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15.ボロが出る

 女の身体になっての初出勤。

 朝礼は河西部長の余計な計らいで散々だったが、仕事は特に問題なく進める事ができた。人に仕事を教えるのは一苦労だが、これはこれでやりがいはあった。

 今までは、自分の仕事は自分で片付けるをモットーとしてきた俺は、人に手伝ってもらう事は疎か、作業を後輩に教えるなんてしてこなかった。自分でやったほうが早いし、正確だとも思っていたし、何より面倒臭かったからだ。だが、今回は話は別だ。

 自分で外回りは出来ないとお願いした手前、人に仕事を引き継ぐ事は避けられない課題だ。また、初めは見るからに合コンの事しか頭になさそうでやる気の見えない安藤に引き継ぐ事になり、不安は頂点に達していたが、良い意味で予想を裏切る程の真面目さで説明に耳を傾けてきた。

 他人に教える事で、自身が行ってきた仕事上での反省点も見えてきて、コレはコレで逆に学ばせてもらった。様々な改善点を思い浮かべながらの引継ぎは中々進みは悪かったが、かなり実のあるものとなった。今は瑞穂となってしまった俺が、あっちこっちから資料を取り出して説明するのを見て、引き継がれている安藤はもとより、周りの同僚も驚きの声をあげていたが……。元々自分のデスクとはいえ、今は別人として使うからには、もう少し慎重にならなくてはと思った。


 昼のチャイムが仕事の進行を止めた。待ってましたと言わんばかりに席を立つ社員達。


『僕、外に食べに行きますけど、一緒にどうですか? それともお弁当持ってきてます?』安藤がランチを誘ってきた。


 いつもなら隣のビルにあるコンビニでカップラーメンとおにぎりを買ってきてデスクで食べている。「蓮見瑞希」ならばその行為も許されるが、今の俺は「蓮見瑞穂」という女性キャラ。さすがにデスクでカップラーメンはまずいかと思ったが、今日は菜々子にお弁当を作ってもらい持参していた。営業という仕事柄お得意さんとの外食が多い為、日ごろからお弁当を作ると言ってくれていた菜々子の好意をいつもは断っていたのが、今日に限っては菜々子曰く「瑞希の門出の日だから」とのワケのわからない理由で用意してくれていたのだ。


『すみません、お弁当なんです。誘って下さって有難うございます』

『あ、やっぱりそうですか?じゃあまた今度行きましょう』


 敬語じゃなくていいっすよ、と安藤。午前の仕事中から幾度となく出てきた言葉だ。確かに俺は彼の先輩だし、「蓮見瑞穂」も年齢的にも営業キャリア的にも安藤より上なのだから、あえて敬語でなくともよいと思う。だが秘かに俺は、社内においてはいかなる場合も敬語で貫く事を心に決めていた。なぜなら、タメ語で話すとボロが出そうだからだ。

 俺は通常タメ語の時の一人称は「俺」で通している。タメ語は危険な一人称を零しかねない。充分に注意を払い発言すれば良いのだが、万が一ということもある。女性であるはずの「瑞穂」が「俺」はさすがにマズイだろう。たまにそういう女性もいなくはないが、大手企業で敏腕営業ウーマンだった女性が、得意先以外では「俺」で通しているのは明らかに不自然。


 しかし、いざコイツに敬語使うとなると、なんか変な感じがするな。


 そんな事を考えながら外食に向かう安藤に手を振っていると、背後から呼ぶ声がした。


『あの〜、蓮見さん?』

『ん?』振り向くと、同僚の女子社員が三人、並んで立っていた。


 色白で温室育ちが身体から滲み出ているおっとり世間知らずの駿河明日香。

 胸まで伸びた艶のある髪を指先で弄りながら携帯を操作している今年の新入社員、蒼井渚。小中高と生徒会長、前世も絶対に生徒会長だと噂のある、島谷真澄。


 ゲッ、島谷。なんだ?


 俺は、この島谷真澄が苦手だった。

 年齢は知らないが、俺にとっては先輩に当たる人物。それをいい事に昔から何かにつけて文句を言ってきたり、仕事やコピーを押し付けられたりしていた。今でもたまに被害に会う。


『な、なんですか? 島谷さん』

『えっ!? もう私の名前覚えてるんですか? すごいですね!』

『へっ? え、ええ、まあ』


 しまった!


『さすが、T社のエース』

『い、いえ、そんな、あははっ』


 話デカくなってねぇか?


 しかし、まだ紹介も受けてない人間の名前を入社一日目で覚えているのは確かにおかしい。島谷は勘違いしているが、今の俺は彼らにとって初対面なのだ。気をつけねば。勘ぐられてはマズイ。笑い者ではすまない。


 ついさっき、女子トイレで用足してきたばかりだ。ここでバレたら変質者扱いだぞ。


『あの〜?』想像上の同僚達の白い目に畏怖の念を抱いている俺に、島谷が声をかけた。

『はっ、はい!』

『大丈夫ですか? 気分でも悪いんですか?』

『い、いえ、大丈夫です。えっと……?』我に返った俺は、視線で用件を促した。

『ああ。あの、蓮見さんはお昼どうされるのかなって。もしお弁当でしたら、一緒にどうですか?』

『あ、ああ。えーっと……』


 マズいな。


 この三人は、いつも昼になると会議室で弁当を食べている。どんな会話をしながら食べているのかは知らないが、どうせ○○課の××さんが△△さんと付き合ってるだとか、特別大事な話でもないのだろう。今日は、いきなり現れた「蓮見瑞穂」なる人物をメシの肴にでもしようといったところか。

 ボロを出す可能性を考えると、あまりご一緒したくないのが今の心境だが、せっかくの誘いを無下に断るのも今後の職場環境を考えるとマズイ。かといって、今回一緒に食べてしまうと、今後も「お弁当四人組」になる可能性も充分にある。

 これから会社内でボロを出さずに済ますには、可能な限り同僚との接触はさけたいが――


『……あの〜?』

『あっ、は、はい、是非ご一緒させて下さい』

『良かった。向こうに会議室があるんですけど、いつもそこで食べてるんです。行きましょう』

『はい』


 ――仕方がない。


 女になってしまった時は、すぐに戻れるだろうと思っていたが、実際はいつ戻れるかわからないのだ。甘い夢を見て、現実から逃げ出すより、今は現状を受け入れて、如何に周りと上手くやっていくかを考えよう。ボロは絶対出さないように打ち解けていけばいい。そう決意を固めた俺は菜々子特製の弁当を抱きながら、島谷達の後をついて行った――――


『蓮見さんて、弟さんに良く似ていらっしゃいますね?』

『えっ、あ、そうですかっ?!』


 ――――この上なくビクつきながら。

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