第12話
「ナファフィステア妃、お初にお目にかかります、ゾイエグルドのセシリアンナと申します」
これはまた美しいお嬢様が、私の前で挨拶をする。その目は、自信に溢れている。私を見て、楽勝だと思っているのがありありとわかる。それは、以前いた妃たちが私を見ていた目に似ていた。
「まさか、陛下のキス(祝福)をお断りになるとは思いませんでしたわ。陛下に左手を差し出すなんて。まあ、お心のひろい陛下ですから、ナファフィステア妃の無礼を咎めたりは、なさられなかったようですが」
お嬢様の言葉に、つい目を見張ってしまった。左手を差し出すのは、手へキスするのを許さない意味があるの?階段を降りたとき、陛下が左側に立っていたものだから、ついそちらの手を差し出してしまった。階段を降りかけた姿勢のまま。かなり、王様に対して、ひどい態度をとってしまったことになる。あのとき、周囲が驚いていたのは、そういう意味だったのだ。
「わたくし、近々、後宮へ上がることになりますの。その時には、仲良くして頂きたいですわ」
陛下には後で謝罪文を送っておくべきかと悩んでいる私を余所に、話を続ける。彼女が以前の妃たちと同じ目で見る理由がわかった。競争相手を見に来て、これなら相手にするまでもない、といったところなのだろう。
「そのような不確かな噂を黒の姫君のお耳に入れるなどと、失礼ではありませんか」
すぐ斜め前に立つ騎士カウンゼルは、お嬢様に向かって厳しい声をかける。だが、セシリアンナ嬢は、言うことを聞くどころか、ちらりと流し目で見やると。
「ひかえなさい」
と一言。かなり位の高いお嬢様なのだろう。この舞踏会で私を警備しているのだから、カウンゼルもボルグもそれなりの地位だと思うのだが、まるで使用人相手であるかのような彼女の態度。これほど自信満々なのは、見ていて面白いかもしれない。私に何もしないのならば。よく見ると、まだ、かなり若いようだ。16~17歳くらい、以前の妃達より随分と若い。こういった年頃のニューフェースがこれから後宮を賑わすのかもしれない。後宮も世代交代するのだろう。
「後宮は今すっかり人数が減ってしまっています。今後、あなた以外にも、何人もの女性が入るでしょう。その方々と仲良くしてください。私は他人を覚えるのが苦手なので、次に会っても…」
その言葉に、余裕の笑顔を浮かべていたお嬢様の顔が、強張った。やはり、正直に言いすぎたのか。後宮にくるような美人は、本当にみんな整っているし、流行の髪型にするので、個々の特徴が掴みにくい。いっそ、どこか崩れていたり愛嬌がある顔の方とか、ファッションに拘りがあって個性的とかの方が覚えやすい。彼女は睨み付けるような目をして引き下がっていった。
「後宮に、またお嬢様方が入ってくるのは、いつごろなの?」
騎士カウンゼルに問いかけると、焦ったような声で答えた。
「そのようなことはただの噂です。あのような戯言はお忘れください」
「そうです。思い上がった小娘の言葉を、姫君がお気になさる必要はありません」
斜め後ろに立つ騎士ボルグも言う。思い上がった小娘って、美人だったのに。騎士達を軽んじた彼女の態度が、気に食わなかったのかもしれない。
彼女のほかにも2~3人、同じように私を見に美しい女性がやってきた。挨拶しつつ私を近くで見、見下したような目を向けてくるのだ。彼女のように、後宮へ入ると言ったわけではないが、やる気満々な様子がうかがえる。この舞踏会は、美しい女性達に後宮へ入ることを決意させているようだ。今なら、競争相手が少ないのだから。やってきたのは、みな美しい若い女性だったが、途中から区別がつかなくなった。初めましてと言われるから、初対面だとわかったが、2度目に声をかけられたら、絶対にわからない。
「カウンゼル、ちょっと相談があるんだけど」
「何でございますか」
「今までは、皆、初めて声をかけてきたから、名乗ってくれたんだけど。次に声をかけてくるときには、名乗ってくれないわよね?」
騎士カウンゼルは、ジッと見かえしてくる。カウンゼルはやや垂れ目で鼻が大きい、ボルグは細面で、二人とも比較的覚えやすい顔だった。まぁ、外出した時に何時間も一緒にいたのだから。
「だからね、カウンゼルとボルグはわかるんだけど、他の人は、覚えられなくて。みんな似ているから」
「似て、ますか?」
「金髪で、薄い眼の色で、目鼻立ちが整っている人が多いでしょ?王様みたいに特別目立つ服を着ていてくれればわかるんだけど。話しかけられても、名前間違ったりしたら失礼でしょう?なんとかならないかな」
「本日は名乗らないものなどおりませんし、名乗らない場合は私が紹介いたしますので。ご心配なさることはありません」
「ありがとう。お願いね」




