第15話 (サイドB)
陛下視点です
彼女は「絶対に嫌だから」という言葉を残して部屋から出て行った。
だが、部屋に残された方は、顔が弛んでいるのがわかる。表情を隠すことなどできそうにない。もう一度、最初からやり直せたらと、何度も思った。この半年、ずっと彼女を見つめてきたのだ、間接的に。彼女のことは、知っていたつもりだった。だが、直接会う彼女にはかなわない。報告書の文字から想像していた彼女とはまるで違う。嬉しくてたまらない。やり直すのではなく、これから彼女との関係を築いていけるのだから。
それから、度々、彼女をお茶に誘った。彼女は、珍しいお菓子が大好きなのだ。他の妃がよく欲しがっていた宝石についてはどう思っているのか、彼女に尋ねた。以前、彼女に贈ったときに、どう思ったのか。
「宝石も好きよ、お金になるし」
「それなら、宝石よりもお金の方がよいのか?」
「お金だと嵩張っちゃうから、後宮にいる間は宝石の方がいいな。外で暮らすようになったら、お金の方がいいわね。すぐに使えるから」
そうか。以前、宝石で喜んだのは、持ち運びの簡単な財産だと思ったからだとは。金の価値を考えるからには、他の妃達と違って、彼女は生まれも育ちも庶民なのだろう。さすがに、使用人が何人もいるここでそんなことは話題にはしない。だが、外で暮らすようになったら、という言葉はどういう意味なのだろう。
「外で暮らすとは。ここを出て、行きたいところでもあるのか?」
あまり嬉しくはない話だが、知っておいた方がいい。一度は、彼女が望むなら解放してもいいと思った。だが、今更、彼女を手放す気はない。ここから出たいと思わせないためにも、手を尽くさなければならない。
「もうすぐ、残りの妃のうちの一人が、実家に帰るのでしょ?私も、どこかに下賜されるか、外で暮らすようになるのかなと思って。贈り元の隣国へは返さないでね。言葉がわからなくて、また困るから」
そう、もうすぐ妃の一人が実家に帰る予定だ。残りの妃は、前回の事件で罪を問われて既に実家がない。
「お前はずっとここにいればよい。悪くはなかろう?」
「そうだけど」
「もう妃の屋敷も一人しかいなくなる。お前も住処を移してはどうだ?」
「やめておくわ。どんな罠が仕掛けられるかわからないような環境に身をおきたくないもの。残った妃も、一人なら安心して暮らせるでしょ?」
命の危険を感じる環境か、警備を厳しくするから大丈夫だと言ったところで、安心はできないだろう。いつも誰かが毒を盛ろうと画策していたところなのだから。
「何?」
彼女が、じっと見られていることに気が付いて、カップから顔を上げて、問いかけてくる。
「また、舞踏会を開くのだが、参加してくれるか?」
この数週間で、王が彼女を特別扱いしていることは、王宮中に知れ渡っている。もちろん、世間にも、黒の姫の話が出回るようになった。舞踏会では、始終彼女を傍において、後宮入りを望む貴族連中に見せつける計画だ。
「また見世物になるの?まあ、そのくらいは仕方ないか。いつ?」
何が仕方ないのか?この点は、知らない方がいいようだ。参加してくれるのは嬉しいが、その理由はたぶん嬉しくない内容だと察する。ので、深く追求するまい。
「1週間後だ」
「前と同じドレスでいい?」
同じドレスを連続で舞踏会に着て参加するなど、妃としてどうなのだ?年頃の若い女性として、着飾りたいと思わないのか?
「余がエスコートするから、新しいドレスがよい」
「新しいドレス?前と違うドレスに見えればいいんだから、別の色に染めなおしてリメイクすればいいんじゃない?」
「リメイクするのもよいが、今後、何度も舞踏会があるのだから、2~3着作っておいた方がよい」
「はーっ。わかった。この前の仕立て屋を呼んで。まとめて2~3着たのんどく」
ものすごく嫌そうに答える。ここまでドレスを仕立てるのを嫌がるとは。以前、宝石に似合うドレスをねだったのは、本当に大嘘だったのか。今でも嘘をつかれたのは色々な意味で悔しいと思うが、そのために彼女も嫌なことを我慢して笑顔を作っていたのかと思うと、おかしな感じだ。もしも、今、あのときの彼女の表情を見たら、どう思うだろう。よく思い出せないが、案外、引きつった笑顔だったのかもしれない。




