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第一話

「お前に俺は、殺せない」

 男が倒れていく。

 少女は驚愕した。

 今まで自分がナイフで脅迫していた男が、突然そのナイフを持った手を掴んだかと思うと、とてつもない勢いで首を刺したのだ。

 それも少女の首ではない。自分の首を、だ。

 飛び散る鮮血は、絵の具や血糊では有り得ない、鉄のような匂いを発している。

 火山が噴火したように噴き出すそれは、まるでシャワーのように少女に降り注ぎ、髪を、服を、肌を、全てを、赤く、紅く、朱く染めていく。

 理解の追いつかない少女は、かえって冷静に、床に倒れた男をみる。

 少女のナイフは男の首を貫通しているようだ。ナイフの鋭い先端が、男の首から覗いている。

 即死だ。

 男は死んだのだ。

 その事実は同時に、もう一つの意味を持つ。

 すなわち…母を生き返らせることが、不可能になったということだ。

「あああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」

 ようやく理解の追いついた少女は、床に座り込み、あらん限りの声で泣き叫ぶ。

 血だまりの中で慟哭する少女。この世の悲しみを味わった人間が、最後の希望を失ったのだ。

 一通り叫んだ後、少女は不意に停止した。まるでDVDの一時停止のように、ピタリと止まった。

 そして再び再生された時、彼女は虚ろな目で、男の首からナイフを引き抜いた。その時のどろりとした感触、人からナイフを引き抜く感触など、いまの少女には関係なかった。その時彼女はこう思ったのだ。

 死のう、と。

 死ねば、また母さんに会えるかもしれない。会えないかもしれないが、もう希望の無いこの世界で、母さんが自分の記憶から薄れていきながら生きていくよりはマシだ。

 少女はためらうことなく自分の首にナイフを近づけていく。今目の前に倒れている男と同じように、首を貫こうとしている。

 ナイフを振りかぶり、目を閉じて、ありったけの腕力を腕に込めようとした瞬間…

 

 その手を、何かが掴んだ。

  

「…?」

 なんだろう。この、濡れているのにあたたかい感触は。その答えを確認すべく、少女はもう開けることはないと思っていた目を開けた。

 それは真っ赤な人の手だった。なんだかゾンビ映画に出てきそうな手だが、その手はまるで羽毛のように柔らかく、少女の手を包んでいて、なんとなく安心感がある。

 その安心感で、少女は少しずつ冷静な思考を取り戻した。その思考で、この状況が異常であることに気付く。そもそもここには、自分と死んだ男しか…

 自分の腕を掴んでいる手、その手が繋がる先へと無意識に視線を送る。

「……え?」

 それは横たわっている男に繋がっていた。確実に首を貫き、絶命したはずなのに。

 よく見れば男の目は、微妙に動いている。顔を苦しそうに、痛そうに歪めながら、穴の空いた首から空気を漏らしながら、もう死んでいた方が自然というそんな状況で、それでもこの男は生きている。

 そして少女は、そんな異常な光景を見て、歓喜した。男が生きている。その事実は彼女にとって、母が生き返る可能性がまだ残っている事を示している。

 男は苦しそうな顔から無理をして笑顔を作り、彼女の手から優しくナイフを離す。

 少女は何が何だか分からなかったが、男の笑顔が優しい母の笑顔に重なり、なされるがままになっていた。

 そして男は、まるでダイイングメッセージのように自分の血で床に文字を書き始めた。

 少女はそれを読み、また泣いた

≪大丈夫だ 俺は生きている お前が死ぬ必要はない≫

 その文字は優しく、そして力強かった。

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