表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/29

「世の中ってこんなに平和だったんだね」

 アクエは伸びをしながら天を仰いだ。草原に座り込んでいた彼女はそのまま後ろに倒れる。腕を伸ばしたが、とてもではないが天には届かない。

 あの日、光を見た。優しくて穏やかな雨となって大地に降り注いだ。その雨は一瞬の出来事のようでもあったが、それでも今もアクエの網膜に焼き付いている。

 懐かしい香りを感じた。もう手に入ることはないのだろう。

「失敗しちゃったな……」

 生きていれば会えると思っていたが、世界がまず違うことをすっかり忘れていた。神様も自由に行き来させてはくれないようだ。

「あたしは元気です。ちょーろーも、コウおじさんは相変わらず飲んだくれで、ザクロちゃんとは友達。ラキアはサラちゃんと元気にしてますか? サラちゃんを泣かせたらビンタしに行くので覚悟しててください」

 言い終わりにっと天に向かって笑う。この世界が平和になったということは、彼はちゃんと逢えてその責務を果たしたのだろう。

 魔物は相変わらずいるが、それでも以前に比べれば脅威ではない。

「アクエ」

「はーい、今行くよ」

 母に呼ばれて、アクエは身軽な動きで身を起こす。

 自分の力をここで使う。そう決意して両親の元に下った。祖父は渋っていたが、それでも折れぬ彼女の瞳を見て、静かに頷いたのだった。

 今はまだ弱い。いつかもっと強くなったら。

「見ててよね」

 彼女は母の背を追って駆け出した。




 嘘つきな神だった。生きてさえいれば愛を教えてくれると言っていたが……

「いなくなるのはずるいのではないですか?」

 赤い宝石の埋め込まれたブローチを弄りながら、イオはそうぼやく。光の雨に目線を奪われている間に、彼女は忽然と姿を眩ませていた。

 怒りも哀しみも知ってしまったが、いまだに愛はよく分からない。何故、神に問おうとしたのかも結局イオの中で結論は出ていない。

 認めたくないのかもしれなかった。

 麻袋に数冊の本と非常食を詰め、それを肩に担ぐ。鏡に映った自身の姿に嘲笑が零れた。

「似合ってませんね」

「行くのか」

 扉に寄りかかったカリストが問いかけてきて、イオは鏡越しに軽く頷く。

「もう『イオ』ではなくなってしまいましたから」

「後任は?」

「優秀だと思う人材を適当に当ててください。それにイオと名付けるかはそちらに任せます」

「お前それでいいのか」

「……適任者であれば、どうぞ」

 小首を傾げながらシェイは部屋を出て行く。

「一生現れないだろうな……ひとつ、元同僚の忠告だ」

 シェイの足が止まり、振り返る。カリストの指は彼の胸元を指した。

「それを山賊に奪われたくなければしまえ。お前の腕力で奪い返すことなんて不可能だからな」

「忠告感謝します」

 気に障るように笑いながら赤いブローチを麻袋にしまう。本当にお別れだと言わんばかりに背を向けて、光差す廊下を真っ直ぐ歩いて行く。

「変わったんだか変わってないんだか……」

 死したイオの死体を回収するように、カリストは彼の残した資料を集め始めた。




 ここはとても静かで落ち着くが、物寂しく感じられた。甘い匂いは彼女を彷彿させる。

「神として、私は見守り続ける」

 それは誰に対する宣告だったのか。

 玉座に座りながら、神は目を閉じる。光が二つ流れて弾けた。

 背後に現れた気配に閉じていた瞳を開く。神は振り返り、その者に微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ