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第10話 (サイドB)

暗い陛下視点はここまでです。やっと第7話時点から進めます。今回は、少し話が長めです。

 その夜、報告書には、ドレスや宝石を金に換えて喜んだ様子や、その金でお昼を食べたり、お菓子を買って帰ったことが書かれてあった。どうやら、つけで支払うことを知らないのではないかとの記述もあった。お菓子の袋をいくつも抱えて嬉しそうに帰る様子は、報告する者にも微笑ましく映ったのだろう。文章ににじみ出ている。これを読んでどんなに嬉しかったことか。後宮から逃げたいとは思っていないかもしれない。彼女に対して、初めて見つけた明るい可能性だった。


 翌日、意を決して、彼女を訪ねた。昨日の今日なら、まだ上機嫌であるかもしれないと踏んでの行動だ。だが、本当は、会いたかっただけだった。何かの理由をつけて。今までも、直接会って、本当の彼女の気持ちを聞きたいと思っていた。だが、同時に、嫌悪露わに罵られることが、恐ろしくもあった。罵られるならまだしも、笑顔で全てを隠すことの可能性の方が高いのかもしれない。

 後宮での暗い出来事を払拭するように、王宮で舞踏会を盛大に開くこととなった。後宮の悪い噂話をさっさと消し去り新しい話題を提供するために。その舞踏会へ出席してもらうために、彼女に会いに来た。出来れば、過去に己が犯した罪を償いたいと、伝えたい。だが、会うことが彼女の負担になるのなら会うべきではない。直前まで悩んでいたが、己を止めることはできなかった。彼女が嫌がれば、もう会わない。今回だけ、もう一度だけ。


 彼女の部屋の女官が、ドアを開けた。奥の部屋へゆっくりと足を運ぶ。そこには、ソファーにもたれて床に座り、横に座る2匹の犬をなでている彼女がいた。犬は、低い唸り声を上げこちらを威嚇していたが、彼女がなだめているようで、飛びかかってくることはない。彼女は笑顔でこう言った。

「ご機嫌よう、陛下」

 彼女が浮かべる笑みは、本物なのか、偽物なのか。いや、本物であるわけがない。なぜ本当の笑顔で迎えられたなどと一瞬でも考えたのか、己の愚かさに苦笑する。

「久しぶりだ。元気だったか」

 ぎこちなく声をかける。己の言葉をどう受け取るのか、神経を研ぎ澄まして、彼女の様子を、反応を伺う。少しでも機嫌を害することのないよう注意を払う。前のように、気軽に名を口にすることは、できなくなっていた。己が付けた、嫌悪の象徴でもあるだろう、その名は。笑顔の彼女を見ていられず、視線を外す。逸らした先のソファーには、昨日買ったのであろうお菓子の紙袋が無造作に置かれている。ソファーに袋からこぼれ出たクッキーが見える。床の彼女のそばにはお茶のカップと、ケーキでも食べていたのだろうフォークを乗せた皿がある。そういえば、彼女は犬を押さえているからと言っても、王の前で立ち上がりもせずに応答している。マナーの教師を付けたというのに、こういった行動は以前のまま。本当の彼女が、今、目の前にあることが、うれしかった。報告書を毎日読んでいるのだから知ってはいたが、セグジュの言うとおり、彼女がなにひとつ変わっていないことを、真実として理解した。嬉しい安堵が胸にこみ上げた。

「庭園を散歩しないか?」

 ここで話を続けるというのも、いささか都合が悪いだろうと、庭園に誘う。閉じられた部屋の中よりも、多くの目がある解放された空間の方がよいと思ったからだ。子供を襲う鬼畜と思われているなら、外だから無害だなどと安心したりはしないだろうが。

「いいお天気ですから、散歩には最適ですね」

 彼女の返答は、軽やかだった。ひょいと立ち上がり、犬達の首に紐をつなぎ「お散歩いくよ、お散歩」と犬に声をかけている。そして、横を通り、犬たちと共に外へ出ようとするのを、茫然と見送る。番犬たちと一緒に散歩するつもりなのだ。思わず、拳を握りしめる。エスコートすることなど許されるはずはないのに、何を期待したのだろう。手を触れるなど、これ以上近づくことも、許されるはずはない。

「行きましょう?」

 戸口で、彼女が振り返りながら声をかけてくる。あわてて彼女の後を追った。

 彼女と共に、近くの小さな庭園まで歩く。後宮内には、大庭園が2つほどあるのだが、他の妃を避けるためか小さい庭園にしか足を運ばないらしい。歩きながら、彼女に話しかける。

「お前が20歳をこえた大人だとセグジュから聞いた。遠い国の生まれで、皆小さい種族なのだと」

 話しかけたものの、彼女の様子はわからない。歩きながら話しかけたのは失敗だったと思う。左斜め横を歩く彼女は小さく、頭の上しか見えない。犬が元気に歩き、もっと早く行こうと彼女を催促している。犬達の繋がれた紐がピンとはり、彼女の体は紐にひっぱられて前のめりになっている。

 庭園について、彼女は犬達の前にしゃがみ込んで言い聞かせた。

「人に噛みついてはダメよ。陛下は特に。陛下に噛みついたら、殺されるわよ。わかっているわね?」

 そう言い聞かせると、犬達の紐をはずし「さあ、遊んでらっしゃい」と犬の尻を叩いた。2匹の犬は、庭園の中を駆け回り始めた。

 彼女の口から放たれた『陛下に噛みついたら、殺される』の言葉に茫然としていると、彼女は、庭園のベンチに座り、こちらを見上げてこう言った。

「顔色がお悪いようです。お帰りになった方がよろしいのではありませんか?」

 もう帰れと言っているのか。いや、まだ目的を達していない。立ったままというのはどうかと思ったが、彼女の横に座るわけにもいかない。なぜこんな事態になっているのか。王の許しもなく王の前で先に座るなどということは、通常ではありえないのだ、他国の王族でもないかぎり。やっと、彼女が王をただの人として対等に扱っていることに気付いた。陛下と呼ぶからといって敬っているわけではなく、それは唯の呼び方でしかない。謙るわけでもなく、見下すわけでもない。慣れない状況に戸惑う。

「いや、問題ない。後宮でいろいろ面倒事が起こったことは、知っておろう?」

 彼女の前に立ち、顔色を伺いながら問いかける。

「はい」

「おさまりはしたが、このままでは王宮の印象が悪い。そこで、王宮で舞踏会を開くことにしたのだ。お前にも、出席してもらいたい」

 敢えて問いかけにはせず、意向を伝える言い方で、彼女の様子を伺う。案の定、眉を寄せる。不機嫌とまではいかないが、よい返事はもらえそうにない。

「私が出席する必要はないと思いますが?」

 彼女は『なぜ?』と言う顔で見返してくる。妃が出席する舞踏会は、これまで何度となく開かれている。しかし、そこに彼女が参加することはなかった。出欠の確認どころか、開催されることすら彼女には伝えられなかったのだから。伝えられなかったからといって、舞踏会のことを彼女が知らなかったはずもない。今回に限って、彼女を出席させようとする理由が知りたいのだろう。

「お前は異国の姫君だ、他の妃とは違う。残っている妃は、貴族の家柄としては低く、軽んじられやすい。お前を今まで表に出したことはない。初めての披露の場となれば、華やぐだろう」

 こういう時だけ彼女を利用する酷い男だと思うだろうか。出席させることは、彼女に苦痛を与えることになるのだろうか。眉根を寄せて黙り込む彼女からの返事を、待つ。

「何もしなくてもいいのなら。愛想笑いは苦手だし、知らない人と話をするのも苦痛です」

 彼女の返答に安堵する。嘘の表情で適当な言葉を返すのではなく、嫌そうな顔で不満げに言ったそれは、正直な気持ちなのだろう。

「何もしなくてよい。したいと思ったことだけすればよい。お前は誰にも頭を下げる必要がないのだから」


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