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11.祟り

 観恩寺。

 遠目からはとても古ぼけていて、檀家なんていないんじゃないかと思ってしまう程廃れて見えた寺だったが、近くで見ると敷地は広く建物の造りも立派なもんだ。

 正門に立つと左側に檀家用の駐車スペースがあり、右側には墓石が所狭しと並んでいる。その奥には納骨堂、中央には寺の本堂があり、玄関の奥は受付らしき場所があるようだ。ここからでは遠くて見えないが、坊主が二人受付に座り暇そうに談笑しタバコらしきものを吹かしている。


『あらあら、誰も見てないと思って……。ホントに坊主っつーやつらはだらしないな? あんな奴らにお経あげてもらっても、なんも嬉しくないだろ? ここに世話になる故人も可哀想なこった』


 俺は元々、寺とか坊主とかはそんなに好きじゃない。葬式だのの時だけ偉そうに出てきて、やれ塔婆はいくらだ、戒名はいくらだと、まるで金の亡者だ。


『まあ、何処もそんなもんじゃないか?』隼人がそう言いながら、中に入っていく。受付までくると坊主の一人が問いかけてきた。


『こんにちは。本日は法要ですか?』

『いえ、違います。外にある石についてご住職にお話を伺いたいのですが?』隼人が用件を伝えると、その坊主は怪訝そうな表情を浮かべたが、少々お待ちください、と席を立ち奧に入っていった。

 暫くすると先ほどの坊主が戻ってきた。


『どうぞ』


 俺達は坊主に促され奥の部屋に通された。中は10畳程の畳張りの部屋で、中央にはこれまた光をよく反射しそうなほど激しく禿げあがった頭の持ち主が胡坐をかいていた。年は70歳過ぎ位のこじんまりとした体格。このじいさんが住職らしい。いかにも偉ぶった袈裟を懸けている。


『おお、お暑い中よくおいでくださいましたなぁ。どうぞ、どうぞ』


 軽く会釈し促されるまま座ると、激禿住職はすぐに話をしだした。


『妊娠石について話をしたいと聞きましたが、アレが何か悪さでもしましたか?』


 にんぷいし? ああ、妊婦石か。「にんぷせき」と訓読みするのかと思っていた。


『いえ、この辺りではあの石に触ると子供を授かると大変噂になっていまして。私も……あっ、こっちが妻なんですが、なかなか子供ができず……』


 いつからお前の妻になったんだよ俺は……。


『ほほぅ、そうでしたか、そうでしたか。それでは、もう石にはお触りになられましたか?』

『まだです。その前にご住職にお話を聞いておこうと思いまして』

『何ですかな?』

『あの石はいつ頃からこちらにあるのですか?』

『10年位前になりますかな。地方の寺からこちらに移されましてな。その寺の住職が、こちらでは手に負えんと言うのでうちで引き取った、という事ですな』

『手に負えない? 手に負えないとはどういう事ですか? 触ると子供ができるという俗に言えば有難い石ですよね?』

『それは5年位前からですな。その前はひどいもんでした』

『ひどいとは?』

『……あまり口外はしておらんのですが、あの石に触るあなた方にも知る権利がありますな』住職はちらりと菜々子、そしておとなしく菜々子に抱かれた彩を見ると口を開いた。


『祟りですな』

『祟り!?』住職は軽く頷き、話を続けた。


『昔、ある村に一人の女性がやってきた。女性はお腹に子供を身籠っており、数ヶ月前に失踪したお腹の子の父親が、その村に住んでいると聞いてやってきたが、その男は既に別の女と契りを交わしていた』


 住職の話を聞いているうちに、何か嫌な予感がしてきた。


 『男は追ってきた女性を疎ましく思った。その頃村では子供が全く生まれず、ほとほと困り果て、あらゆる儀式や祈祷を行ったが、万策尽きかけていた。男は村の村長達に、偽りの文献を作り、「子宝国なる国在り。子を宿す女、人柱となれり。其の国、子宝を以て繁栄せり」と嘘をつき、追ってきた女性は不治の病であり、もう手の施しようがなく、どのみち子供も助からないから、彼女を人柱にしよう、と提案した』


 嫌な話だ。気分が悪い。


『村長は村人と共謀し、女性を誘い出した挙げ句に生き埋めにし、その上に墓石を建てた』

『……まさか、その墓石が妊婦石だと?』

『そういう伝説がある、という事ですな。その地方の寺の住職は、そのように言っておった。引き取った当時は、触った人間が病気になったり、事故死したりと騒ぎが絶えなかったが、供養を続けるうちになくなりましてな。今は触った女性に子供が宿るという噂までたつようになったと、そういうことですな』

『……村は……』菜々子が突然口を開いた。


『その村はどうなったんですか? 繁栄したんですか?』


 住職は菜々子の目を見つめ、静かに答えた。『相当昔の話らしく、これもあくまで伝え聞いた事ですがな……』


『村は全焼。村長を始め村人も多く亡くなった。発火原因はわからなかったそうですな』


 伝説。

 その時点で信憑性に欠けるが、今の話が仮に本当だとしたら、それだけの報いを受けるのは当然だろう。その女性が不憫で仕方がない。失踪した男の子を身籠り、男とお腹の子と三人の幸せな家庭を夢見、後を追いかけた。男の裏切りにあった時、彼女はどういう思いで死んでいったのか。


『あの石にそんな伝説があったとは知りませんでした』

『少し嫌な話だったかも知れませんな。あの石に触るのであれば、知っておいたほうがと思ったのでね。こんな話を聞いても、やはりあの石に触れなさるか?』住職は俺を見つめ聞いてきた。


『はい』


 お前が答えるなよ、隼人!


『そうですか、そうですか。前にも触る前に訪ねて来られた方々がいましたが、この話を聞かせると皆触るのを止めて帰りました。あなた方は勇気がおありですなぁ? はっはっはっ!』

『あの、もうひとつ質問があるのですが?』

『ん? 何ですかな?』

『あの石は男性にも効果がありますか? 子供がどうしても欲しい男が触ると、女性の身体になって妊娠してしまうなんて事は今まで――』

『あなたが妊娠したいのですかな?』

『あっ、いえ、違いますけど……』

『うーん、どうですかな? そのような事例は聞いたことはないですな』

『そうですよね。すみません。長居してしまい申し訳ございませんでした。有難うございました』


 俺達は住職に礼を言い部屋を出た。受付に戻ると、先ほどの坊主が、また暇そうにタバコを吹かしていた。


『ああ、お帰りですか?』

『はい、有難うございました』


 外へ出ると隼人が口を開いた。『収穫ナシだな』


 確かに石のルーツは聞けたが、俺が元に戻る方法は全く聞けなかった。


『元に戻れるのか、俺は?』

『帰る前に石を調べよう』


 俺達は「妊婦石」を調べる事にした。門を出て右に向かう。

『あった、コイツだ』


 数歩進んだ所に地蔵が並び端のほうに目線位の高さの石が仰々しく置かれている。墓石にしては変な形だ。大きな卵の形をしており綺麗な曲線を描いている。石に詳しいわけではないが、素人目から見ても自然に出来た石ではない事は解る。


『……おい、何してんだ?』


 カバンから何かを取り出し、石の前に屈み込んで隼人が何か始めた。


『ん? ちょっと……なっ』言葉の語尾を強烈なアクセントで修飾した瞬間、隼人の手元で何かが砕ける音が聞こえた。


『なっ?』

『これでよし。ん、どうした?』


 隼人は、ポケットから取り出したハンカチに何かを包み、持っていた金槌と彫刻に使うノミと一緒にカバンの中に押し込んだ。立ち上がりながらこちらを振り向く隼人の背後を確認する。妊婦石に異常は…………あった。石と地面との接点すれすれの部分が少し砕けている。


『おまっ……なにやってんだ?!』

『何って……知り合いに鑑定してもらうんだよ。何か特別な石かどうかをな』

『鑑定?』

『ああ。住職が言っていた石はコイツだろ? あと、菜々ちゃんの話からは、お前が女になってしまったのも、妊娠したのも、この石が原因である可能性が高いワケだ。だから調べに来たんだろ? 可能性があるならとことん調査しなきゃな。せっかく来たのに手ぶらで帰るのは全く価値的じゃない』


 そ、それはそうだが、お前・……。


『さっき激禿住職が言ってた話聞かなかったのか? こ、これは殺された女性の墓石だろ!? た、祟られるぞ!』

『大丈夫だって! さっきの話だって、あくまで伝説だって言っていただろ? それにあのじいさんがウソをついているのかもしれんだろ? ほら、車に戻るぞ?』涼しげにそう言うと隼人は駐車場に歩きだした。

 俺と菜々子は容赦なくと照りつける直射日光に目を細目ながら隼人のあとを追いかけた。

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