二
次の日も雨蛙は高台に登っては市場を眺め、それに飽きると詩を書いた。
詩は、僕をなぐさめてくれる気がする。しかし、僕は何に落ち込んでいるのだろう……。ペンを走らせて、書いては消して、書いては消して、また書いて、雨蛙は一心不乱に詩を作り上げていった。
「ヘブシッッ」日が傾き始めた頃、突然背後から大きなくしゃみの音がした。
雨蛙はその音に驚いて、思わず書きかけの詩をペンでぐにゃりと歪ませた。
慌てて後ろを振り向くと、雨蛙より少し小柄な蛙が、びっくりした顔でこちらを見ていた。この蛙が友人蛙である。
「ど、どうも……」少し申しわけなさそうに友人蛙が挨拶をした。雨蛙も「ええ、どうも……」と弱々しく返した。挨拶を聞いた友人蛙は、緊張しているのか、少し手遊びをしてまごまごしながら話を始めた。
「あのう、ええとね。最近、ぼくと同じ年くらいの蛙が越してきたって聞いたから、その……ね。どんな蛙なのかなって思って……。そして、お話をしたいなって思って……。くしゃみ、驚かせてごめんね」
変な蛙だなと雨蛙は思った。言うことは本心に違いないが、腫れ物として扱われているような不快な感覚があった。雨蛙はモヤモヤしながらも「かまわないよ」と社交辞令を述べると、前を向いて、先ほどまで詩を作っていたノートを見た。
「うっ」
途中でぐにゃりと歪んだ文字が、今まで書いた言葉を飲み込んでミミズのように這っていた。この歪みミミズも、消せば見えなくなるけれど、雨蛙にとっては消せばよいというわけではなかった。まるで、自分の世界を歪まされた気分であった。
こちらに背を向けたまま、ノートを見つめて動かない雨蛙を見て、友人蛙はおろおろしながら言った。
「もしかして、なにか絵を描いていたのかい? ぼくのくしゃみで失敗してしまった? ああ、なんてことだ。ごめんよう、ごめんよう」
「いや、これは絵じゃない。詩だ。文字だ。言葉だ。だから問題ない。歪んでしまっても、問題はないんだ……」
雨蛙は詩の原稿が大して重要視されないことを知っていた。いつも、パッとみてすぐわかる絵ばかりが美しいと言われ、詩はないがしろにされる。以前も、書き掛けの詩を歪まされたことで蛙と喧嘩になったことがあった。
でもあの時、「詩なんて、絵じゃあるまいし、そこからまた書いたらいいだろう?」と言われ、これが詩を作らない奴の感覚なんだろうなと悟った。どうせ僕の気持ちなんて、わかりゃしないのだ。
「いやでも、詩だって、立派な芸術だろう? ぼくは、もしかしたら言葉にも絵画的なところがあるんじゃないかって、最近思ってるんだ。だから、本当に悪かったよ……」友人蛙はうつむいて肩を落とした。
「いや、いいんだ。本当に」雨蛙は少し落ち着いた声で言った。この蛙、別に馬鹿ではなさそうだな。雨蛙は少し機嫌を直した。
そのあと雨蛙と友人蛙は隣り合って座って少し会話をし、その日は別れた。
雨蛙は家路につきながら、友人蛙との会話を思い出していた。「ぼく、詩は書かないけれど、何かを作るのは好きなんだ。いいよねえ。楽しいよねえ」目を輝かせて話す友人蛙に、雨蛙はなんとなく親近感を覚えた。