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25.切れかけた絆

『よしっ……と。ほら、終わったぞ』


 彩のロンパースのボタンを止め終えた隼人は、事もなげに俺に言った。


『おお! サンキュー隼人!』彩のオムツ替えが済んだ喜びに、俺は隼人に抱きついた。

『サンキューじゃないだろ? お前いい加減にオムツくらい取り替えられなきゃダメじゃんか』俺の抱擁を軽くかわした隼人は、呆れたように文句を言う。

『そんなん言われなくたってわかってるっつーの。だから替えようとしてたんじゃねえか』

『でも最終的に替えられなきゃダメだろ』


 ……ダメェ?


『ダメダメ言うな! 物には順序っつーのがあるんだよ! コンビニで万引きした事ないヤツが、宝石店の強盗なんか出来ねーだろ?』

『……なんだその喩は?』



 液状のうん○まみれになった彩のオムツは、オムツ替え初心者の俺に太刀打ち出来る相手ではなかった。

 菜々子に助けを求めようとするも、なにが原因かわからんが香奈を相手にご立腹の様子。途方に暮れた俺の前に現れた救世主が隼人だったのだ。

 人間は万能ではない。それぞれ、向き不向きってのがある。欠けたピースをそれぞれ補ってこそ人間と言えるのだ。

 俺はオムツ替えが出来ない。

 そして、隼人はオムツ替えが出来る。

 なら、助けてくれたっていいじゃないか。

『わからんか!? レベル1状態で檜の棒を持ったへっぽこ勇者が、いきなり竜王に立ち向かえる訳がねーだろって言ってんだ! 町出てみたらいきなり竜王だぞ? そりゃ、その辺にいる町人にも助け求めんだろ!?』

『解りやすくなったのか? ……というか、簡単に諦めるな、へっぽこ勇者。これから様々なうん○と死闘を繰り広げなきゃならないヤツが、竜王位にビビってどうする?』

『はぁ? お前バカか? レベル1だぞ? しかも竜王だぞ、竜王? その辺にいるスラ○ムとかドラ○ーと戦うのとはわけがちが――』


『何言ってんのよっ!』

『『ゴメンなさいっ!』』 リビングに響く菜々子の怒鳴り声に対し、咄嗟に謝る俺と隼人。

 香奈と真剣な話をしている隣で、少々騒ぎすぎたようだ。

 恐る恐るダイニングテーブルの方を向くが、菜々子はこちらを見ていなかった。


『『あれ?』』


 どうやら先ほどの怒鳴り声は香奈に向けたものらしい。


『アンタ、自分が何したか解ってんの!?』

『……ゴメンなさいっっ……』

『……っ!』


 香奈の謝罪は菜々子に届いていないようだ。菜々子は無言で席を立つと、そのまま台所に行ってしまった。


 な、なに? どうしたのよ?


『(……瑞希。何かあったのか?)』軽く呆然としていた俺に、隼人が囁くように状況説明を促してきた。

『(知らん)』

『(し、知らんて、お前……)』

『(俺は彩と遊んでただけだ。丁度お前が来る直前に険悪ムードになったようだけど……って、そんな事より香奈、大丈夫かな?)』

『(……よくこんな状況でダジャレを言えますね?)』

『(アホか!)』隼人の能天気な思考にツッコミをいれつつ香奈に声を掛けようとした時、菜々子がリビングに戻ってきたので、まずは菜々子に事情聴取してみる事にした。


『……な、菜々子……ちゃん?』

『彩ぁ、ゴハン食べよっかぁ?』

 恐る恐る声を掛けるが、菜々子はまるで声を掛けられた事に気付いてないような素振りで、俺の足元でゴミを摘んで遊んでいた彩を抱き上げた。


『ここは変な人達がいるから、あっちで食べようね?』


 台所から持ってきた離乳食を片手に彩を器用に抱きながら寝室へと移動する菜々子。


『……変な人達だって』隼人は悲しみに暮れている。


 変な人達ぃ?


 なにがあったか知らないが、旦那や友達に向かって言うとは。ひどい侮辱だ。ここは、亭主としてしっかり注意しなければ。


『こらぁ、菜々子ぉ! 香奈ちゃんと俺に謝れ!』

『……瑞希、俺が抜けてるよ』


 隼人のかぼそい声は寝室とリビングを繋ぐ扉が閉まる音にかき消された。








『んで、なにがあったの?』


 リビングから菜々子がいなくなり、とりあえず取り残された香奈に事の真相を聞いてみる事にした。


 菜々子と香奈は、滅多にケンカをしているのを見た事がない。ケンカするほど仲が良いという言葉もあるが、あれは「ケンカするほど身近である」のは勿論、「心も近くにある」からで、ケンカするほどに本音を曝け出しているからだ。でも、傍から見た彼女達は、真剣に相手の事を考えお互いを尊重して付き合っている。だから、時に自分にとって厳しい意見も、真摯に受けとめる為、ケンカのような口論にはならなかった。そんな、時に夫である俺でさえ軽く嫉妬してしまう位深く繋がっていた絆が、今切れかかっているのだ。修復する為には、まずは正確な情報が必要だ。だが、香奈の口から出た真相は耳を疑う内容だった。


『私は、菜々子と瑞希君を別れさせようとしたの……』

『…………へっ? な、なにそれ? 言ってる意味がよくわかんないんだけど……?』


 俺の返答が聞こえていないかのように香奈は静かに続けた。


『私は菜々子が好きだったの。菜々子は亡くなった姉によく似ていた。姉は私にとって全てだったわ。……でも、私はその姉を裏切った』


 よく話が見えてこない。だが、俺は香奈の声から耳を離せなかった。


『私の裏切りによって姉は死んだ。……あんなに私の事を守ってくれた美咲ちゃんを……殺したのは私なのっ』


 殺した。穏やかでない言葉に疑問が生まれたが、そのまま香奈は話を続ける。


『……そんな時、私の前に菜々子が現れた。本当に美咲ちゃんによく似ていた。私は美咲ちゃんへの恩返しを菜々子にしていこうと決めた……決めたはずだった。でも、本当は菜々子を独占したかっただけだったみたい。菜々子といる時が本当に幸せで……』


 香奈はテーブルの一点を見つめたまま言葉を紡ぎ出す。ふと、隼人に目を向けると、何か思うところがあるのか、頷きながら聴いている。


『私は菜々子を愛していた。それが、同姓愛という言葉で括られようが、どうしようもない事実だった。……でも、私は菜々子に告白出来なかった……。』

『で、瑞希が現れたって事か』

『……そう。私は瑞希君を羨み、嫉妬した。でも、憎くはなかった。……これで良かったのかもって。菜々子には幸せになって欲しい。だから応援する事にしたの。見守ろうって。でも……』

『最近、ケンカばっかしてたしな。んで、菜々子を幸せに出来ないんだったらって事で別れさせようとしたワケだ? ……でも、だとしたらなんで俺らを仲直りさせようとしたの?』


 俺の質問に香奈は少し震えながら答えた。


『……彩ちゃん』

『……彩?』

『彩ちゃんにミルクをあげたの。姉に……妊娠してた姉にあげようとした哺乳瓶で。その時、生まれるはずだった姉の赤ちゃんにしてあげられなかった事を彩ちゃんにしてあげようって決めたの。彩ちゃんにも幸せになってもらいたいって。それには瑞希君が必要だって……』


 香奈は目に涙を溜めながら言葉を絞りだしているようだった。次の瞬間、テーブルに落としていた視線をまっすぐに俺に向けた。


『本当にごめんなさい!』

『え、なんで謝んの?』

『な、なんでって・・・』

『だって、菜々子に幸せになって欲しいからやった事でしょ? 過ぎた事だよ。仲直りさせてくれたし』

『それだって私が――』

『んー、問題なし』


 香奈が行った行為は決して正しいとは思わないが、その行為に達した原因は菜々子に対する愛情からだ。別に咎める理由がない。俺だって菜々子は幸せにしたい。俺と香奈は同じ想いだったって事だ。


『……だそうだよ、香奈ちゃん。いいじゃん。俺が言うのもなんだけど、これからも蓮見一家を見守ってやってよ』


 確かにお前が言うのもなんだな隼人。


『……でも、菜々子は私の事、許してくれないよ……』

『確かに、結構怒ってるからなぁ。でも、怒ってる理由はわかった』

『あんな事したんだもん。許してなんて言えないよ』


 ……ん? あんな事?


『香奈ちゃん、もしかして菜々子が怒ってる理由わかってないの?』

『……理由って……別れさせようとしたから』

『違うよ』


 どうやら香奈は勘違いをしているようだ。


『よし、この間仲直りさせてもらったお返しだ。ちょっと待ってて』


 俺は菜々子達を仲直りさせる為、行動を開始した。

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