表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/20

第2話

「シリル、私の態度、よくなかった?」

「そのようなことはございません。ただ、陛下が名を問われたおりに、ご自分を敬称で呼ばれましたので」

「“黒のお姫様”?」

 シリルがそう呼ぶので、それが私の呼び名だと思っていたけど、“黒のお姫様”ではなく”黒の姫”って言わないといけないらしかった。まだまだ覚えてないことは多そうだ。

「あの人は誰?さっき私に話しかけた大きな男の人よ」

「あの方が陛下です。この国の王様でいらっしゃられます」

 “陛下”は名前ではなかったらしい。あれが王様なのか。後宮なのだから、ここに入ってくる男は陛下だけなのかもしれない。そういえば、豪華な衣装だった。白地に様々な色の糸で刺繍が施された上着を着ていた。にこりともしない顔には、何の表情もうかんでおらず、怖い人のように思えた。


 夕食後、陛下が部屋までやってきた。

「献上時の資料に、お前の名は記されていなかった。お前にはナファフィステアの名を与える。今後はそう名乗るがよい」

 部屋にある椅子に座り、感情をまるで出さない表情で、陛下が言う。

「ナファ…?」

 言葉を勉強中だって、昼に言ったのを聞いてなかったのか?そんな発音の言葉を一発で聞き取れるとでも思うのか。私は日本語しか話せないんだから、外国語は非常に聞き取りにくいんだよっ。と思ったのが、顔に出ているのだろう。不満顔で、陛下を見る。

「不満なようだな」

 陛下の顔は、変わってないように見えるが、不機嫌になったようだ。やや声が低く感じられるから、たぶん。

「その名は、難しいです。もう一回言ってください」

「ナファフィステア、が難しいのか?」

「早すぎます。もう少し、ゆっくり発音してください」

「ナファフィステア」

 陛下が、ややゆっくりと発音してくれた。その口元をじーっと見つめる。こちらでは、舌とか使って発音するから日本人には難しい、はずだ(きっと私だけじゃないと思いたい)。

「ナファ、フィ、ス、テア」

 とりあえず、発音してみる。自分の発音がカタカナになっている自覚はある。が、そのうち発音できるようになるだろう。紙とペンを持って陛下のそばに寄る。それを差し出し、

「綴りを書いてください」

 と言った。陛下は、私の行動をジッと見るだけでなかなか動かない。聞こえなかったのか、私の言葉が通じなかったのかと思って、再度促す。

「私の名を、この紙に書いてください」

 ようやく私から紙とペンに視線を落とし、手にした。ペンはもちろんインクをつけないと書けないので、インクの入った小さな壺の蓋を開け、陛下がペン先を入れられるように差し出した。陛下の手が紙に文字を綴る。それは筆記体のように文字がつながっていて、何が書いてあるのか、まるで分らなかった。シリルに見せれば、なんの文字がかかれているのかわかるかもしれないと、ぼんやり思っていると。陛下は紙を裏返し、私を見て問いかける。

「これは、何だ?」

「ここの地図です。私の知っているところだけですが」

 この後宮内の地図を書いている紙を、陛下に差し出していたのだ。迷子にならないようにと、また、他の美女たちと極力遭遇しないようにと、後宮内の建物や庭や厨房などの部屋の配置を書いている。重宝するので、引出の一番上にしまっている。この紙を間違っても捨てることはないから、それに書いてもらおうと思ったのだ。

「それを、どうするのだ?」

 幾分、陛下の声がくぐもっている。

「便利でしょう?ここにきてすぐに、シリルに欲しいと言ったんですが、もらえなかったので、自分で書いたんです」

 紙を受け取ろうとすると、陛下は目の前で破りはじめた。

「何をするんですか!」

 紙を取り戻そうとしたが、陛下に片手で強く鎖骨のあたりを押され、後ろに転んでしまった。

「お前は、これを、誰に渡すつもりだった?」

「誰かに渡す予定はありません」

「お前は、何処の国のものだ?」

 どうやら地図は非常にまずいものであることが、わかってきた。もしかしたら、スパイ容疑とか、そういうことなのだろうか。

「ここは入り組んだ造りになっているので、地図を描いただけです」

「地図は必要ない。なぜ描く?」

「迷子になります」

「どこにでも女官が案内する。お前が覚える必要はない」

「だから、地図を描いた私は、悪い人、なのですか?」

 スパイに該当する単語を知らなくて、とりあえず悪い人と言ってみた。

「地図を描くな。今回は見逃すが、不審な行動をすれば子供といえど容赦はしない」

 と、陛下に言われたが、実際には、よくわからない言葉がいくつもあり、最初は何を言われたのか意味がわからなかった。

「“不審な行動”と“容赦しない”がわかりません。どんな意味ですか?」

 という問いかけに、最初は強い口調で何かきついことを言っていたようだが、いくつかの言葉の後、意味を説明してくれた。ようやく内容を理解して、答えた。

「どういう行動が不審なのか、教えてください。あ、紙に書いてください。たくさんあるなら、覚えられないから。それから、陛下の話言葉は、私には難しい単語が多いです。今度話をするときは、説明してくれる人を連れてきてください」

 この部屋にはシリルはいない。陛下と2人きりなのである。たいてい、シリルが傍にいて、厨房の人とかと話をして、わからない言葉があれば全て説明してもらっていた。今日は、部屋にくるなり陛下がシリルを下げさせたので、こんなことになってしまったのだ。

「まだ、言葉の勉強が足りぬようだな」

 ため息交じりに陛下がそう言った。今頃気が付いたのか?最初にそう言ったはずだけど、忘れられていたようだ。

「教師を付ける。明日から勉強するように」

 そう言い残し、陛下は部屋から出て行った。まぁ、シリルとは会話をしながら、少しずつ言葉を覚えたけど、シリルの仕事の合間にだけだ。辞書でもあれば違うんだろうが。それにしても、私のことをスパイかなにかだと思っているだろうに、教師を付けてくれるとは。王様は、愛想は悪いが、案外、いい人なのかもしれない。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆押していただけると朝野が喜びます→
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ