を手伝わせたのか。しかも妙にコソコソしていた。そして持ち帰らせたあの岩。


 あの岩を何とかしなければ。


 程なく近くの寺に引き取ってもらう事になった。



 その前日だ。


 ……娘に。

 娘だと気がつかず『出ていけ』と叫んでしまったのは……。


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