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第二章 カミカクシスパイラル 04

 とは言ったものの、俺は部室から飛び出してヒントを求めて駆けずり回ったわけではない。暴力の嵐のなか唯一無傷だった自分の鞄から、学習用端末を取り出す。

 そう、事件は会議室の中で起きているのではなく現場で起きているのだとしても、この二〇五五年に宇宙人の俺がまず頼るべきはインターネットだ。学校に設置されているアクセスポイントを経由して学内ネットワークから通常のインターネット回線へと繋ぐ。そこからならば、我々・comへ接続することができる。

 ログイン画面を表示させると液晶に付随した指紋センサーを利用して認証を行う。ノートサイズの液晶に、前回と同様これでもかというほど赤いポップアップが浮かび上がる。邪魔だ、と俺は液晶を割らんばかりの荒さでその泡を叩き落していった。

「ん……?」

 やっと下に隠れていたトップ画面が見え始めた。だがそこに至るまでに俺は疑問を感じてその手を停止させる。警告(アラート)の中に、俺がもっとも懸念しているものが抜けていた。

「花折に関する警告(アラート)が無い……?」

 おかしい。あのオーロラの夜に花折は削除容認対象に認定されたはずだ。そして俺は確かに花折の横で母艦からの解析光を受けていた。それ即ち削除容認対象を作り出した事に俺が関わっていたということの紛れもない証拠だ。母艦の安定生存機構(マザーオブグリーン)がそれを見逃すはずが無い。必ず俺には経緯を確認するための報告義務が発生しているはずだった。

 何故だ?俺は慌てて自分宛に送られたメッセージや、我々に関する情報漏洩ニュースのカテゴリーを漁る。だが遡っても俺たちが起こした広域振動信号(オーロラ)に関するニュースは見つからない。

 あれが、事件として認識されていない?そんな馬鹿な。あれだけの現象を起こして?

 俺は信じられない思いで削除容認対象の一覧を開いた。当然花折は載っているだろうと思い、一度として確認していなかったのだ。そこには我々の知りうる限りで、秘匿レベル10以上の情報を握る者――我々の正体を知ってしまった者や、我々の痕跡を見つけた者が詳細な情報と共に手配書として貼り出されている。そしてここに載っている地球人は記憶消去を任務とする我々に迅速に処理されるのだ。殆ど起こった事は無いが、当初俺が目論んだように任務外の者が殺すことも規程上は許されるている。そんな地球人達のリスト。

 だが在ろう事か、そこに征木花折の手配書は無かった。 

 俺は混乱してリストを何度も確かめる。だが見つからない。

「まさか――ここの情報まで消えたのか?」

 大気圏すら越えた先の、母艦の安定生存機構(マザーオブグリーン)に格納された情報まで?

 まさか……これは本当に神隠しなのか?

 俺は呆然として端末を取り落とした。

 嫌な音を立てて、液晶が罅割れた。


 珍しくその日の図書室は閑散としていて、珠洲さんと俺はぼんやりと読みかけの本を片手にカウンターに座っていた。

「――っていう話をどっかで見たんですけど、どう思います?」

 俺はポカリと言うより最早只の水という位まで薄めた今回の事件を、掻い摘んで珠洲さんに話した。珠洲さんは最初は熱心に俺の話を聞いていたけど、途中から飽きたのか手元の本に目を落とす始末だ。俺の話下手さが申し訳ない。

「……加賀君ってさ、結構推理物とか読む?」

 てっきりもう本の世界にダイブしているだろうと思っていた珠洲さんは、俺の話が終わると同時につまらなそうに問い掛けた。

「?はあ……まあ読んでますね」

 正しく言えば無作為で無差別に手当たり次第どんなジャンルも読んでいるのだが。

「あーやっぱり。じゃあさ、海外の映画とか見たりする?」

「いや、映画はあんまり」

 映像も情報といえば情報だが、本と違ってその視聴時間がそのまま効率に響く俺の任務上、殆ど視聴していない。

「そっか。あのさ、超常現象オチってわかる?」

「いえ」

 珠洲さんの本を捲るスピードは、俺と話していても変わらない。

「海外の、サスペンスで多分に見かけることもあるんだけどね。まあ煽るだけ煽って要はトリックなんて無かったーってパターン」 

「はあ」

「すっごい不可思議なことも怖いことも、幽霊とか超能力のせいだったら何となく解決するじゃない?解決って言うか帰結できるだけなんだけどさ」

 欠伸をかみ殺しながら近くにあった団扇で自身を扇ぐ。

「どこで見たのか知らないけど、それもそういう類だと思うよ。加賀君は真正面からトリックを推理しようとしてる節がある」

 図星だった。言われて見れば俺はさっきからなぜよりもどうやってばかりを考えている。

「知ってる知識をぜーんぶ引っ繰り返して、当てはまる何かがあったら、多分それが正解ってくらいのものだと思うよ」

「持ってる情報を……」

 俺の脳内で散らばった断片的な情報(パズルピース)が広げられる。

 征木花折。あの日見た広域振動信号(オーロラ)。消えた情報。削除容認対象。二度起きた神隠し。解析光。消えたハルカ。載っていない手配書。僅かな記憶だけ残した高岡教員。

 神隠しは二度起きた。確かに起きた。

 だがそれは、全く同じ現象だったのか?

 同じだと俺が思い込んでいるだけなのではないか?

 消えたのか、そもそも載っていなかったのか。

「あああぁぁぁぁぁ!!」

 自分のひらめきに突き動かされるように俺は立ち上がる。やっぱり珠洲さんはすごい。小学生のような見た目ながらも、大人っぽい仕草で団扇を扇ぐのも何だか様になって見えてくる。

「ありがとうございます!何か掴めた気がします!」

「そう?それを解決しようと思ったら、こっちの手札にも相当に非日常的なカードが混ざり込んでないと無理な気がするんだけど……」

 その通りです。俺はしっかり握っていたんです。

 ジョーカーよりも汎用性のあるワイルドカードを。

「今日、早く上がっていいですか?」

「いいよー全然混みそうな気配もないしね」

 珠洲さんは読了した本を返却棚へと突っ込みながら、走り去る俺に手を振った。 


 カーテンを閉め切った花折の家は、数日前に訪れたときと何ら変わりなど無い筈なのに、通夜のような重苦しさが立ち込めていた。夕焼けに染まる壁が、まるで血をぶち撒けたように不吉さを放って見える。

 俺は遠慮なく門を開けて家のドアの前に立つ。ノブを握ると、鍵は開いていた。小さな声で「おじゃまします」と吐き出すと俺は家へと上がりこんだ。

照明のついていない部屋で、花折の母親は一人、呆然とソファに座り込んでいた。視線は定まらず、只中空を見上げる瞳は洞穴のように広がるばかりだ。

「あんた……」

「私の子が……また居なくなった」

 彼女は視線を宙に漂わせたまま、口だけを陸に打ち上げられた魚のように動かす。

「私の子……可愛い子……」

「花折の事を覚えているのか!?」

 俺は彼女に駆け寄ると強く肩を揺する。だが彼女は俺に視線を合わせる事無く、壊れた人形のように同じことを呟き続ける。白樺の枝のように華奢な手が弱弱しく胸元から銀の鎖を引き出して、そこに確固たる何かがあるかのように、先に付いたペンダントトップの形をなぞった。俺はその飾りに目が釘付けになる。

「……やっぱり……!」

彼女は空虚な瞳で俺を見返した。

「なあに?」

「……それ」

 疑いが確信に変わる。彼女の胸元にひっそりと掲げられた、その銀のネックレスが物語っていた。

「信じらんねえが……あんた」

 そこで俺は大声と共に胸に掌を水平に当てた。

「我々は!」

「「××××人ダ!!」」

 言葉が二重に重なって部屋に響いた。おおよそ人間が出せない音を口から出したのは、俺と――花折の母親。彼女も立ち上がりぴしりと伸ばした手刀を胸元に当てるポーズを取っている。戦場で同士討ちを避けるためにまず最初に叩き込まれる、我々同士の暗号振動音(サイン)

「――あぁ、やっと気付いた?」

 彼女は少女のような顔を歪めて、掲げた手をそっと下ろした。その目には、先ほどまでの虚ろは消え、懐かしいとさえ感じるほどにぎらぎらとした輝きだけが、粘度の高い油のように煌いていた。

「旧名やSNSでの登録名は言わなくていいわ。私も教える気なんてないから。今は、征木葉切として生きているの」

 さらりと彼女は吐き捨てて、顔に掛かった髪を手で払い、机の下で足を組んだ。がらりと変化した彼女の態度に、俺は“息子の友達”の役を演じ続ける必要もなくなり、開き直って向かいの席に突くと机に腕を突く。

「驚いた。降下してから直に我々としゃべるのは初めてだ」

「あら、この町は全国でも有数の我々の棲息地よ。貴方相当無関心で無感動な生活を送っているようね」

 その通りです。俺は大いに肯定したかったが、その前に葉切は畳み掛けるように言葉を放った。

「今更何を聞きにきたの?」

 まるで全て終わってしまったかのような言い草。

「花折のことだよ」

「よくもまあ……」 

 殺気。

 懐かしい、懐かしすぎる感情の矛先が俺に向けられている。意識せずに口角が吊り上がった。今思えば初めて家にお邪魔した日も、一度この目を向けられていた。

「ああ、なるほど。あんた昔はそこそこできたんだろうな。じゃあ旦那さんは?」

「……あの人は何も知らないただの人間よ」

 予想していなかった返答。だが驚きと同時に、何故か納得しかけている自分がいた。

「……じゃあ花折は?」

「あの子は……我々と地球人の、ハイブリッド第一号」 

 異星間交雑種。エイリアンハーフ。

「まじかよ……噂には聞いていたが本当に存在してたとはな……てっきり俺は地球降下後に生まれた純正の我々の一員だと思ってたよ」

 とは言ったものの、それにしてはあの小さな生き物が俺たちの仲間だとは到底思えていなかった。エイリアンハーフというその存在を知ってしまえば、半分だけが我々で出来ていると言われればしっくりくる。

しかしながら元の身体などとっくに捨て、偽の身体に精神、魂のみを持って降りた我々として、その心を半分受け継いだ存在が生きることも死ぬこともできずに右往左往していたあの少年だった事は多少ショックではあったが。

 だがこれで少なくとも、我々・comの削除容認一覧に征木花折の手配書が無かった事は納得した。手配書は神隠しによって消えていたのではなく、そもそも掲載さえもされていなかったのだ。

 だって、花折も半分は我々の一員なのだから。広域振動信号(オーロラ)を生み出したとしても問題無い。母船の走査光に花折は“仲間”として認識されていたのだ。

「地球に降下して三年で、地球人の生活観や倫理観との親和性の高さから、私は初のハイブリッド形成任務に我々の中から抜擢された。そして地球人の生態を学ぶ上で暮らしていたこの街で、出会った夫と結婚することを許されたの。そしてあの子をすぐに産んだ」

 花折母は胸に下げたネックレスをそっと撫でた。

「それから十七年間、花折を大事に大事に育ててきた。初めてのハイブリッドとして色々心配はあったけど、あの子は肉体的・精神的異常をきたす事無く元気に大きくなってくれた」

 彼女の細い指が弄ぶ、銀のチェーンの慎ましやかなデザインのそれは懐かしい、俺たちが捨て去ったはずの形。魂の揺りかご。宙へと還される墓標。

「あの子はなんにも知らないわ……やっとの思いで手に入れた平穏だった。あの子が生まれたときは本当に嬉しくて――だって先の戦いで私の子供達は全員戦死しているから」

 彼女の零れ落ちそうに大きな目が細められる。硝子玉のような、花折と良く似た光を放つ眼球。彼女本来の形質ではない、外殻(ハードウェア)がもつだけの遺伝因子。

「この星の地球人と子供を作って、我々の魂は静かに馴染み、薄まり、同化していく。それだけが私の望みだった……平穏に、安穏に、何の危険も無く」

 すとん、とまるで作りかけの模型に最後のパーツが嵌ったような感覚。

 花折の理論はこの母親に植え付けられたものだったのか。

 冷え冷えと生に向き合いただ生きていればいい。

死んでいなければいい。

 戦場から生き延びた者が行き着く、俺とは道を別った答え。

 その言葉を願いだというオブラートに包みこんで、花折に何度も飲み込ませたのだろう。それは花折の中で、毒となり、呪いとなり、無限の未来に咲くはずの蕾を腐らせた。

「私での実験は花折の誕生で無事終了したわ。今の我々の興味は、並行でしていたもう一つの実験はシフトしていった。……そっちはトラブっているみたいだけど、そのおかげで私達への注目も無くなった」

 彼女の瞳はもう硝子の透明さではなく氷の冷たさを潜ませ、俺を凍りつかせようとするかのようだ。 

「そのはずだったのに……!」

 葉切の鬼気迫る表情に、母性と狂気はミキシングして二つに分けても成分的に差異が無いのではないかとすら思えてくる。

「まだ、死んだわけじゃないんだろ?」

 俺の言葉に反応して、葉切はやっと俺を見る。

「でも……もう……どうしようもないじゃない……あの子の存在は、あいつ等に見つかってしまった……!」

 彼女はもたれかかっていた姿勢からいきなり跳ね起き、俺を椅子ごとフローリングへと押し倒した。床を叩く激しい音が鳴り響く。

「元気になって良かったってあの子笑って学校に行った!!そして帰ってこなかった!!おかしいわねって夜帰ってきた夫に言ったら、逆になんで夕飯を三膳用意してるんだって驚かれたの……私慌てて電話して……だけど携帯電話ももう使われてないって…………ああああぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁ!!」

 彼女は絶叫し火がついたように泣き出した。俺の胸をどんどんと叩く拳は、昔なら一撃で俺の胴に風穴を空ける事もできたはずだ。だが、今は自分の感情を吐露する手段として、小さな力を振るうことしか出来ない。

 それが、我々の選んだ選択。戦う力を棄てた時に、守る力も棄てている。

「あんたが!!あんたが花折と変な事をはじめるから!!危ないことを、意味の分からないことを、必要の無いことを始めたから!だからあの子は攫われてしまった!!あんたが……あんたが消えれば良かったのに……!!」

 ああ痛い。今ので十分胸に穴が空きそうだ。

 俺は抵抗する事無くその狂気を、凶器を受け入れる。

 伴侶が殺されようと、子供が殺されようと、親が殺されようと涙一つ流さずにその倍を殺そうとしていた我々は、何時の間にこんなに弱くなってしまったのだろう。

 何時の間に、こんなに優しくなってしまっただろう。

 そして何時の間に俺は、こんなに相手の感情がわかるようになってしまったのだろう。

 弱くなってしまったのだろう。

「……あんたにさ、頼みがあるんだ。あと聞きたい事も。決して悪い話じゃない。俺からしても保険て位なんだが」

 だからこそ俺は、もう一度強くならなければいけない。

「花折をさ、助けたいんだよ」

 彼女に、俺は空気さえ揺れないような静かな囁きでもって、秘密を伝える。

 そして目に涙を浮かべたままの葉切は、俺の言葉に肩を震わせながら小さく頷いた。

 案内された葉切の部屋は、さすが異星間交遊を許されているだけあって、完璧に地球人の女性の生活感を表現していた。小瓶の並ぶ白木の化粧台に、小花柄のカーテン。無駄に沢山ある衣装ケース。僅かに鼻を擽るローズマリーのアロマオイルの香り。

「すげー完成度だな」

「コンセプトはナチュラル系清純派主婦よ」

「そりゃあ……お似合いですね」

 淡々と返されて笑うに笑えない。

 別に彼女のお部屋訪問を目的としている訳ではない。俺は部屋の角に設置された象牙色の木製デスクへと歩み寄った。その上に設置されたピアノブラックの薄型パソコンは、淡い色調の部屋の中では余りに不釣合いに存在している。

「この部屋だったらオフホワイトのほうが似合うんじゃねーの?」

 俺が近づくとフォンと音を立ててPCがスリープ状態から回復した。葉切は椅子に座ると液晶に指を押し当ててロックを解除する。彼女が我々・comにログインすると、トップページに表示されたサムネイルは銀のペンダントトップ。葉切はフレンド登録されたユーザーの一つをクリックする。ニックネームはカオリ。まさかの実名登録だった。非難するような俺の視線を感じたのだろう、葉切は緩く首を振る。

「あの子が生まれたときに、事務的に割り当てられたIDよ、あの子はここにログインしたことすらないわ」

 確かに、サムネイルすら乗せていないカオリのプロフィールページは簡素の一言で、あのクラスのしおりを思い出させた。そのプロフィールページに斜めに走る、オレンジの大きな透かしスタンプ。

【一時凍結】

「これは?」

「犯行声明が母船に届いて、私に通知も無しで設定されたわ。それと同時に安定生存機構(マザーオブグリーン)が情報調整を行ってこの地域の記憶や記録の改竄を行った。だから、皆花折を忘れていったのよ」 

「犯行声明?」

「花折は……反順応派に攫われたの」

 彼女はメニューを細かくクリックして深い階層の情報を開いていく。未散がログインした際には表示すらされていないメニュー項目は、彼女のIDが高アクセス権限だという事を示していた。

「花折を産んで任務達成した後、私はサポート系の業務に就いたの。端末さえあれば家でもできるから」

 彼女が開いたのは、顔写真付きのリストだった。最上段がSでそこからAAA(トリプルエー)AA(ダブルエー)、A、B、C、D、Eと八段階で区切られている。

「私が管理しているのは、我々内部での危険人物リスト。危険度別にランク分けしてあって、入ってきた情報に即して随時ランクの見直しを行っているわ」

「あぁ……なるほど。だからアンタ見舞いの時あんなに俺を拒絶したのか」

 花折の見舞いに訪れた時、花折に関わるなと頑なに言い放った葉切。あれは勉強や受験なんてものが理由などではなかったのか。

「そうよ、招き入れてきちんと顔を見たときにやっと気付いた。不覚だったわ。何時も整理しているリストの一番上に載っている顔が目の前にあったっていうのにね――あの時は、殺されると思ったわ。本当に」 

 未だに俺の扱いはこんなものらしい、リストを眺めて俺は問うた。

「俺のランクは?」

「降下以来二十年間Sよ」

「まじかよ、俺何もしてねえのに」

 思わず苦笑が零れる。

「それだけ恐れられているのよ」

 確かに、Sランクの項目には俺の顔写真と名前だけがぽつんと一つだけ挙がっている。

「ナンバーワンでオンリーワンなのな」

「貴方以外は歯牙にもかけていないってことよ。我々のトップ層はね……そして今回犯行声明を出したのは危険度AAの反順応派グループ【インスティンクト】。名前通りの本能先導思想主義者の団体よ」

 名前ぐらいは聞いたことはある、何度も勧誘されていたグループだ。我々の本能のままに人類を制圧、撲滅させて星の主導権を獲得しようという過激派。そんなグループに花折が攫われたのか。

「……これが管理事務所に届けられたメッセージよ。大胆にもIDの偽装さえせずに送られてきたわ」

 葉切は転送されてきたというメッセージを開く。そこには、仰々しい文体で綴られる、我々への宣戦布告があった。

【拝啓 安穏と怠惰に過ごす同士共に告げる。二十年間も虐殺の本能を抑え脆弱な地球人と過ごしていることに我らは驚きを禁じえない。

 同士共はそんなに惰弱で日和見な種族だったか?各々が互いを監視することで、唯一の拠り所であるSNSとIDによって管理されていることで、その牙が、その爪が曇っているのだと思い込もうとしているのではないか?

 我等は降下以降ずっと臥薪嘗胆し同士共が自身の中の本能を認めるのを待っていた。その点では、我等も僅かに地球人の事なかれ主義に当てられていたのだろう。だがしかし、こうして二十年もたった今、そろそろ我等の自制心にも限界が訪れた。決定的な証跡が、我等の魂を呼び覚ました。同士共は、どれだけ自らを穢せば気が済むのか?

 我等は同士共と袂を別つ。手始めに、同士共の希望を砕こう。そうすれば我等の本気は伝わるだろう?同士共にも、連れない返事をする同志にも。

 では、殺意に彩られた本能を以って、合間見える時を楽しみにしている。 敬具       

                               インスティンクト】

 メッセージを読みながら、俺は肌が粟立つのを感じた。この感覚、最近届いたメッセージを開いたときと同じ。連れない返事をする同志――

 これは、俺へのラブコールだ。 

「……送信名は」

「ニックネームはナツ」

 やっぱりか。先日俺にメールを送ってきたユーザーに間違いなかった。

「今まで危険人物リストにも挙がっていなかったユーザーよ。任務も従順にこなしていたし。私も教官として彼の報告の評価を実際に行っていたから、最初信じられなかった。第一、ナツは今そんなことができる状態じゃないの。だから母船の安定生存機構マザーオブグリーンも動揺している」

 葉切は危険人物リストを再び開くと、新規《NEW》のアイコンが付いた新着プロフィールを呼び出す。俺はナツの情報を見て眉根を寄せた。

「こいつ……ステータスが“休眠”じゃねーか」

 活動エネルギーの枯渇による強制休眠。動けない状態で本来メッセージなど送れる訳が無い。

「そうなのよ、それが余計安定生存機構マザーオブグリーンの混乱を招いているの。一体何が起きているのか、まだ理解ができていないのよ」

 言い訳するような葉切の声を聞きながら俺はナツの情報プロフィールを読み込み、自分の持っている手札との奇妙な合致に気付いて目を見開いた。さらに視線を這わせ、開かれたままの危険人物リストの中の一つを急いで指差す。ランクはAA。IDの初期登録時に撮られた写真の大抵は外殻ハードウェアのコントロールに慣れておらず無表情だが、その写真に写る人物だけは整った顔に薄い微笑を刻んでいた。

「おい、こいつは?」

「インスティンクトのメンバーの一人よ」

 アップにされた画像を見て、俺は真に理解した。

 二回起きた神隠しの真相を。




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