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第9回:ダイニングメッセージ(お題『艶のある人』応募作品)

『ダイニングメッセージ』――ミステリー部の推理合戦で取り上げられたメッセー ジとは……

 津木高校ミステリー部の部室では、恒例になっている昼休みの推理合戦が始まっていた。

 ――艶のある人

 今回明らかになったダイニングメッセージには、そう描かれていたのだ。

「これは歩人、ズバリお前のことだろ?」

 そう言いながら自信満々に俺のことを指差すのは、部内一の論理派、曲豆久巴まがりまめ きゅうは

 江戸時代の和算家、栗田久巴から名をもらったと豪語するだけあって、数学の成績は校内でもトップクラス。二年生ながらに我がミステリー部を牽引する頼もしい部長様だ。

「お前の名前は、艶野歩人えんの あると。『野』と『歩』を平仮名にするだけで、完全にお前の名前と一致するではないか!」

 うぬぬぬ……。

 指を差されて名指しされるのは気持ちの良いものではないが、確かに久巴の言う通りだ。

 俺の名前の『野』と『歩』を平仮名にすると、『艶のある人』になる。まさかこんな風に名指しされると思っていなかった俺は、久巴の頭の回転の良さに舌を巻くと共に、メッセージを見た瞬間にツヤツヤした奴を探そうとした自分が無性に恥ずかしくなった。

 しかし、勝ち誇ったように鼻を高くする久巴を、猫を撫でるような可愛らしい声が制する。

「そんなんじゃダメだよ~、久巴くん」

 豊色のあ(ほうしょく のあ)先輩。

 我がミステリー部の紅一点だ。

「なんで『野』と『歩』が平仮名なのか、その理由まで解かないと推理って言わないんだよ~」

「そ、それは……えと、その……」

 一瞬声を詰まらせた久巴だったが、言葉を繋ぎながら必死に解を探している。

 一方、のあ先輩は、いたずら好きな猫のような瞳で久巴のことを観察していた。その仕草の可愛らしさに、さすがの久巴もたじたじだ。ほんのりと頬を赤く染めながら、脂汗をタラタラと流している。

「こ、このメッセージをすべて漢字で描くのは、た、大変だったから……とか?」

「へえ~。それなら何で、一番画数の多い『艶』が漢字なのかな?」

「えと、そ、それは……」

 久巴の負けだった。

 確かに、のあ先輩の言う通りだ。『野』と『歩』を平仮名にするくらいなら、まずは『艶』を平仮名にするはずじゃないか。

 すると、のあ先輩はチョークを手にすると、部室の黒板に何やら文字を書き始めた。


『ツヤ・ノ・アル・ヒト』

『エン・ノ・アル・ト』


「これが私の答えよ」

 自信満々に言い放つのあ先輩の瞳は、獲物を見つけた猫のようにキラリと輝く。

「久巴くんは、『艶のある人』は『エンノアルト』であると推理したよね。この二つの文字列をこうやって書き比べてみると、共通する言葉が見つかるの。それは、『ノ』と『アル』。つまりね、『ノ』と『アル』が平仮名であるのは、そのことを示すメッセージなのよ」

 おおお、さすが、のあ先輩。何が言いたいのか、さっぱりわからない。

 ――でも待てよ。

 その時、俺はあることに気がついた。

 『ノ』と『アル』が平仮名であることに意味があるという先輩の指摘は、まんざら間違っているとは思えない。

「のあ先輩。さっき『艶』が一番画数が多いと言いましたよね。もしかしたら、その認識が間違っているんじゃないでしょうか……」

 ふふふ、と笑みを作りながら俺は先輩を見る。

 その様は、先輩にとってさぞかし不気味だったに違いない。先輩は動揺しながら、画数を確認しようと肉球に、じゃなかった掌に必死に文字を書き始めた。

「ズバリですね、この『艶』は『艶』じゃないんですよ」

「『艶』が『艶』じゃない……って?」

「そうです。こう考えてみてはいかがですか? これは『豊』と『色』の組み合わせであると」

 はっと先輩が顔色を変える。

 久巴も「そうか!」と手を打った。

「もうお二人ともお気付きですね」

 俺はおもむろに右手を上げると、のあ先輩をビシっと指差した。

「そうです、このメッセージには『豊色のあ』という先輩の名前が隠されていたんです! 『の』と『あ』が平仮名だったのは、そういう理由だったんですよ」

 矢で心臓を射抜かれたように目を丸くする先輩に、俺は「指差してゴメン」と小さく心の中で謝る。

 すると、すかさず久巴がツッコミを入れてきた。

「それじゃあ、後に続く『る人』って何だよ?」

「チッチッチ、ダメですよ、久巴さん。『ルヒト』って読んじゃ」

 指を振りながら、俺は反撃を開始する。

「これはですね、『ルニン』と読むんです。ええ、その響きの通り『流人』です。これにはちゃんと理由がありますよね、のあ先輩?」

 俺が視線を向けると、先輩はビクリとしながら苦笑いでその場を誤魔化そうとする。

「あははははは。なんだ、歩人くん、知ってたの?」

「知ってましたとも。のあ先輩のことですから」

 猫のように頭をカキカキする先輩は本当に可愛いなと、俺の視線は思わずその姿に釘付けになった。

「なんだよ、歩人。俺にもちゃんと教えてくれよ」

 懇願するような目つきの久巴がいじらしくなったので、俺はゴホンと一つ咳払いをしてから、おもむろに説明を始める。

「先輩は今、流人なんです。一人、職員室に流されて全力で刑期を全う中の」

 実態はこうだ。

 センター試験を二ヶ月後に控えた先輩は、あまりにも成績が振るわないため、職員室の片隅で個別指導を受けているのだ。偶然それを見つけてしまった時に見せてくれた、ペロッと小さく舌を出しながらの照れ笑いがこれまた可愛かったことを、俺ははっきりと覚えている。

「ふうん、先輩の名前がこのメッセージに隠されている、か……。歩人は先輩にのぼせているだけなんじゃないのか?」

 まだ納得できていないのか、久巴はブツブツと呟きながら再びメッセージを観察し始めた。

 ふん、俺に論破されたのがそんなに悔しいのか?

「なんだよ。文句があるんだったら、久巴もちゃんとした推理をしてみろよ」

 その時だった。

 久巴が急に、雄叫びを上げたのは。

「おおおおおおお、ついに見つけたぞ。このメッセージに隠された真実を!」

 そして彼は、興奮しながらメッセージの『艶』の文字を指差した。

「二人とも、見てみろよ。この文字は『艶』のようであって、実は『艶』ではなかったのだ!」

 まさかと思いながら、のあ先輩と俺はメッセージに近寄って久巴が指差す場所を見る。

 すると、『艶』の字の右上の『ク』になっているべき場所が、『久』になっていた。

「『艶』と見せかけて、実は違う文字だった。その真相は……」

 久巴は信じられないという顔で推理を展開する。

 俺達はゴクリと唾を飲んだ。

「この文字を四つに分解すると、『曲』、『豆』、『久』、『巴』になる。つまり俺の名前だったのだ!!」

 その時、俺達をあざ笑うかのように、キンコーンカンコーンと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「と、今日の推理合戦はここまでだ」

「じゃあね、歩人くん」

 手を振りながら、のあ先輩と久巴が部室を後にした。

 一人残された俺は、弁当のご飯の上に海苔で描かれた文字をまじまじと見つめていた。

 なんだよ、結局、昼休みに弁当食べれなかったじゃねえか。しかも、字が間違ってるし。きっと家に帰ったら母ちゃん、「『艶』まで頑張ったんだよ!」ってドヤ顔で自慢するんだろうな……。

本阿弥香澄先生より、佳作候補として推薦していただきました。

共幻文庫サイトにて、本阿弥香澄先生、高波編集長、河東ちか氏より短評をいただきました。

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