第17話 (サイドB)
陛下視点の最終話です。
今夜の舞踏会は、大成功だった。参加していた人々には、彼女を大事にしていることを印象付けることができただろう。毎回、舞踏会には彼女を伴うことにしよう。今夜のように、時々二人きりになれれば、もっと関係を進められる。彼女も、抵抗しなかったからには、嫌悪までは感じなかったのだろう。たぶん、おそらく。少しずつ触れるのに慣れさせていけばいい。すでに、余の顔は覚えて、側にいることにも慣れてきているのだから。お茶では向かい合って座るため、距離が縮まらない。今後は、王宮の西庭園を散歩することにしよう。一緒にダンスの練習をするのもよいかもしれない。
翌日、やはり貴族と令嬢達は諦めなかった。しぶとく、後宮入りを要請してくる。王宮の情報が知れるものであれば、王が後宮へ訪れていないのだから、諦めはしないだろう。だが、勝手にすればよい。後宮入りを、許しはしない。前の事件のせいで、貴族の勢力構成図はすっかり変わってしまった。妃候補になれなければ舞台へ上がれない。現在の妃に取り入ろうとする貴族は誰なのか。既に二人のどちらにも接触は開始されている。彼女もそれには慎重になっていた。他者には、一切応じない。今は、贈り物すら配達をしないように申し付けている。後宮入口をすり抜けて配達しようとした時、彼女は犬を嗾けて騒ぎを起こし、後宮の警備員を呼びつけた。後宮の入口に立つ者へ賄賂を渡し、すり抜けたことが発覚した。贈り物は宝石であったが、彼女の言い分が守られなかった事実は大きい。妃二人の身辺警備は増やされた。後宮に二人しかいないということは、残った妃を押す者、または、新たに後宮入りしたい者にとって、彼女は濡れ衣を着せるに最適な人物であるのだから。
「そろそろ、後宮を出られないかな」
ある日、彼女と王宮の西庭園を歩きながら、彼女がポツリと漏らした。まだ前の舞踏会から2週間しか経っていない。だが、何となく感じるものがあるのだろう。彼女か、もう一人の妃か、どちらかに何かが起こりそうな状況に。後宮には、二人の妃しかいないといっても、実際には、多くの者が働いているのだ。みな、これからどうなるのか、関心があって当然だ。彼女ともう一人の妃のどちらかが王妃になるという噂や、もうすぐ王妃候補の女性が後宮入りするという噂。特に今一番の噂は、彼女がもう一人の妃の命を狙っているという噂だ。後宮内ではまことしやかに囁かれている。そのため、彼女に向けられる眼は、大半が好意的なものではない。今までも好意的ではなかったが、どちらかというと、妃達の方が話題になりやすく、前回の後宮の事件の時、加害者として彼女の名前が上げられたが、注目されたのは短い間のことだった。他の煌びやかな存在であった女性が転落する、転落させられる話の方が、面白おかしく語られたのだ。今は二人しか妃がいない。彼女は、この国の貴族ではなく、この国に後ろ盾がないため、恰好の悪役としてやり玉にあがる。行儀が悪い育ちの悪い娘、他の貴族令嬢達への礼儀(挨拶から手土産など)を知らない教育を受けてもいない娘、王に身体を使って振り向かせたもののすぐに飽きられた不器量な娘。上げればきりがない。
「ナファフィステア」
あれから、はじめて名を呼ぶ。もっとゆっくり時間を掛けて関係を構築していきたかったが、そうもいかないようだ。全ては、彼女がそこに有ることが前提なのだから。名を呼ばれた彼女は不機嫌そうな顔をする。何を言おうとしているのか、承知しているのだろう。
「今夜は、お前のところで眠りたい」
「歓迎しないわ」
歓迎しないという言葉通り、彼女は余をソファーに寝かせようとした。
「ソファーなぞ、小さすぎて横になれるわけがなかろう!」
「一緒にベッドに入っても、何もしない?」
この部屋に入った段階で、そんなこと誓えるわけがない。久しぶりだというのに、突然襲いかからないだけでも、十分誉めて欲しい。
「痛いといったら、やめる」
「それこそ無理でしょ?」
風呂上りの夜着姿で目の前に立ち、拗ねたようすで唇を尖らせて上目遣い。目が彼女の首筋にいってしまう。過去に何度もその感触を味わったのだ、思い出そうとしただけで、全身の体温が一気に上がった気がする。視線はそのまま胸元へ降りていき。気がつけば、彼女をベットへ押し倒し唇が彼女の耳から首筋へ這っていた。彼女は、バタバタと手で余の胸を叩きながら「止めて、止めて」と喚いていた。彼女をベットに押し倒したまま、彼女の顔の横に腕を付き、覆いかぶさる態勢で彼女を上から見下ろす。彼女の目尻に涙が滲んでいた。
「済まぬ、ナファフィステア」
彼女の額に瞼に目元に唇を落す。口にした謝罪の言葉は、何の意味も成さないと知ってはいたが。
「お前が、欲しい」
彼女の言葉を奪うように唇を塞ぐ。今止めて欲しいと言われても、もう止まれない。だから、そんな言葉がもれないように塞いでしまう。彼女が抵抗できないように、何も考えられなくなるように、彼女の熱を高めていくことだけに集中する。彼女がしだいに抵抗をゆるめ、余を叩いていた手は動かなくなる。その顔を覗き込むと、頬へゆっくり手をのばされ、許可されたことを知る。身体の力を抜き、全てを委ねた彼女は、どこも滑らかに柔らかく熱い。こんなふうに、身を委ねる彼女ははじめてで、吐息も悲鳴のような掠れた声も、瞼からこぼれる涙にも、全てに煽られる。もう無理と言う彼女に、何度も火を灯し掻き立てた。収まらない己の熱を鎮めるために、何度でも。
明け方、王宮の部屋に戻った。後宮には女騎士のみを配置していたが、カウンゼルとボルグを彼女の警備につける。それから彼女が街へ出た時の騎士を、女装した女官姿で彼女の警備にあたらせ、明日には彼女を王宮へ住まわせる手配をする。今日は長い一日になりそうだ。彼女の側にいられないことが、彼女を直接守れないことが、これほど歯痒いとは。




