第14話 (サイドB)
陛下視点の話、続きます。
午後、彼女をお茶に誘った。何度も顔を合わせていれば、余の顔もすぐに覚えられるはずだ。それに、後宮の外に出る機会がない彼女にとって、王の休憩の間へ来ることもまた楽しいのではないかと思ったのだ。昨夜の舞踏会でキョロキョロと興味深げに見まわしていた様子だったから。
「御機嫌よう、陛下」
彼女は上機嫌でやってきた。思った通り、あちこち気になるのだろう。口では挨拶をしているが、王のことはそっちのけで、部屋のあちこちに視線が彷徨っている。しかも、その挨拶は、王への挨拶としてあまりにも気軽すぎる。マナー教育をもう一度受けさせるべきか。そう思いながらも、顔が綻びそうになる。驚いた顔をしている女官など他の者達を部屋から下げさせる。警備する騎士2人を除いて。
「黒の姫は、マナーの勉強は嫌いだったか?」
苦笑しながら彼女に声をかけると、嫌そうな顔をして返事が返ってきた。
「ごめんなさい。儀礼的なことが他の人に見せるために必要なことは、わかっているのよ。でも、面倒で忘れてしまうの」
あっけらかんとした口調で、お茶とお菓子を載せたワゴンを見つけると、お茶を入れ始める。
「昨日はごめんなさい。左手を差し出しちゃったりして」
舞踏会場に入ったときのことだ。彼女が、その手にキスすることを拒んだのは、当然のことだ。だが、それを無視した。他の者へのプライドもあった。
「ごめんなさい。左手にそんな意味があるとは知らなかったの。確かにマナーは勉強しないといけないかも」
拒んだのではなく、知らなかったという。それはそれで、問題だ。しかし、彼女の意思を無視したことが気になっていたので、思わず苦笑してしまう。
「それにしても、陛下、最近どうかしたの?」
「どうかした、とは?」
「昔は威張り散らしていたのに、すっかり穏やかになっちゃったじゃない。この前、一緒に散歩したときは、別人だと思ったわ」
言葉の内容はともかくとして、彼女のとても気さくな態度に、驚く。高圧的に出なければ、もっと早くに彼女のこういう面を知ることができたのだろう。だが、逃げるほど嫌だった男に、どうしてそんなに気軽に話しかけられるのか。
「お前には、酷いことをしたと思ったのだ。ここの後宮へ来たのは、望んでいたことではないのであろう?」
彼女がお茶を入れたカップを手渡してくる。
「そうね。望んだことではないけど、3食昼寝付きだから、悪いところではないわ」
彼女の返事は、予想を超えていた。“3食昼寝付き”なら、どこでも悪いところではないとみなす、その観点は、おかしいだろう。そう、言ってみると。
「でも、言葉も何にもわからなかったから、ここじゃなかったら飢え死にしてたかもしれないし。その点、ここなら、食事もあるし快適に過ごせるもの。感謝してるわ。そうそう、セグジュ先生を付けてくれてありがとう。いろいろ知ることができて助かったわ」
今頃気が付いたことだが、彼女は、かなり能天気な性格なのだろうか。何か月も、罪悪感で彼女に近づけなかったというのに。いや、罪が許されるわけではないのだが。
「セグジュもお前の国の話がきけて、楽しんでいたようだ」
「先生はさすがに知識人だから、知らないことには興味津々みたいだったもの」
「ところで、後宮のことなのだが」
「ああ、昨日、美人にきいたわ。また入るんですって?今度はもうちょっと性格がいい人にして欲しいんだけど」
彼女は自分のお茶の入ったカップとお菓子の入った皿をテーブルにおき、ソファーに腰かけてお茶をすすりながら、そう言った。明日のお菓子はジンジャークッキーがいいんだけど、のノリである。
「後宮に人を入れる予定はない。この前で懲りた」
「でも、あと2人しかいなくなっちゃったから、陛下が困るでしょう?」
2人が妃の人数であることはわかるが、そこに彼女自身がカウントされていないことが、寂しい。妃としての役割は果たさないと言外に言われているようだ。
「お前は、余とそういうことをするのは、嫌か? あ、いや、その、強制しようとかいうわけでは」
うっかり、本音を漏らしてしまったが、眉根を寄せた彼女の顔に、とっさに青ざめる。“子供に無理強いする最低な男”の言葉が頭に浮かぶ。またしても彼女に軽蔑されるのか。そう思っていたが。
「嫌。痛いから」
軽蔑という表情ではない。彼女は、簡潔に答えた。
「痛くなければ、かまわないのか?」
「そうね。私は恋愛体質じゃないから、別に相手にはこだわらないんだけど。痛いのは我慢ならないわ。陛下は大きすぎるから駄目。陛下は慣れるとか言ってたけど、いっつも痛かったもん。絶対だめ。もっと背が小さい人なら、大丈夫かも。セグジュ先生くらいの」
セグジュ?確かに彼はかなり身長が小さい。他の背の低い男なら、構わないだと?
「ま、待て。他の奴はやめてほしい。痛くしなければいいのだろう? 次は絶対に痛くしない」
「嫌よっ。前に何度もそう言って嘘ばっかり!」




