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29.ケンカとヘンカの原因究明

 夕日。

 人類のみならず、地球上に息づく全ての生命に注がれる太陽光の残りかす。

 日は昇り、また沈む。

 そしてまた日は昇る。

 夕暮れとは太陽にとって、「一生懸命、生き物に光注いでやったから、ちょっと休憩するよん」って布団に入っていく、安らぎの瞬間かもしれない。


『いいなぁ、太陽……』

『何言ってんの? それより、さっきから聞いてるけど、これは何?』


 菜々子は怪訝な表情で、親父さんの持ってきたお菓子を指差している。


『……かるめの卵ですが、何か?』アナタの大好物の。

『そのかるめの卵が、なんでここにあるのか聞いてるの! アンタ、具合悪かったんだから外出してないよね? 誰かが持ってきたんでしょ? 誰よ?』

『そんなの……』ひとりしかいねえだろが。


 突然、田舎からやってきた親父さん。単身赴任で上京。そして娘、というより孫娘に会いに、手土産片手にやってきたってところか。犬猿の仲である娘の家に。


『……寂しい寂しい単身赴任者だ』

『親父ね?』

『なんだよ、わかってんじゃん』

『あのやろ〜〜っ、なにしに来たんだ?』


 親父さん捕まえて「あのやろう」って。しかも「なにしに来た」ときたか。可哀想過ぎるな。


『……で!?』

『は?』

『は?じゃないでしょ。なんて言ってた?』

『いや、なにも。彩と遊んで帰ったよ』

『ふーん』


 なにが面白くないのか、感情のこもっていない返事をする菜々子。好物であるはずの「かるめの卵」の箱の表面や裏面を、落ち着かない様子で交互に眺めている。

 久しぶりに親が来てくれたんだから、もう少し喜んでも良いだろ。趣味が合わないくらいで、そこまで毛嫌いせんでもと改めて思う。


『いいじゃんか、別に。親なんだから孫の顔くらい見にくんだろ』

『瑞希はアイツがどんなに酷い人間なのかをわかってないんだよっ』

『なんだよ? 単に好きな格闘技が違うだけだろ?』

『……』


 俺は何か間違った事を言ったのだろうか?

 菜々子は目を見開き、まるで化け物が目の前にいるかのような表情で、俺を見つめている。そして、少し視線を下ろしながら深く長い溜め息を漏らした。


『はあぁぁ。なにそれ? そんな事くらいで親を避ける訳ないでしょ?』


 アナタなら十分やりそうですが。


 思っただけなのに左頬が痛い。利き手を使うんじゃねーよ。


『いい、瑞希? アイツはアタシに出ていけって行ったのよ? 一人娘のこのアタシにっ!』

『お前がなんか悪い事したんだろ?』

『してないわよ!』

『じゃあ、なんで?』

『知らないわよ! とにかく、アタシが高校三年の時にアイツが言ったのよ、「お前など知らん、出ていけ」って。だからアタシは上京してきたんだから』

『う、ウソだろ?』

『ウソじゃない!』


 娘想いで格闘技好きの気持ちのよいオッサン。俺が初めて会った時の佐々木蓮司の印象だ。突然訪ねた見も知らぬ男を母親と一緒に快く迎え入れ、滅多に、いや全く帰ってこない娘を案じていた姿を思い出しながら菜々子の話と照らし合わせても、なんだか信じがたい。が、菜々子はウソが巧くない。だけど、話をする菜々子からは、ウソを言っている時の白々しさが感じられない。そもそもそんなウソをつく理由もないが。


『じゃあ、本当だとして、その後どうなったんだ?』

『どうしたって、ドロップキック喰らわしてやったわよ。当然でしょ?』


 当然ではないだろ。

 それに、別に攻撃方法など訊いてない。本当に手が早い奴だ……足か。 ん? 喰らわした?


『えっ、なんだって?!』耳を疑いつつ再度質問する。


『は? だからぁ、ドロップキックを――』

『喰らわしたって?!』

『そう』

『親父さんが喰らったのか?!』

『だから、そうだって。他に誰がいるのよ。何?』


 変だな?

 おかしい。

 何度か組み手を交わしたからわかるが、親父さんは格闘技の腕はかなりのものだ。確か空手の有段者でもあったはず。当たり前の事だが、菜々子は単なる格闘技好きで、格闘家というわけではない。見よう見まねのドロップキックなど、あの親父さんが避けられないはずがない。


『その時、親父さん具合でも悪かったのか?』

『はあ? 知らないわよ。まあ、確かにその時期は不眠症だったみたいだけど』

『不眠症……?』


 親父さんが不眠症?

 で、菜々子を知らないと言った?

 あまりの睡眠不足で幻覚でも見てたのか?


 なんかモヤモヤする。でも、この辺りに仲を取り持つヒントが隠れてるような、漠然とした予感がある。


『親父さん、他になんか言ってなかったか?』

『知らないって。ドロップキックがクリーヒットした瞬間に親子の縁も切ったわよ』


 切るなよ、そんな簡単に。


『そっから口聞いてないのか?』

『そんなことないけど』


 切ってねえじゃん。


『お母さんの手前、仕方なくよ。……そういえば、ドロップキックの後ビックリした顔して「菜々子か?」なんてバカみたいな事言ってたけど。他に誰がいるっつーの!』


 やっぱりそうか。

 親父さんはそのころ幻覚に悩まされて不眠症だったんだ。で、菜々子を幻覚と勘違いして……。でも普通に暮らしていて幻覚なんて見るのか? なんか変なクスリでもやってたのか? いや、あの人に限ってそんな事はないな。でも、だったらなんだ?

 まあ、四の五の考えていても仕方がない。直接聞いてみるか。


『わかった』

『なにがわかったのよ?』

『親父さんに直接聞かないとわからないって事がわかった』

『それ日本語で言うと「わからない」って事じゃないの?』

『うるさい、お前に言われたくない』

『なんだって!?』


 口が滑った。左頬の感覚がなくなりそうだ。


『とにかく、親父さんとこ行ってくる』

『はあ? なにいってんのよ。もうほっときなさいよ、あんな奴!』


 今度はあんな奴呼ばわり。つくづく可哀想。


『あっ……そ、それに、お客さんよ』

『は? 客? 誰?』

『は、隼人』


 リビングから廊下を抜け玄関に着くと、寂しげな後ろ姿の隼人が廊下に腰を下ろしていた。靴を履いたまま。


『……おい』

『あっ、み、瑞希。話終わったの?』


 振り向いた隼人は少し半ベソ気味に微笑んだ。その顔からは安堵が滲み出ている。



『……お前、いつから居たの?』

『菜々ちゃんとバッタリ会って、一緒に来たんだよ。忘れられちゃったのかと思った』


 大正解だ。菜々子は間違いなく忘れてたぞ。「あっ」とか言ってたし。


『まあ、とにかく上がれよ』


 用件は検討がついていた。先日、香奈との騒動により、聞けなかった「妊婦石」に関する報告についてだろう。

 リビングに戻るとテーブルには淹れたてのコーヒーが湯気を立ち上らせていた。いつになく気が利く。隼人へのお詫びのしるしだろう。


『で、話ってのはあれか?』

『ああ、この間報告出来なかった、あの石についてだ。石に関する研究所で働いてる知り合いに鑑定してもらった』


 隼人はそう言うと、持っていたカバンからハンカチにくるんだ手のひら大の物体をテーブルに出した。先日、観恩寺に出向いた際に、断りもなく砕いた妊婦石の欠片だろう。


『調べてもらったところ、コレは花崗岩を加工したものらしい』

『カコウガン?』なんだそりゃ。

『ああ、溶岩が固まった深成岩の一種』


 知らないの?とでも言うように説明を続ける隼人。知らねえよ。


『別名、御影石』

『ミカゲイシ?』それも知らん。

『ああ、よく墓石とかに使われるものらしい』

『墓石? ……まあいいや。で、他に何がわかったんだ?』


 別に石の種類などどうでもいい。要は、何故あの石に人を妊娠させる力や、男を女にする力があるのか知りたいだけだ。


『ん? それだけ。どこにでもある石だって』しれっ、とした態度で言い切る。

『それだけ!?』


 んなわけねーだろ?

 もっと他になんかあんだろ?

 そんな期待も虚しく、隼人はコーヒーを啜り、再度『それだけ』と答える。


『まあ、研究所て言ったって、そんな不思議の原因なんてわかんないよ。一応ダメ元で試しに調べてもらっただけだ。だが、この石がクサい事には変わりはない』

『変わりないって言ったって……』


 自信あり気の隼人を余所に、俺の心は堕落しきっていた。器物破損の行動をとった隼人を尻目にしていたが、やり方はどうあれ、結構期待していたからだ。男に戻れる方法の欠片でも見つかればと思っていたのに。


『諦めるな。まだ手詰まりになったわけじゃない』


 銀縁メガネの向こう側。隼人の顔面には、不敵な笑みが貼り付いている。


『石を科学の側面から調査した結果は、さっき報告した通りだ。まあ失敗ってとこだな』

『だったら――』

『まあ、待てって。あくまでも、「科学的にはわからなかった」だ』

『?』


 なんだ? なにが言いたいんだ?


『コレは超常現象だよ。瑞希の身体に子どもが宿った。コレが超常現象以外の何になる? 超常現象は超常的に調査しなきゃわからないって事だよ』

『どうやんだよ、超常的な調査って?』

『わからない』この、しれっとした態度が癪にさわる。


『じゃあ、ダメじゃねーか!?』

『ただ今のところ、この現象の引き金になったものは妊婦石以外ない。妊婦石からの何らかの力が影響してるとしか考えられないだろ。妊婦石は普通の石。調査の結果はそうだが、それは表向きだ。何か裏側にある気がする。普通の石にそんな力が宿った原因て奴があるはずなんだ。それを調査する』

『なんだかよくわからねーが、調査ってなにすんだよ?』


 そこだ、と言いながら隼人は妊婦石の欠片を右手に持ち、視線の高さまで掲げる。


『あの住職が言ってた事、覚えてるか?』

『ん?』


 住職? ああ、あの胡散臭い禿げ爺さんか。


『――祟り』


 ぞくりとする。

 目の前にいる隼人の口から発せられた3つの音が、耳のすぐ横から聴こえたような不快感。


『住職は、あの石は5年ほど前に人を妊娠させる力が出てきたと言っていた。で、その石自体は10年位前に他の寺から持ち込まれたと言っていたよな? 原因は祟りだとも。石のルーツを探るんだよ。あの石が、観恩寺の前にどの寺にあったのか。そこでは何が起こっていたのか』


 石のルーツ……。

 石の力がどのようにして宿ったのかを探ると言う事か。

 面白そうじゃねーか。

 隼人が笑いかけてくる。

 一縷の希望が見えてきた瞬間、俺の表情の変化が見て取れたようだ。

 こうなりゃ、とことんやってやる。必ず俺は男に戻ってやるんだ。


『――瑞希は留守番だけどな』


 しかも、ルーツを探る為に旅行も出来て一石二……なんだって?

『……隼人、今なんて?』

『だから、地方の寺とやらには俺が行ってくる。瑞希は自宅待機』


 隼人は笑顔の表情を全く変える事なく続ける。


『だって、お前悪阻が酷いんだろ? 今は大事な時だから、ゆっくり休んでいなさい』

『いや、だってお前、温泉とか……』

『休んでなさい』


 笑顔の中に鬼を見た瞬間だった。

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