第一章 フシギサークル 17
四時四十四分、本で囲いを作って隠すように置いた紙片には、やはり何の変化も起こる事は無かった。
「雰囲気だけだったら此処が一番それっぽかったんだけどなぁ……」
残念そうに花折は肩を下げた。たしかに天井までびっしりと敷き詰められた書物達。その重みを支える竜骨のようにしっかりとした硬い樫の本棚。僅かに覗く暖色系の漆喰塗りの壁。何か起こるのではという気配がこの場所には満ち満ちている。
「でもこれで大分絞れてきたじゃねえか」
慰めるように花折の肩を叩いた後、五時の閉館間際でごった返すカウンターに気付いて俺は慌てて立ち上がった。
「やべっ、今日一般開放の日じゃねーか!ちょっと手伝ってくるわ!」
週に一度の地域への図書室一般開放は、他学校の生徒から主婦からお年寄りまで、多様な利用者が訪れる。そのせいで駆け込みのカウンターの繁盛具合は他の日の比ではなく、この時間だけでも応援に来てくれる図書委員大歓迎!っといった具合だ。
「ヘルプ入ります!」
てんやわんやで貸し出しに当たっていた珠洲さんが、
「神だ!貸し出しカウンターの神が来た!」
と若干テンションの振り切れた歓声を上げながら俺に端末を押し付けるように渡す。
「一列に並んで!そこ、列を乱すんじゃねえ!!」
過去に一師団のお守りをやっていた俺だ。烏合の衆を一括して纏めるなど容易い。俺の怒号に圧倒され大人しく列を作り本を重ねて出す地域住民達。俺は掌を返したかのように彼らに当社比最高の愛想を振りまいて、テキパキと貸し出し作業を進める。
「それにしても上手だよねー」
やっと落ち着いた珠洲さんが、機械的過ぎるほどに的確に動く俺の手を見ながら感嘆の声を上げる。
「そうっすか?」
裏表紙に貼られたバーコードを赤い光でひたすら読み込みながら俺は首を傾げた。蔵書数の多さが災いしてIRタグも導入できず、今や町のスーパーでも見かけなくなったバーコードは確かに現代の若者には少々難儀な仕組みかもしれない。
「そうよーだって本も痛むから、古くなるとバーコードも削れたりして上手く読めないじゃない?でも加賀君ノーミスだもん」
そんなことか。っと俺は手を止めずに納得する。目も耳もなかった昔。腕とも呼べない触覚器官でしか情報を得られなかった昔の名残で、読み込むという動作は他の感覚より何倍も自然に行える。
「……ん、光で読み込む……?」
ふと、自分の手元を見ていて何かが引っ掛かった。
「加賀君次々!」
「あっ、すんません!」
だが、途切れることの無い列にすぐその思いは掻き消された。