第16話 (サイドB)
まだ陛下視点です
次の舞踏会では、遅くに登場した彼女の腕を取り、どこへでも連れまわした。彼女は取り澄ました様子で傍にいる。貴族女性の中で一番人気の高い放蕩貴族と名高い従弟が、愛想よく彼女に話しかけたときは、つい睨み付けてしまった。
「黒の姫君、わたしと踊っていただけませんか?せっかくの舞踏会なのですから、楽しまないと。陛下のお側では窮屈でしょう」
再び、やってきた従弟が彼女に声をかけたが、彼女はちらりとこちらに目を向けてくる。どうやら、これは誰なんだろう、と目で問うているようだ。まさか、彼の笑顔に落ちない女性はいないとまで言われた男が、記憶に残らないとは。内心、笑いが止まらないが、表には出さない。
「余の従弟のドーリンガー卿と、踊ってくるか?」
わざわざ名前を強調するように、彼女に尋ねる。そうしながら、従弟を見ると、驚いた顔で余を見返してくる。意味が分かったようだ、彼女が彼を覚えていないことを。
「ごめんなさい、ドーリンガー卿。ダンスは苦手なの」
「では、少し外の風にあたりませんか?頬が赤くなっておられる」
断る彼女に、従弟は食い下がる。覚えられていなかったことが、彼の自尊心を傷つけたのかもしれない。彼女の気を引くように、思わせ振りな眼差しを彼女に向ける。彼女はどうしようかと思っている様子だが、彼を気にしている様子はない。従弟の微笑みを前にすれば、大抵の女性は頬を染めるのだが、彼女の彼に向ける視線からは何も感じられない。見慣れた風景を見ているときと同じなのだ。
「そうだな、人に囲まれていたゆえ、熱くなったか。少し外で涼むか?」
そう尋ねると、彼女は首を縦に振る。従弟の前で、彼女を連れ去るのは、なかなかいい気分だ。いつも他人にしていることを、自分も味わってみればいい。従弟は、母である前王妃の実家の跡継ぎ息子で、何をやっても許される美貌をもっているため、今回のように鼻っ柱をへし折られる機会はそうない。わがままなところのある男だ、少しくらいは悔しい思いをすればいい。
彼女を連れて舞踏会場から外へ出て、前庭の噴水まで歩く。
「ダンスは苦手なのか?」
そう尋ねると、返事が返ってこない。どうしたのかと、立ち止って彼女を見下ろす。が、闇夜でもあるし、背の低い彼女が思いっきり上を向かないと表情を見ることは出来ない。
「実は、ね、苦手って言うより、踊れない、の」
彼女が上を見上げる、その表情は、見覚えがある、気がする。
「踊れ、ない?」
「マナー教育、あんまり好きじゃなくって。ダンス覚えてないの~」
以前に何度か彼女の部屋で見た笑顔に似ている。もしかして、これは、笑って誤魔化してしまおうとしている顔、か。これに、騙された、と思ったのか?確かに笑ってはいるが、これに?一体どんな間違いで、これを見て、従順な女だなどと誤解することになったんだ。彼女はにっこりと作った笑顔で首を右に傾げて見上げてくる。確かに可愛らしい態度をしてはいるが、顔だけでなく、指の先まで、全身で、“まるで反省していません”と表現しているではないか。信じられなかった。その後の葛藤は、一体。己の間抜けさに眩暈がしそうだった。
「もう一度、マナー教育をやり直すか」
ため息交じりに言うと、反論が返ってくる。
「前のマナーの先生はやめて。すっごく感じ悪かったんだから」
「お前がマナー教育を嫌がったからじゃないのか?」
「違うわよ。あの先生、酷かったんだから。ちょっとでも間違おうものなら、すぐにお尻ぶったり背中を棒で叩いたりするのよ。子供は痛みと一緒に教え込まないと、とか言って。犬の躾かっての」
あの女、体罰を行っていたとは。だから、彼女の部屋を訪れなくなってすぐにマナー教育を受けなくなったのか。もっと早くに気が付いていれば。
「すまない。気付かなかった」
そう言って彼女を抱き寄せ、腕に抱く。時々彼女に会うことが出来ても、彼女に触れることはなかった。なのに、今夜はずっと腕に彼女の手を感じていた。斜め上から見る彼女の首筋や、いつもより肌が露出した肩や胸元。触れたくてたまらなかったのだ。言葉は謝っているのに、行動は別物だ。慰めるつもりで伸びた腕は、正直に動いた。怖がらせないように、彼女の背中に手で軽く触れ、だが、彼女を引き寄せてしまう。彼女が動かないのをいいことに、髪をなでる。ほんの少しだけ服越しに感じる彼女の体温。彼女の頭にキスを落とし、身を離す。
「戻ろう」
彼女を連れて、舞踏会場へ戻った。




