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第一章 フシギサークル 18

 その日の夜、俺は久々に我々・comへとログインした。

 小さなポップアップが一つ【すみやかに接続機器をセットした上で収集した情報を送信してください】と表示されたがそのウィンドウをあっさりと閉じる。送信するほど本を読んでいないこともあったが、情報送信時に記憶までスキャンされたらという危惧もあった。そうすれば捨て去った我々の文字――遺棄言語を花折と二人して嗅ぎまわっている事までばれてしまうかもしれない。

 世界情勢のページをざっと眺めた後、殆ど変化が無いために全く見ていなかった新着情報に一行の記載があることに気付く。【メッセージが一通届いています】。嫌な予感しかしなかったがそのメッセージを俺は開く。内容は大方予想通りのものだった。

【送信者:ナツ】

【メッセージ:お久しぶりです。暑い中お元気で何よりです。

 貴方は我々の最後の希望です。この怠惰な生活に終止符を打つ救世主です。我々を導いてください。我々があるべき姿を知らしめてください。我々はいつでも貴方を迎え入れる準備は出来ています】

「またかよ……」

 俺はうんざりしながらメッセージをゴミ箱へと放り込む。これだから人気者は辛い、などと言ってしまえれば楽なのだが。

 この芝居がかった痛々しい文章は反順応派からの熱烈なラブコール。いやラブメールだ。反順応派とは、地球に降下して地球人との共存しようという方針を、本能を盾に否定する過激派グループを指している。

宇宙を暴れまわっていた時代の俺の勇往邁進する姿は、降下後にもまだその輝きを失っていないらしい。むしろ虚飾の末に今や彼らの中では崇拝の対象と化している節すらある。

そいつらがどこから俺の事を嗅ぎつけてくるのかはわからないが、去年の春頃から度々このナツというユーザーIDから打診が来ることがあった。

「お前等の思う俺はもういないんだっつーの」

 少し背が高いだけの一般的な、むしろ運動には向かない外殻ハードウェアに魂を捻じ込まれているということを彼等は知らないのだろうか。とっくに自分という危険分子は無力化され飼い慣らされているということに。

 我々は本能で戦うから確かに外殻ハードウェアの事さえ気にさえしなければ一度くらいは大暴れできるかもしれない。事実、俺もある条件をクリアすれば力の解放は可能だ。だが、昔のように星一つ灰燼と出来るような力は発揮できない。まず外殻ハードウェアがもたない。よくて街一つ壊滅させられる程度だろう。そしてその先にあるのは外殻ハードウェアの崩壊。個としての死。

「あほらし」

そんなちっせえ事の為に命を捨てられるか。

 我々の今の身体――地球に降下するにあたって用意した外殻ハードウェアは、バッテリー方式で溜めたエネルギーを消費しながら活動している。使い切れば外殻ハードウェアは活動限界を迎え、エネルギー蓄積の為に自身の存在を凍結させて一旦眠りに着く。個体差によるが数十年経てば必要なエネルギーは必要分蓄積され、冬眠から醒めた熊のように再び活動を再開することが出来るのだ。要はこの外殻ハードウェアを大事にメンテナンスしている限り、我々は死ぬことはない。

 俺はナツというユーザーを閲覧禁止リストに加えるとログアウトした。キャスター付きの椅子をベッドサイドまで滑らせてそのまま倒れこむ。

 死ぬことは怖くない。だが、もう昔のように全てと引き換えに暴虐の限りを尽くせるような、思考回路を焼き切るような本能の猛りは自分の中には無い。そんな心は矯正されてこの外殻ハードウェアの奥底に押し込められてしまった。今あるのは、残り火のような殺人欲求だけ。

 そんな中途半端な感情を抱いて死にたいとは思えなかった。生きることもそれと同じ温度感。

 花折の言葉と、水に溶けるような薄い微笑が脳裏を過ぎる。生と死はまるでイコールだと、ちょっと行ってすぐ戻ってこれる近さなのだと言うような。

 そんなことあるはず無いのに、そんなこと分かり切っているのに。その境界を曖昧に捕える花折の気持ちが、まるで今の自分の心に寄り添うように思えて、俺はそれを受け入れまいと首を振って布団に包まり俺は眠りについた。


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