第一章 フシギサークル 13
それから数日、意外にも花折はめげることなく放課後になる度、俺に声を掛けてきた。仲間が増えたことで変にモチベーションを上げてしまったのだろうか。
運動部員が汗を流しながらひしめく体育館。囮となった俺と高岡教員との、部屋を緊迫させるほどのガンの飛ばしあいの隙に未散がこっそり紙を広げて試した職員室。水で満たされた25メータープール。なかなかハードルの高い場所での試行を繰り返したが、放課後の錬金術師が現れることは無かった。俺としてはどの場所でも結果は見えていたのだけど。
だからといって俺が知っているのは所詮この魔法陣の正体だけだ。あの掲示板の書き込みが何の意味するのかは俺にも分かっていない。俺は花折が日々提示する推論に是と非とも言わないままに付き合いながら、気付けば自分なりの答えを出そうと思考し始めていた。
「まあ別に答えが出なくてもいいんだけどよ……」
「え?何か言った??」
「なんでもねえよ」
前を行く花折が振り返る。本日の俺たちはヒントを探して校内パトロール中だ。俺は前を軽快に進む小さな背中を見つめる。
不思議な気分だった。その真っ直ぐ伸びた背骨をへし折りたいとか、柔らかな髪に包まれた小さな頭を熟れたトマトのように潰したいとか、そんな衝動に襲われる回数が明らかに減っていた。あれほど焦がれ夢見ていた殺戮の瞬間も、霞がかった対岸の向こうを眺めるように希薄になった。机で頭をあんなに打ったから、俺の頭蓋の思考領域回路がずれてしまったのだろうか?
そして反比例するように湧き出した、この持て余し気味の感情。ここ数日水を得た植物のように花折が活き活きと笑い、自分の周りをちょこちょこと動き回っているのを見ていると、殺意は燃え上がるどころか沈静化し、あまつさえこのままの状況を維持したいという別の感情が発露する。
「……とはいってもこの手詰まり感は良くねえよな」
停滞は澱みを生み出す。花折を出口の無い迷路で彷徨わせ続けるのも宜しくない。自分の錯綜する思考などは一旦置いておいて、俺は自分のホームグラウンドとも言える場所へ向かおうと決意する。
「しょうがねえ、そろそろあそこに行くか」
「未散?」
「たまには考えるだけの日があってもいいだろ?今日は図書室に行くぞ」
影を作りそうな長さの睫毛を瞬かせた後、花折が笑った。
「やっと、未散が意見言ってくれたね」
嫌々付き合ってくれてるんじゃないかちょっと不安だったんだ、そう言って花折は足を図書室へと向ける。
そんな事を気にしていたのか。本当に地球人の精神構造は飴細工のように繊細で水よりも汲み取りにくい。俺は溜息を付いてその後に続いた。