表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

第5回:そつ・わざ(お題『卒業』応募作品)

『そつ・わざ』――結婚相談所『卒業』の特殊なアフターケア方法と は……

「ようこそ、結婚相談所、『卒業そつわざ』へ」

 古びたビルの二階にあるドアを開けると、明るい女性の声が小さな事務所に響く。

 ネットで評判になっている結婚相談所。小さいけど、アフターケアが充実しているという噂だ。

「そつわざ? ここの名前って、『卒業』と書いて『そつわざ』って読むんですか?」

「そうなんです。ウチは『卒』を極める相談所ですから。申し遅れました、私が所長の刈谷茜です。どうぞ、こちらへ」

 元気の良い小柄な女性は、私を個室に案内した。

 というか、所長直々に対応してもらえるなんてラッキー。これは幸先良いかも、と私は個室のソファーに腰掛けた。


「申し訳ありませんが、先にウチの相談所の説明をさせて下さいね」

 私が小さく頷くと、茜所長は紙とマジックを持って向かいのソファーに腰掛ける。

「先ほども申しましたように、ウチは『卒』を極めるために設立した相談所なんです」

 そう言いながら、茜所長はマジックのキャップを取り外す。

「まず、『卒』という字を思い浮かべて下さい」

「卒、卒、卒……」

 私は頭の中に『卒』の字を描く。

「実はですね、この文字の土台はやじろべえでできているんです」

 えっ、やじろべえ?

 驚く私の前で、茜所長は紙に大きく『十』の字を書く。

 そうか、『卒』の字の下の部分は、確かに『十』の字になっている。それを『やじろべえ』と表するなんて、この所長、なかなか面白い。

「そして、やじろべえの上の右と左に『人』が一人ずつ乗っています」

 へえ、確かにやじろべえの上に人が二人乗ってる。

 私は感心しながら、茜所長の前の紙に『卒』の字が組み立てられていく過程を眺めていた。

「最後に『やね』を乗せて、一つの家の中に入ります。これが私どもが考える結婚なんです」

 そして茜所長は、完成した『卒』の字が私の方を向くように、紙をクルリと回した。


「さあ、この字をよく見て下さい。どんな感じがしますか?」

 どんな感じって……?

 いきなり言われてもすぐには答えられないけど、さっきの『やじろべえ』って説明は興味深かったかも。

「土台がやじろべえっていうのは、面白いですね」

 すると、茜所長は瞳を輝かせる。

「そうなんですよ、そこが『卒業そつわざ』の原点なんです」

 そして茜所長は再びマジックのキャップを外す。

「例えばですね、片方の『人』を大きくしてみますね」

 茜所長は、右側の『人』の字をマジックでなぞって太字にする。

「どうです? どんな感じがしますか?」

 右側の『人』だけが太く大きくなり、『卒』の字がすごくアンバランスになってしまった。

「なんだか、右側に倒れちゃいそうですね」

「そうです、そこです!」

 興奮気味に指摘する茜所長。どうやらこれが、彼女の言わんとすることらしい。

「どちらかの『人』が大きくなってしまったら、結婚生活はバランスが崩れてしまいます。『卒』という字を保つためには、微妙なバランスが必要なんです。それを維持し続けることを、私どもは『卒業そつわざ』と呼んでおります」

 へえ、だからこの相談所はアフターケアが良いって評判なんだ。

 それに、やじろべえの上に『人』が二人なんて、私にぴったりの相談所だよ。

 私はもっと、この相談所のシステムについて知りたくなった。


「所長にちょっとお聞きしたいのですが、その『卒業そつわざ』ではどうやって二人のバランスを維持しているのですか?」

 私は単刀直入に茜所長に訊いてみる。

 普通の結婚相談所は、二人を引き合わせるところで終了だ。良心的なところでも、面倒を見てくれるのは結婚式までだと思う。それなのに、この相談所では二人のバランスを維持し続けることがモットーらしい。だから、そこまでケアしてくれる方法が知りたかった。もしかしたら、ものすごく値段が高いのかもしれない。

「そうですよね、それって知りたいですよね?」

 茜所長はソファーに座り直し、改まって私を見る。

「ウチでは少し特殊な方法を用いています。そして、この方法についてご了承いただけるお客さんのみ、お相手をご紹介しているのです。この点は事前にご了承いただきたいのですが、よろしいですか?」

 いよいよ核心に迫ってきたぞ。

 私は小さく頷くと、ゴクリと唾を飲み込んだ。

「実はですね、紹介したお二人のその後の生活について、小説に書かせていただいているんです」

 小説?

 不思議に思いながらも、私は茜所長の話に耳を傾ける。

「もちろん実名や住所、職業等は明かしません。偽名を用いて、無料の小説の投稿サイトにお二人の間の出来事についてヒューマンドラマとして書かせていただいております」

 無料の小説の投稿サイトに?

 それでどうやって二人のバランスが保てるのだろう?

「そんなことをして効果があるのですか?」

「小説と言って皆さんバカにしますが、これが絶大な効果があるんです。無料サイトですと気楽にコメントを寄せてくれる方が沢山おりまして、『〇〇の方が威張ってる』とか『△△はもっと主張すべきだ』というコメントが寄せられて、二人の良いアドバイスになるんです」

 へえ~。確かに読者からの忌憚のない意見なら、核心を突くこともあるかもしれない。

「それに、自分達の行動を読んで、お二人が冷静になるという効果もあります」

 きっとこの効果も大きいだろう。

「そして、これはウチの最大の特徴なのですが、もし紹介したお二人が上手くいかなかった場合、紹介料をお返ししてるんです。だってその時は、小説を有料化すれば元が取れますから。そうならないようにって、頑張っていらっしゃるお客さんもいるんですよ」

 これはある意味すごいシステムかもしれない。

 二人の関係がめちゃめちゃになればなるほど、売上は大きくなるのだろう。

「ご紹介後のお二人の様子を小説に書かせていただけることが前提になっていますので、紹介料はお手頃な値段になっています」

 具体的に訊いてみると、他の結婚紹介所とあまり変わらない。

 それでアフターケアが充実するのなら、頼んでみてもいいかもしれない。別に私は小説に書かれても構わないし。

 それよりも、『人』と『人』とのバランスを重視するというポリシーが気に入った。

「じゃあ、早速入会したいと思います」

「ありがとうございます。ちなみにお聞きしますが、どんな御方がお好みでしょうか?」

 私は思い切って、自分に関する特殊事情を打ち明ける。

「あのう……、実は私、男の人が苦手で、女の人を紹介してほしいんです。それって……、大丈夫ですか?」

 すると茜所長は自信満々に言った。

「ええ、問題ありませんよ。私、百合描写は得意ですから……」

共幻文庫サイトにて、水円花帆先生と高波編集長に短評をいただきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ