第6話
次の日、昼過ぎに、王様からサファイアのネックレスが届けられた。これがまた、他の妃達の耳に入るのかと思うと、美しい宝石なのに目に入ると忌々しく感じる。高価なものなので、一応、泥棒に取られないようにわかりにくいところへしまった。こういうところが、貧乏人なのかもと思う。
今後の対策を考えることにする。我儘な王様を遠ざけるには、どうするか。子供だというのに手を出すような鬼畜だ、同情する必要はない。王様は、自分の身分に、擦り寄ってくる女に慣れ過ぎているのだろう。誰も彼も自分の機嫌を伺っているのを、よく感じているにちがいない。そんな中、自分の顔色を伺わない私が、王様の興味を引いたのだろう。では、興味を失うには、他と同じであることを感じさせればいい。子供は大人になれば変わるもの。さて、鬼畜を騙せるか、気合いを入れなければ。
夜、陛下がやってきた。私は笑顔で迎えた。気合いを入れて、これからの長い策のために。
「お疲れ様でございます、陛下。ネックレスを贈って下さってありがとうございました。本当に美しいサファイアで、嬉しゅうございます」
「そうか。お前に似合うであろう」
私の部屋で、陛下は機嫌良く過ごされた。もともと、夜を数時間一緒に過ごすといっても、会話は少ない。私の言葉は、『はい、陛下』『ありがとうございます、陛下』が基本。もし、話を望んでいるような時には、疲れを気遣う言葉と、貰った宝石に合うドレスをねだる言葉を笑顔で話す。最初こそ喜んでいたが、二週間もすれば、陛下の反応は次第に鈍くなってきた。訪れが毎日から3日空いた時には、やっとかと私は自分の勝利の手応えを感じた。勝負はここだ、次の陛下の訪れを待つ間、どうするべきかをじっくり考えた。
「おいで頂けて嬉しゅうございます、陛下」
結局、文句は言わないが訪れがなかったことを不満に思っている女という設定にした。ちょっと恨めし気な雰囲気を出すためにすり寄ってみる。
「忙しかったのだ」
陛下はどう思っているのか。二週間前の上機嫌は、影も形もなくなっている。私のことをどう思って、ここにいるのか。時々、全て見透かされているのではないかと思うこともある。バカみたいに愛想を振りまく私の姿を。今浮かべている少し強張った笑顔が、寵愛が離れることを恐れているように見えますように。
半年近く経った頃、いつも勉強に訪れていた部屋で、セグジュ先生と会っていた。
「今日で最後だなんて、名残り惜しいです、セグジュ先生」
あれから、陛下が私の部屋を訪れることはなく、妃達の住まう屋敷に移動することもなく、忘れ去られた妃としてコテージで過ごしている。仔犬達はすっかり大きくなり、散歩が大変になっているが楽しい平和な日々だ。
「お姫様は、変わりませんな」
「変わらないって。少しは貴婦人らしくなったでしょう?」
セグジュ先生は、私をじっと見た。そういう意味ではなかったらしい。
「お会いしたときには、15歳くらいの子供だと思っておりました。しかし、ご一緒させていただきました間に、既に成人なさっているのではないかと思うようになりましてな」
まさか15歳だと思われていたとは。子供だと思われてたのは知ってたけど、年齢聞くとリアルにがっくし。
「実は、今年で25なんですよ。子供だと思われてることを知ってたから、誰にも言いませんでしたけどね」
セグジュ先生は、さすがにそこまでだとは思ってなかったのか、ポカンと口を開けて私を見た。
「先生のおかげで、色んなことがわかるようになって助かりました。本当にお世話になりました」
セグジュ先生に頭を下げて、お礼を伝えた。
「お姫様の様子を陛下が仰ったことがあります。お姫様は変わられたと。子供のまま、手をのばさなければ、と。しかし、お会いするお姫様にはお変わりなく、陛下の言葉に違和感を覚えておったのです」
「陛下は権力者です。気に入らないことがあれば、脅すんです。態度でも言葉でも。それは上に立つ者として、必要なことなんでしょう。でも、私にとっては、話を聞かず、自分の望みだけを強要してくる最低な男です。そう思いません?私にとって陛下は、子供に無理強いする変態ですもの、必死で逃げました。今後も、変態男とは関わらないで過ごしたいものです」