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24.オムツ替え

 リビングにその臭いが漂ったのは、彩とぬいぐるみで戯れている時だった。


 ……ん?


 その臭いは脳神経を刺激し、すぐさまあるものを連想させた。

 誰しもが見たことがある物、且つ嗅いだ事のある臭い。人間として、もとい、動物として生きている以上、避けては通れない生理的欲求が生産する物質とその臭い。


 うん○である。


 人は便意を催すと、便所に赴き排便行為をする。言うまでもなく、その場で行うと大変な事になるからだ。なので、この臭いを嗅ぐ場所は大抵が便所である。リビングなどという家庭にとっての神聖な場で嗅ぐわけがない。 はて? 気のせいか? ……いや臭う…………まさか?!


 咄嗟に後ろに振り向く。そこには何事もないかのように真剣な表情で菜々子と香奈が話をしている。つい先ほど、突然香奈が訪ねてきて、大事な話があると言うので上がってもらったのだ。


 違うか? ……いや、しらばっくれてるという可能性もあるな……どっちが犯人だ? 香奈はまさかしないだろう……てことは……。


 俺が屁をこいた犯人探しに推理を展開していると、菜々子がこちらに視線を移し叫んだ。


『ちょっと、瑞希っ!』

『な、なんだよ?! お、俺じゃねえぞ、他人のせいにしようったってそうは――』

『は? 何言ってんの? 彩、見てあげてよ』

『――へっ?』


 彩ぁ?


 菜々子に言われ視線を落とすと、彩が赤い顔をして体を震わせていた。


『あれ? お前、どったの?』

『どったのじゃないでしょ!? うん○してんのよ!』

『へっ?』


 灯台もと暗し。犯人は被害者にとってとても身近な人物だったりする。




 ……さて、どうしたもんかな?


 俺は右手に紙オムツ、左手にお尻拭きを持ち、仰向けに寝転がる彩を前に立ち尽くしていた。いや、座っているから「座り尽くしていた」の間違いか……。

 実のところ、俺は彩のオムツを替えた事がない。産まれる前は、率先して替えようと思ってはいたが、初めてのオムツ替えの際、その臭いにやられた俺は、菜々子にバトンタッチし、それ以来オムツ替えから逃げていた。生まれたての赤ちゃんのうん○は臭わないと育児雑誌に書いてあったが、アレは嘘だ。他はどうか知らんが、彩はソレに当てはまらなかった。

 菜々子にどうしても無理だと頼み込み、今まで事なきを得ていたのだが、今回はそうはいかなかった。


『これから出産に挑もうという妊婦さんが、赤ちゃんのオムツ替え一つ出来ないなんて、ダメじゃん』


 数日前に菜々子に言われた言葉だ。

 産む決意も固まっていない人間に言っても全く無駄に思える発言だが、最後の「ダメじゃん」が効いた。

 「まるでダメ人間」を見るような蔑んだ目を向ける菜々子の表情も決定的だった。


『やったろうじゃねえか!』




 そして現在に至る。

 菜々子は、今香奈と大事な話をしているからという別段問題でなかろう言い訳を口にし、俺に指令を出した。

 オムツ替えてみたら、と。


 後ろを振り返ると菜々子達は話を続けている。と思ったら、菜々子は視線をこちらに移し、顎で早くやれと指示してきた。


 わーったよ、やりゃいいんだろ、やりゃ?


 意を決して彩の服を脱がしにかかる。ロンパースのボタンを一つ一つ丁寧に外すと、心なしか臭いが2割増したような気がした。

 オムツが露になった下半身。ここで一呼吸置く。


『早くやれ』


 後ろから鬼の声が聞こえるが気にしない。


 愚か者が。焦ってやる仕事程、失敗するのだよ。



 頭が痛い。

 俺の心の声が鬼に聞こえてしまったようだ。

 無防備の頭にゲンコツすんじゃねえよ


『なんか言ったぁ?』

『いえ、何も。お話続けて下さい』

『よろしい』


 エスパーな菜々子の視線を背に感じながらオムツに手をかける。

 湿度120%なオムツ内部は茶色い固体とも液体ともつかない物体で賑わっていた。

 下痢である。さっきのいきみは何だったんだい。と、思ってよく見ると少し大きめの固形物がふんぞり返っている。いきなり上級者向けのオムツ替えになってしまった。指にちょっと付いちゃったし。てゆーか、無理。菜々子に助けてもらおう。


『うわっ、こりゃ無理だよ。菜々――』

『はぁ!? 何それ、どういう事!?』

『――へっ?』


 振り向くと菜々子が香奈を睨み付けている。香奈は俯いて涙ぐんでいるようだ。


『え? 何? どうし――』


 次の瞬間インターホンがリビングに鳴り響いた。


『なんだよ、こんな時に!?』


 原因不明の修羅場な二人を尻目に、インターフォンのモニターを覗く。そこにはいつも通りインテリメガネを装着し、スーツに身を固めた隼人が薄気味悪い笑顔を浮かべ立っている。


『隼人?』


 とりあえず受話器を取る。


(あ、隼人ですけど――)

『見りゃあわかる』

(なんだ瑞希か)モニターの隼人が軽く落胆の表情を浮かべる。『お前は一体誰の家を訪問したんだ?』

(冗談だよ。それより今大丈夫か? ちょっと話があるんだが……)

『え? えーっと……』


 後ろにダイニングテーブルにいる二人に意識を伸ばす。


『誰!?』


 不機嫌な声が疑問符を投げ掛けてくる。


『えっ? いや、隼人なんだけど……』

『なに?』

『わからん』

『……』無言で顎を軽く突き出す菜々子。


 ああ。聞けって事か


『なんかあったか?』再度受話器の向こうの隼人に聞く。

(いや、この間の石の欠片を調べた結果が出たから報告に来たんだ。なんだ? 今マズイのか?)

『暫し待たれよ』


『妊婦石の欠片を調査した結果が出たんだって……』振り向き菜々子に報告する。

 軽く考えるような素振りを見せ、首を縦に振る菜々子。


 菜々子の意思を確認し、エントランスの自動ドアを開くボタンを押す。


『入りなさい』

(ん? ああ……なんで命令口調?)


 モニターの隼人は戸惑いながら自動ドアに向かった。


 なんで俺、伝言係みたいな事してんだ? てか、その前に隼人はタイミング悪すぎなんだよ! そうだ、アイツが悪い。


 着いたら文句を言ってやると心に決め、彩のところに戻った時、名案が浮かんだ。


 あ、そっか。そうしよう! アイツ、タイミング良いなぁ


 心で前言撤回をしていると玄関のインターフォンが鳴った。すかさず廊下を走り隼人を出迎えに行く。


『悪いな、こんな時間に。なんかあったか? ……ん?』ドアを開けると隼人が少し不安気な顔で入りながら声をかけてきた。


 そんな隼人に、俺は人差し指を向けながら答えた。

『なんの問題もないぞ! というより、よく来てくれた。さあ、上がりなさい!』

『また命令口調? というかなんだ、その指は? なんか付いて――ん? なんか臭うぞ?』

『さあ、上がりなさい!!』


 俺は、訝しむ隼人を笑顔でリビングの彩の元へ連れていった。

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