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第一章 フシギサークル 03

「ただ、あまりにつまらなくて」

 だから花折の答えに、俺の欲望を後押しするような言葉に、逆に俺は虚を突かれて目を丸くした。

 その位、柾木花折の理由は俺の予想外だった。

 今まで読み続けた本の中にも、その回答はまだ無かった筈だ。人が泣くのは恋人か自分が不治の病にかかっているのを知ってしまった時か、失恋した時か、いじめられた時か、複雑な家庭の問題があるか、その当たりから派生するバリエーションぐらいでしかないのだと解釈していた。

 つまらない、は俺の中で涙とは繋がらない。情報収集を至上の命題とする俺の中で、それは重大な思考負荷を生み出した。答えが出ない問いに対して回答を出そうと、俺の思考領域ソフトウェア内は何度も何度も躍起になって走査される。ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ、ループ…………駄目だ!

 半強制的に答えを求めて狂ったように駆け回る思考回路の一部を停止し、俺は答えを自分の脳内ではなく体外に求めた。すなわち柾木花折本人に。

「つまらない……と柾木花折は泣くのか?」

 俺の口が困惑に染まる声を絞り出す。嵐のように渦巻く思考ループを解消するために。「なあそんなにつまらないなら、丁度良い、お前を殺してもいいか?」なんて本能丸出しの馬鹿な台詞を吐かなかっただけ褒めて欲しい。

 よく僕のフルネームなんて知ってるね、と柾木花折ははにかむように微笑んだ。

「うん、柾木花折はつまらなくて泣いていたんだ」

 答えだけを書いてはいけない。数学の時間に途中式をすっ飛ばして答えだけを黒板に書いた俺に向かって、教師が諭した有難い言葉だ。

 間違えていた時に部分点をあげられないだろうと窘めてきた教師に、人間は答えを出し間違えても褒賞を与えるのかと驚愕したものだが、今ならばその気持ちが少しだけ分かる。

「まったく理解できない」

 正直な感想を告げる。柾木花折は全く動じない。

「まったくわからないほうがいいよ。加賀未散くん」

「!」

 フルネームで返されたことに些か驚きつつも、俺が後ろの席にいるならばそれもありかと納得する。むしろ顔を見るまで前の席の生徒の情報を引き出せない、こちらの方がクラスメイトとしては難有りだろう。

「加賀君は、部活?こんな時間に」

「未散でいい」

「じゃあ未散……って人の名前を呼び捨ては小学校以来だからなんか恥ずかしいね。あっ、どうせだったら僕のことも花折って呼んで」

 さりげなく話題を逸らされた。屈託無く笑う花折は教室でクラスメイトと談笑する時ともう変わらない。あんな風に泣いているなどと、誰が想像できるだろう。

「俺は図書委員なんだ。今日は当番だったから」

 ついでにと借りて来た細雪の上巻を振って見せると、花折は納得したように頷いた。

「なるほど、細雪か。未散には合わないね」

「そっちかよ」

「だって体育会系っぽいじゃん。未散背も高いし」

 花折は立ち上がると大きく伸びをした。思ったよりも高低差は縮まらず、花折は頭一つ分は俺よりも小さい。

「こうしていても何も変わらないし、もう帰るよ」

「誰か待ってたのか?」

「いや………………うん、待ってたんだ」    

 歯切れ悪そうに、だが肯定する花折。

 天井から腰の高さまである大きな窓は、こんな時間になっても相変わらず晴れすぎの青い空を大きく切り取って、丁度その中央に頼り無く立つ花折は高い空を飛んでいるようにも、深い海に溺れているようにも見えた。

 暫しの沈黙の後、僅かに口を開き、秘密を打ち明けるときの声音で花折は囁いた。

「……ねえ未散、“放課後の錬金術師”って知ってる?」

「あ?放課後って言ったら魔術師だろ」

「それは名探偵の孫が居る高校での話でしょ。この明洛西高では錬金術師なんだよ」

 花折はシャツの胸ポケットから畳まれた紙を取り出して俺に差し出した。ついぞ見ないアナログな紙片メディアに驚きつつも、俺は広げてそこに書かれたものを見て、

そして、思わず顔を顰めた。同時に両の手が戦慄く。


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