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雨蛙の手記  作者: 水玉カエル
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 これは、まだ僕に友達が一匹たりとも居なかった頃の話だ。そして、この時出会った、後に親友となる彼のことを、ここでは便宜上「友人蛙」としよう。僕はこれまで、彼のことを話の題材にするとは思っても居なかった。

 しかし、とある夏の暑すぎる日に彼が命に関わる大怪我をしてから、なんとなくその気持ちが変わった。あの事故が起きたことで、僕にとっては彼の存在がとてつもなく大きなものだということがわかった。彼は仲間であり、親友でもあり、兄弟のようなものなのだ。

 では、本題に入ろう。あれは、僕が一匹暮らしを始めた頃。この世の全てを巻き込むのではないかと思うくらい、強い強い春の嵐が過ぎた次の日のことだった。




 昨日は酷い夜だった。雨蛙の記念すべき一匹暮らし一日目の夜だというのに、風はビュオンビュオンと吹いて窓を揺さぶり、雨はまるで針が降ってくるかのような激しさだった。引っ越しの高揚感で、ただでさえ緊張していたというのに、外がこの様子では、とても穏やかに寝付けなかった。

 雨蛙は、寝不足でシパシパする目をこすりながら、昨日の嵐が嘘のように晴れた外を見るために窓を開けた。

 昨日は楽しみにしていた夜空も見られなければ、夜風に当たって気持ちを落ち着かせることも出来なかったな。

 雨蛙は鼻で大きく大きく息を吸って、鬱屈としたため息をつくと、窓辺に椅子を持ってきてしばらく外を見つめた。まだ雨が乾ききっていない草木が、朝日に照らされて神々しく輝いていた。



「ああ、美しいなあ」

 両手で頬杖をついて外を見つめていた雨蛙は、なんとなく寂しい気持ちになった。

 しばらくして、「せっかく引っ越してきたばかりなのだし、周辺でも散歩して詩でも作ろう」と考えた雨蛙は、ペンとノートを鞄に入れて、ブーツを履いて家を出た。

 このあたりの森は背の高い木が多く、雨蛙にとってはかなり開けている印象だった。近くにはどんぐりの形に似た池があり、水も澄んでいることから多くの蛙たちが住んでいた。



 池にでると、聞き慣れないけれど懐かしい「ぎょっぎょ」という蛙たちの話し声が聞こえた。どうやら本日は市場が開かれているらしい。そのため、多くの蛙たちで賑わっていた。「実家よりは少し規模が小さいかもな……」雨蛙はそう思いながら出店を見て回った。

「おお、君、見慣れない顔だねえ。あと、そのブーツかっこいいねえ。どこでこしらえたんだい?」雨蛙は色んな店の店員にこんな風に話しかけられるのを「越してきたばかりなんです。ああ、これは実家の方で……」と程々にあしらい、どんぐりビスケットを一袋買って市場を後にした。



 歩きながら眺めの良いところを探すと、左の方に高台を見つけた。雨蛙は少しにやけて鼻歌を歌いながら、そこへゆっくりと向かった。

 高台につくと、ちょうど座るのにもってこいの平たい石を見つけたので、雨蛙はそこに腰を下ろした。

先ほど買ったどんぐりビスケットを一つバキリとかじると、右手で頬杖をついて景色を眺めた。頬杖をついて何かを眺めるのは雨蛙の癖だった。

 ここからだと市場と池が右下によく見える。多くの蛙たちが買い物のためにひょこひょこゆらゆら動いていた。



 市場をしばらく見つめていると、ひゅるりと冷たい風が頬をなでた。雨蛙は市場を見るのをやめ、足元を見つめて黙々とどんぐりビスケットをかじった。



 目頭にじんわりと熱い感覚がする。心臓がキュッと締め付けられているような感覚もする。

「僕は一体何をしているんだろう……」つい口をついて出た言葉に、雨蛙自身も驚いた。自分の口が、自分の意思に逆らって勝手に弱音を吐いたように感じたからだ。



「詩でも書こう」

 雨蛙は鞄からペンとノートを取り出して、空を眺めながらサラサラとノートに詩を作っていった。


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