表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

第4回:あの人の痕跡を求めて(お題『奇妙な友人』応募作品)

『あの人の痕跡を求めて』――あの人を忘れるためにもらったアドバイスとは……

 ――忘れたい人がいるなら、その人の痕跡をノートに記録すると良い。

 そんな不思議なアドバイスをもらった。

 ほんの一週間前のことだ。

 落ち込んでいた私が思い切ってカウンセラーのもとを訪ねると、彼女はにっこり笑ってこう告げた。

「貴女なら、もう少し踏み出せば乗り越えられると思うんだけどなぁ」

 他人事だからって、そんな気楽に言っちゃって。今でも私、とっても辛いんだから。

 それに、忘れたい人のことをわざわざノートに書くなんて、そんなことが効くのかしら。

「あの人のこと、考えるだけで心が苦しくなるんです」

「でも貴女はちゃんと私のところに来れたじゃない。それって、すでに一歩踏み出してるのよ。だからね、あと二、三歩なの。リハビリだと思ってやってみなさい」

 そう言いながら、カウンセラーは嫌がる私に一冊のノートを手渡した。


「すいません」

 早速私は、ノートを持って、あの人を覚えていそうな友人を訪ねる。

「えっ? あっ、き、君は……」

 振り返った友人は、私の顔を見て表情を硬くした。

 だから嫌なの。あの人のことを知っている人は、私の顔を見ただけで気を遣ってくれるから。

「えっと……」

 ああ、このまま逃げ出したい。

 でも、それじゃあ今までと変わらない。カウンセラーにアドバイスされたように、さらに前へ踏み出さなきゃ。

「ちょっと教えてほしいことがあるんです」

 やっと言えた。

 このことを言い出すのに、どれだけ勇気が必要だったか。

 私の切実な表情を感じ取ってくれたのだろう。目の前の友人は、ゆっくりと表情を崩す。

「何? 知りたいことって?」

「あの人のことなんですけど。私、あの人って呼んでるんです。あなたの前ではどんな感じだったか、教えてほしいんです」

「あの人って……? ああ、あの人ね。そうだね、すごく強引な感じだったかな」

 私は、その友人が話すあの人の様子を必死にノートに記録する。私の知らないあの人の振る舞いや仕草。どれも驚くことばかりだった。

「そんなことが……」

 話を聞きながらつい辛くなってしまった。思わず、ぽとりと小さな涙をこぼす。

「大丈夫?」

 恐縮する友人に私は謝罪した。

「いえ、いいんです。私から質問したんですから。それに私、自分の知らないあの人のことを知りたいんです」

「ちゃんと前を向こうとしてるんだね。頑張ってね、応援してるから」

 なんて優しい人なんだろう。

「はい、ありがとうございます。私頑張ります!」

 涙を拭いて、私は笑顔でその友人を見送った。


「おい、あの人のことを聞いてどうするんだよ。今さら辛くなるだけだぜ」

 私に近い友人ほど、きちんと私のことを気遣ってくれる。

 でもその厚意に甘えちゃいけない。だって乗り越えるって、カウンセラーにも誓ったから。

「いいの。私、もうくよくよしない。ちゃんと前を向いて歩くことにしたの」

「じゃあ、よく聞けよ。あの人に会ったのは、サークルの歓迎会の時だった……」

 でも、やっぱりあの人のことを聞くのは辛い。

 だって決して会えない人だから。

 その事実を知った時、私、どんな顔をしたらいいのかわからなかった。

 悲しくて、驚いて、そしてやっぱりまた悲しくて。

 本当にこんなことをしてリハビリになるの?

 アパートに続く道を一人で歩いていると、どうしても寂しくなってしまう。

 あの人に会いたい。

 その言葉や仕草に触れていたい。

「そうだ!」

 私は、はっとさっきの友人の言葉を思い出す。

『あの人に会ったのは、サークルの歓迎会の時だった』

 それならばきっと、動画や写真が残っているはずだ。


「ねえ、お願いがあるの。この間話していた歓迎会の動画を見せてほしいんだけど」

 すると友人は顔を強張らせる。

「さ、さすがにそれはやめた方がいい」

「なによ、あの人のことを詳しく話してくれたくせに。だったら見せてくれたっていいじゃない」

「それとこれとは別だよ」

「別じゃないっ! 私、本気なの!!」

 私だって後には引けない。

 今度こそあの人のことを断ち切るチャンスだから。

「だったら絶対後悔しないって誓うか?」

「ええ、誓うわ」

 私は真剣な眼差しをその友人に向けた。

 一分は経っただろうか。

 ついに根負けした友人は、しぶしぶとポケットからスマホを取り出し、無言のまま動画の再生ボタンを押した。

「えっ!? これが……あの人!?」

 涙がポロポロとこぼれてくる。

 やっと会えた、あの人に。

 あの人は私にないものを全部持っていた。

 活動的で、とっても強引で、パワーがあって、開放感に満ち溢れていた。

 今までいろんな人から話を聞いてノートに記録してきたけど、まさかここまでとは思わなかった。

「おまえさ、飲まなければ可愛い女なのにな……」

 そして、あの人を一生封印しようと心に誓った。

共幻文庫サイトにて、高波編集長と八白氏に短評をいただきました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ