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6分半劇場シリーズ

6分半劇場:ホームと電車の間の隙間の神様

作者: やぎっち

「神様と話がしたい」

 そう願った男の前に、一人の老人が現れた。


 ここは東京。何台もの車が行き交う都心の一角にある小さな緑地帯。付近にあるこの国随一のビジネス街と華やかさとは裏腹に、緑地の中にひっそりとある神社に気が付く人はそう多くなかった。

 その神社の前でひとり参拝しているうちに、どういうわけか神を呼びつけてしまったサラリーマン風の男はあまりに驚いて、ふちの太いメガネをずり落としそうになっていた。

「わしを呼んだのはお前か」

 そう呼びかけられた。

 男は慌てて辺りを見回すが、自分以外に人はいない。

「わしはお前に話しかけている。神と話がしたいと願ったのだろう」

「あなたは、神様ですか?」

「左様」

 そう言って、離れたところにいた老人は一瞬にして消えた。

 そして直後、男のすぐ目の前に再び姿を現した。

「ひぇぇ」

 瞬間移動の様子を目の当たりにして、男は腰を抜かした。

「恐れずともよい。何も取って食おうというのではない。お前が話がしたいというから、こうしてわざわざ来てやったのだ」

 尻餅をついて震えていた男は気を取り直して立ち上がり、老人に向き直った。

「それで、お前はわしと話してどうしようというのだ?」

「願いをきいてほしいのです」

 長く白い髭を伸ばした老人は顔をぴくりと動かした。

「願いか。聞くだけなら聞いてやろう」

「明日、私は社運をかけた大きな取引をしようとしているところで、それをどうか成功させてほしいのです」

「無理だな」

 老人は即答した。

「そういうのはわしの管轄外だ。わしの仕事範囲の中であれば聞いてやれなくもないが……」

「か、管轄があるのですか?」

「日本には昔から八百万の神がいると言うではないか。一人の神が何もかもを司っているわけではない。山の神、酒の神、商売の神、台所の神などいろいろな神が居る」

「では、あなたの仕事範囲はどのようなところで?」

「わしは、ホームと電車の間の隙間の神だ」

 それを聞いて、男は全身の力が抜けた。

「ほ、ホームと電車の神……?」

「ちがう違う。いいか。ホームと、電車の、間の、隙間の、神だ。ホームの神も電車の神も別にいるから、彼らと間違えないでほしい」

「意味が分かりません……」

「ホームというのは、正しくはプラットフォームと言って、駅で電車が発着する……」

「そういう意味じゃなくて。なぜそんなニッチなところを仕事範囲にしているのです」

「わしに聞かれても困る。人間が認識する森羅万象すべて、自動的に神は宿るのだ。例えばお前の着ているスーツ、締めているネクタイ、かけているメガネにだって神は居る。今のわしのように姿を現すことはないだろうがな」

 男は混乱していた。

「ということは、私の願いは商売の神様にでも頼まないと叶えられない……」

「そうだな。しかし商売の神は相当忙しいぞ。それに、願いを聞くにしても様々な神との調整が大変だからおそらく無理だろう。でも、わしは割と暇だから、ホームと駅との間の隙間に関するところについてなら願いを聞き入れてやらなくもない」

 男はがっくりと膝を落とした。男にとって目の前の老人は何の役にも立たないただのジジイだった。

「まるでわしのことを『何の役にも立たないただのジジイ』と思っているようだな。まあよい。お前は神というものについてとんでもない勘違いをしているようだ。神にもできることとできないことがあるし、別に人間の願いを叶えることが神の仕事ではない。漠然と『健康になりたい』とか『金持ちになりたい』などと願われても、一人の神の力だけで何とかできるものではない。それは人間の仕事だって同じことだろう」

「では、たとえば特定の誰かをホームと電車の間に転落させるようなことはできるんですか?」

 老人は困ったような顔をした。

「できないこともないが、因果を多少曲げることになるから、それで発生する結果がどのように君に影響しても君は逃げられないぞ」

「他に願いをきいてくれそうな神様はいますか?」

「わしのように気まぐれで姿を現せる暇な神はそう多くないな……。知り合いにペットボトルキャップのリングの神がいるが、どうだ」

「ペットボトルキャップの神?」

「ちがう。ペットボトルのキャップを開けると、キャップの付いていたところにリングだけが残るだろう。あのリングの神だ」

 もはや男は、冷めた目をして呆れていた。

「マイナーだと思って馬鹿にしているな。メジャーなのだと、えーと、打ち上げロケットの神が居る。あと、最近ひまになったアナログテレビの神も居るぞ」

 明らかに男にとって用が無いものばかりだった。

「落胆する気持ちは分かるが、これが現実だ。ここでどうだ、お前の要望というものを事細かく分解していけば、どこかでわしや、わしの知っている関係の神に口添えができるかもしれん。駄目もとで話してみればよかろう」

 男は、明日予定している自分の会社の取引について説明をし始めた。男の勤める会社の経営が少しずつ悪化していること、過去の資産をもとにして成長しつつある他社との提携を考えていること、そのために彼をはじめとしたプロジェクトチームが半年以上をかけて下準備をしてきたこと、ありとあらゆる手段を講じて取引を有利にするための手を打ってきたこと、話しているうちに男の目は力強く、自信にあふれた表情になっていった。やがて説明していくうち、何一つ神に頼むようなことがないことが分かってきた。

 老人は言った。

「お前の話を聞く限り、取引に関して別に問題は無さそうだ。お前もこれ以上のことはできないだろうし、神にとっても別にこれをどうこうできるものではなさそうだ。このまま行けば、お前の取引は成功するだろう」

「ありがとう神様!」

 男の目はこれ以上ないほどに輝いていた。彼は老人に礼を言い、小躍りしながら緑地の外のコンクリート街へと去っていった。老人はそれを見届けてから、神社の本殿に腰を下ろした。

「やれやれ」

 そこに、若い背格好の男が突然現れた。

「どうでしたか、ご老公。私の教えた方法は」

「ああ、心理カウンセリングの神か。こんな風に願いをはぐらかすのは初めてだったが、うまくいったよ」

「そうでしょう。これからもこの調子でいくといいですよ。人間の願いなんていちいち聞いていたら我らの仕事が回りませんから」

 若い男はそう言って紙タバコに火を付けた。老人もどこかから煙管を取り出し、煙をくゆらせ始めた。

「昔は神というものは人間に畏怖される存在だったんだが、いつの間にこんな小間使いみたいな便利な存在に成り下がったんだろうな……」

「そういう時代なんでしょうね。知識が発展して、災害や病気から縁遠い世の中になってしまっては畏怖も何もないのでしょう」

「まったく、寂しいことだな」

「まあ、だからこそ宗教家とよばれる人間たちは、我らを小間使いみたいな便利な存在に仕立て上げてでも生き残ろうとしているのです。人間に存在を認められなかったら我らの居る意味もありませんから、仕方ありませんよ」

 若い男は携帯灰皿でタバコを消した。

「そろそろ行かないと」

「他の神のところへか?」

「ええ。これから死神集団さんのところへセミナーの講師として呼ばれてるもので。あそこは大組織なだけあって、担当レベルで勝手に人間の願い事を叶えたりしているらしいんで、無駄にそういうことをしないよう講義してくれって頼まれたんですよ」

「暇なわしと違って大変だなあ」

「ここだけの話ですけど、死神情報ではさっきのあのスーツの男、明日の取引を成功した帰りに駅のホームからうっかり転落して死にますよ」

「えっ、何だって、わしのところにはそんな情報来てないぞ」

「それはそうです。電車がホームに入る直前に転落するので、ホームと電車の間の隙間は関係ありません」

「そうか……。しかし決まったことなら仕方がない。わしは彼と下手に話してしまったばっかりに、何か悪いような気がするが」

「人間も神も、同じように不条理な中で生きているのです」

 そう言って心理カウンセリングの神は姿を消した。

「また、暇になってしまった……」

 残された老人は、静かに煙管を吹かし続けていた。

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