第18話
ここから主人公視点にもどります。視点が変わっても、時間はそのまま進みます。
朝というか昼、やっとベッドから起き上がり、食事をした。誰かさんのせいで、全身がだるく動くのが億劫だ。起きると、新たに部屋へ騎士カウンゼルとボルグ、そして女官姿のヤンジーが挨拶にきた。似合うな、ヤンジー。すっかり美女に変身して、見違えてしまった。ヤンジーではなく、今は、リリアだそうだ。ジロとチャロに三人を覚えさせる。リリアから、明日から王宮に住む部屋を用意しておくので、今日は引っ越し準備をするとの説明を受けた。後宮よりも、警備がしやすいという理由で引っ越すことになったらしい。誰が行くものか陛下のバカバカばーか、と思いながら黙って説明を聞き流した。今日は身体がだるいからと、部屋に籠ることにする。女装女官リリアには、外の街の話をしてもらいながら、部屋でお茶などの世話をしてもらった。
「黒の姫君、あまりにも、行儀が悪過ぎませんか?庶民でも、しないですよ?」
ソファーを背に絨毯に直に座っていることを指しているようだ。
「いいじゃない。私の国では土足じゃなかったから、椅子に座らず足を伸ばすのは普通だったんだもん。あ、その印から入ってこないで。こっちは土足禁止よ、汚れるから」
そう言って、靴を脱いだ足先をプラプラ降って見せる。と、真っ赤になって怒られた。
「婦女子が足を見せるなど、破廉恥なことをなさってはいけません」
かなり恐い迫力で。靴下履いた足先見せたくらいで、破廉恥って。夜会の胸の谷間を見せまくるドレスの方がよっぽど破廉恥だと思う。でも、とりあえず、反論はやめておこう。小言がひどくなる。足先をドレスの裾で隠した。リリアの相手をやめ、手元の小刀で武器もどきを仕上げる。
「黒の姫君、何を作ってらっしゃるのですか?」
リリアが不思議そうに見てくる。
「刺又よ。暴漢に襲われそうになったときに、差し押さえるのに使うの。私は小さいから、相手の手の届く距離に入ったら攻撃するより先に攻撃されてしまうでしょ?」
棒の先が二つに分かれた杖のような刺又を、ひょいとリリアに向ける。
「攻撃を受けるって…」
「陛下を押さえることは出来なくても、逃げる隙はできるだろうし」
「恐れ多くも陛下にそれを向けてはいけません」
青ざめ引きつった顔でリリアが見てくる。腕力ではかなわないんだから、飛び道具は必要でしょ。さすがに、こっちから攻撃には使わないわよ。使う練習もまだだし。ということで、練習相手になってもらう。
「ぐえっ」
うっかり喉に当たってしまった。
「ごめんごめん。でも、喉元だと、結構、効果的ね」
「絶対に陛下には向けないでくださいね。激怒なさいますよ。私もこれを知ってたなんて知られたら、牢屋行きです」
がっくりしているリリア、さりげに女らしい所作だ。芸が細かい。
そうこうしているうちに、手紙が届けられた。短い文が書かれている。
『3時に赤の庭園で アルフレド』
いよいよ来たか。
「陛下がお呼びみたい、リリア、一緒に来て」
刺又を腰にぶら下げ、犬達をリードに繋ぐ。シリルが慌てて言う。
「陛下にお会いになるのに、犬達を連れて行かれるのですか?それに、お供でしたら、私が」
シリルはジロジロとリリアを見ている。朝から、シリルはリリアにいい顔をしない。胡散臭いと思っている態度を隠さないのだ。女装男だから、胡散臭いのは当然だけど。
「大丈夫、シリルはボルグと一緒に留守番してて。誰も中には入れないように」
「承知致しました。いってらっしゃいませ」
ジロとチャロを連れて、赤の庭園へ行く。少し時間が早いので、庭園の四阿をチェックする。六つの柱に屋根がついただけの円形の簡単な作りだ。半径3~4mくらいで、中央に小さなテーブルと背もたれのない椅子が六脚置かれている。そこで待っていると、女官二人を連れたもう一人の妃がやってきた。テーブル下に、ジロとチャロを待たせ、四阿を出てゆっくりと妃へ向かって歩く。リリアは、うつむき気味に後ろをついてくる。
2mほどの距離をおいて立ち止まり、妃に向かって声をかける。
「ここで、陛下と待ち合わせしているんです。外していただけませんか?」
「私も陛下に呼ばれて、ここへ来ましたの」
そう言いながら、妃は近寄ってくる。さっきから不自然にショールを腕にかけ両手を隠したまま。そりゃ、おかしいって。近寄ってくる妃との距離を保つよう後ろに下がり、腰の刺又を手に掴む。歩いては距離が縮まらないと思ったのか、妃は私にむかって勢いよく飛び掛かるように近づき、右手を伸ばしてくる。私は右手に持った刺又で、彼女の手を振り払う。ショールが滑り落ち、彼女の手に握られていたであろう刃物が、日の光にキラキラと反射しながら、放物線を描いて落ちていく。
「ジロ、チャロっ」
「エリディアナ妃っ」
私が呼ぶ声と、妃の女官達の声。ジロとチャロがかけてくる。すぐに、犬達は私のそばにより、女性達に向かって吠えて威嚇する。リリアは、刃物を真っ先に拾いあげている。離れて見ていたカウンゼルもすぐさまかけよってくる。妃の女官達が、私から妃をかばうように立つ。
全てが、あっという間のことだった。
「エリディアナ妃になんということをなさるのですか」
女官がそう言う。
「エリディアナ妃のお命を狙おうとは、はやく、この者を捕らえてください」
もう一人の女官が、カウンゼルに向かって訴える。目の前で、何が起こったか、彼女達は知っていたはずなのに。
「このナイフは、エリディアナ妃の手から落ちたと思いますが」
そう言って、ナイフを片手にリリアが側にきた。リリアが慎重に持っている刃物の先は濡れているようで、毒が塗ってあるのだろうと思われる。女官達が、リリアを見て、驚く。
「そのナイフは、私の部屋で使っているものだわ。ここにいるのが、シリルなら、そのナイフをエリディアナ妃が持っていなかったことに、同意する、ということなのね」
罠だろうと思っていたから、リリアを連れてきたが、シリルが妃達と共謀していたとは思ってなかった。シリルも後宮勤務が長いのだから、いろいろな柵も思いもあるのだろう。
「その女が、エリディアナ妃をここへ呼び出し、そのナイフで殺そうとしたのです」
「そうです。恐ろしいことを。その女官もきっとグルなのですわ。騎士様は、誰の言葉が正しいか、よくおわかりのはずですわね」
青ざめたエリディアナ妃を支えるようにして、二人の女官がわめきたてる。妃は無言のまま顔をそむけている。
「ここまで後宮に残ってこれたのに。前の事件で懲りなかったのね」
つい、私の口からこぼれる。
騒ぎと、カウンゼルの呼ぶ声で、警備のものが取り囲む。後宮入口から、男の騎士達がやってくる。
女官達は、自分達は悪くない、私が悪いのだと口々に訴えていたが、おそらくこのために私の警備をしていた女装女官リリアが全てを見ていたのだから、悪あがきをすればするほど状況は悪くなっていく。わざわざ、それを教えようとは思えない。
騎士達は、妃と一緒に彼女達を連れて行った。彼女達と、シリルも、妃の屋敷に軟禁し取り調べを受けるらしい。
シリル、リリアと入れ替わりに、別の女官が部屋へやってきた。忙しい一日だったので、夕食を食べて早めに休んだ。昨晩もどこかのバカのせいで体力を削ぎとられたから、とても眠い。
ぐっすり眠っているところを、ゆり起こされそうになる。いや、起きたくない、絶対に目を開けるもんか。ベッドを転がりしつこい手から逃れるようにシーツに潜り込んだ。そのまま、温かい眠りの世界へ旅立った。




