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14.蓮見瑞穂

 我が職場では毎日、社内朝礼が行われる。社内朝礼といっても、各部署ごとに行うミーティングのようなもので、各グループが昨日までの業務及び進捗と、本日の業務予定を報告し合い、最後に日替りで一名、プライベートで最近あった出来事などを発表する。


 今日もこの時間がきましたね……。


 俺は、この『一人一言』が大の苦手だ。人前に立って何かを発表する事がダメなのだ。会議等での資料説明や意見等の発言、また、客先でプレゼンしたりするのは問題ない。内容的に自信もあるし、何より仕事だからだ。だが、この朝礼での一人一言は別である。何を話せばいいかわからない。発言するからには皆が聞いて良かったと思えるような内容でなければならない。そうでなくては、この一人一言は単なる自己満足的余興で終わってしまう。

 ここは会社だ。これも仕事なのだ。であるならば、この発言も皆の仕事への意欲を引き出し、作業効率を向上させ、最終的には業績に結び付くような内容でなければならないはずだ。

 しかし、俺のプライベートなんてものは、そんな芸当が出来るような内容ではない。というより、プライベートな発言で、そんな事出来るヤツなぞいないだろう。なのであれば、こんなコーナーなんていらないんじゃないのか? 時間も勿体ない。そんな事を昔部長に言ってみたが却下された。多分部長はあのコーナーが好きなのだ。

 朝礼についての不平不満が頭の中に充満していく。だが、突然発生した睡魔がそれをとてつもない勢いで掻き消していく。女の姿での出勤初日というプレッシャーにより充分な睡眠を取れなかった。込み上げる欠伸を我慢していると、涙で濡れた目に見覚えのある人物が映った。


 あ、安藤……。


 安藤はずっとこっちを観察していたようだ。目が合うと気まずそうに視線を逸らしたが、すぐにまた、こちらを見ては視線を逸らすという行為を繰り返している。口元は少し引きつっている。


 完全に俺の事、痴女だと思っとるな。 悪阻による吐き気で焦っていた状態だった為、いつものノリで男性用トイレに入ってしまった。よく考えれば、今の俺は女の姿なのだから女性用に入らなければならなかった。


 こんな女の姿をしていて男性用トイレをうろうろしてれば痴女だと思われても仕方がないか……。でも、俺は元々男なのだから、やはり女性用トイレは気が引けるよな。これからどーすっかなぁ?


 色々な事に思いを巡らせているうちに朝礼は一人一言のコーナーを残すのみとなっていた。今日は誰の番だったか忘れたが、俺の番でない事は確かだ。先週やったから当分回ってこないはず。


『――それではぁ、今日の一人一言は西野君だったかなぁ……あ、忘れてたぁ……蓮見さん、ちょっとちょっとぉ』


『……は、はい?』


 司会進行役の河西部長が呼んでいる。

 …………ま、まさか……だろ? ……いや、やっぱりそうか……。


 河西部長はこの朝礼の場で俺を紹介する気なのだ。女になってしまったこの俺を。河西部長と社長にカミングアウトしてすっかり安心感に浸ってしまっていた。当たり前の事だが、同僚にだって説明は必要なのだ。先週まで一緒に仕事をしていた男が、今週来たら女の姿で会社にいるのだから。説明しなければ誤解を招くだけだ。まあ、説明したところで納得するとは思えないし、どちらにしても見世物になるのだろうが、遅かれ早かれ通らなければならない道である事に変わりはないのに、すっかり忘れてしまっていたのだ。


『蓮見さぁん、早くぅ』


 まずい。こんなの、一人一言よりキツイじゃないか……。だが……し、仕方がない!


 俺は意を決して河西部長のもとへ向かった。睡魔は完全に吹き飛んでいた。


 『……はぁい、皆さん聞いてくださぁい。えー、こちらの方ですがぁ、皆さん、誰だと思いますかぁ?』


 なんつーフリだ! さっき『蓮見』って呼んでたじゃんか! うわぁ、皆ザワザワ言ってるよぉ。『あれ、蓮見さんじゃない?』とか言っちゃってるよぉ。そんなフリいらねえからさっさと説明してくれ!


 恥ずかしい。顔を上げていられない。頭に血が登り、耳が真っ赤になっていくのがわかる。

『この人はぁ――――』


 き、来たー!


『蓮見君のぉ――――』


 いやぁーー、やめてぇぇ!


『――――お姉さんの蓮見瑞穂さんと言いますぅ』


 のわぁぁぁぁ、――――へっ? お姉さん? 瑞穂?


『蓮見君は、突然ではありますがぁ、奥様のご実家の家業の手伝いの為、休職する事になりましたぁ。当分の間戻りませんので、戦力の穴埋めとして、蓮見瑞穂さんに我が社に来て頂きましたぁ。皆も知っての通り、蓮見君は我が営業部のエースでしたがぁ、お姉さんの瑞穂さんは、なんとあの大企業であるT社の営業部で活躍した方でありますぅ』


 ティ、T社って……業界トップの?


『一身上の都合によりT社を退職しておりましたところぉ、蓮見君の代わりに我が社に来て頂ける事となりましたぁ。ただ、瑞穂さんは現在妊娠しておりましてぇ、今年の終わりには出産の為休暇に入りますぅ。ですので、蓮見君の担当は、安藤君が引継ぎ、瑞穂さんは、そのサポートという形でやっていきますぅ。安藤君、よろしいですかぁ?』

『えっ? は、はい、イイっすけど、俺、蓮見先輩の営業先とか全くわからないですよ。』

『それは心配ないですよぉ。この瑞穂さんが、この土日で全て引き継いでいますぅ』

『『おおっ!』』


 皆がどよめいている。確かに俺の担当してた仕事がたった二日で一人の人間が全て引き継いだって言ったら誰だって驚くだろう。


『マジっすか?!』

『マジっすよぉ。ですので、安藤君は瑞穂さんのサポートでしっかり頑張って下さいねぇ? では、紹介はこの辺で、挨拶も兼ねて、蓮見瑞穂さんに一人一言をしてもらいましょうぉ』


 へっ? ……へぇぇぇっ!?


 思わず顔を上げると、河西部長は満足気な表情を浮かべていた。「どう? これ以上ない紹介だったでしょぉ?」とでも言いたげに微笑んでいる。よくよく考えると、強引な部分は否めないが、確かにうまい紹介をしてもらった。姉であれば、顔が同じなのも説明がつく。妊娠だっておかしな話ではなくなる。休職にしてもらったのも良かった。身体が戻れば復帰出来るし、姉の存在は退職扱いにすればいい。だが――。


 ……一人一言はないだろがぁ!


『さあ、蓮見さん』


 部長は微笑んでいる。西野君でいいじゃないか、と心で叫びながら、俺は蓮見瑞穂として初めての一人一言を行った。部長と西野君を軽く恨みつつ。

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