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プロローグ ツイラクストレンジャー

 目という視覚インターフェースを通して見た白い月。

 その淡い光さえ、彼の脳を焼いた。 

 耳という聴覚インターフェースを通して聞こえる木々のさざめき。

 その僅かな音さえ、彼の脳を掻き乱した。

 鼻という嗅覚インターフェースを通して嗅いだ、沈丁花の甘い匂い。

 その微かな香りさえ、彼の脳を揺らし続けた。

 皮膚という触覚インターフェースを通して感じる、グラウンドの土のざらつき。

 そのあまりに鈍い手触りに、彼は愕然として爪を地面に食い込ませた。

「うっ…………げほっ……げほっ…………!!」

 初めての五感からの情報の流入に耐え切れず、彼はその場に崩れ落ちる。

 深夜のグラウンド。その中央にぽつんと一人、少年は怯えるように肩を抱いて蹲る。

 今まで集約され一つの器官でのみ受けてきた、皮膚一枚隔てた世界の情報が、てんでバラバラの器官からオンオフの制御も効かずに脳を埋め尽くしていく。

 モザイクのように細かい破片となって積み重なる情報を、どう上手く繋ぎ合わせれば正しく世界を認識できるのか、生まれ変わったばかりの少年にはまだ分からない。

「くうっ……」

 オーバーフローする外部情報を遮断しようと、彼は耳を塞ぎ瞼を閉じた。呼吸すら止めようとしたが、それは叶うことなくやがて限界を迎える。我慢しきれずに大きく口を開け酸素を取り込んで、彼は耐え切れずに大きく噎せた。

「かはっ…………はぁ……はぁ……もう……止めてくれ…………」

 思わず漏れたその響きに、彼の動きは凍りつく。

「え?……何だ……これ?」

 土に汚れた両の手が、彼の白い咽を汚した。困惑の声を発する度に震えるその箇所を、ぎゅっと握り締める。

「何だよこれ……なんで思考が勝手に………!?きもちわりぃ……」

 自分の声が自らの鼓膜を揺らして反響し、酔ったように頭がくらくらする。

耐え切れず彼はせり上がったものを吐き出した。見たことの無い液体が、グラウンドの土に黒い染みを作る。

「うえっ……うえぇっ……!!」

 体中を包む不快感、誤魔化しきれない違和感に、自然と彼の目から涙が零れだした。

「!?」

 滲んだ視界に慌てて彼は目を擦る。

涙など彼は知らなかった。ぼろぼろと頬を伝う液体は一向に止まる気配が無く、彼は宛がわれた外殻ハードウェアが早速不具合を起こしたのだと勘違いする。

「止まれよ……何なんだよ……っく……!」

 嗚咽が横隔膜を揺らし、それにまた驚く。彼は定着したばかりの慣れない身体を抱き締めて、振動を押し留めようと小さく丸まった。

 生れ落ちた赤子のようにただ泣き喚ければどれだけ良かったか。

 それさえも、彼には許されない。

「こんな…………こんな星……大っ嫌いだ……!!」

 思考が声を成して空気を震わせる。

 これは、彼の意思ではなかった。

 望まぬ降下に望まぬ身体。

 これは、彼の願いではなかった。

「くっそ……くっそぉ……!!」

 だから彼は泣いていた。

 自分から戦う力を、その礎となる本能すらも奪った老人達を呪いながら。

 もう失われた還るべき場所を見上げながら。

 見知らぬ星に落とされ、一人ぼっちで泣き続けた。

 泣いて、

 泣いて、

 泣いて、

 涙液の貯蔵が枯れた頃、彼の体の震えは止まっていた。

「生きなきゃ……」

 呟かれた言葉が、彼を構成する全てだった。

「生きて……殺さなきゃ……」

 それが全て、だった。


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