第1話
初投稿の作品ですので、突っ込みどころ満載でもお許しいただける心の広~い方だけお読みください。
どうやら、へんなところへトリップしてしまったのかな、と気が付いたのは、ようやく言葉を覚えたころだった。既に、ここへきて1年が過ぎようとしていた。
ある冬の夜、まだ9時にもなっていない時間に、帰宅途中の住宅街の路地で、たぶん、車に跳ね飛ばされたと思う。後ろから迫ってくる眩しい車のライトに、おかしいと思って振り向いた途端、身体が宙を舞って、地面に落ちるときの衝撃に備えた。記憶にあるのは、それだけ。気が付いたら、ベッドに寝かされてた。身体には何の傷もなく。中世ヨーロッパ風の服を着た女性が、世話をしてくれた。風呂に入れてくれ、食べ物を与えられ、髪を梳いてもらった。ドアの外には、剣だの槍だのという鋭い刃物を持った男達が数人おり、どうやら監禁されているらしいと、すぐに気が付いていたが、どうすることもできなかった。英語なら通じるのではと思い、話しかけてみたが、まるでわからないようだったし、世話をする女性達は、私に愛想よくする訳ではなく意思疎通する必要性はまるで感じていないようだった。
数日後、やたらと煌びやかな衣装を着せられて、馬車に乗せられた。はじめて部屋から出たので、外を見たのはこれが初めてのことだった。馬車には外から開かないように閉じられ、馬車の周りには、騎士のような恰好をした武器と甲冑のようなものを付けた男達をのせた馬が取り囲んでいた。どうやら、大名行列のような感じで、騎士達や荷物を載せた幾つもの荷馬車が連なった大行進が、延々2週間も続けられた。見える風景は、ヨーロッパではないかと思わせた。白い雪をかぶった高い山がそびえるのが見え、その山の裾には森が広がっていた。通り過ぎる町は、石造りの家並みが多く、皆が皆、時代めいた服を着ていた。最終的に連れてこられたのが、ものすごく賑わいのある大きな街の中にある、巨大な城だった。
連れてこられて1年程になる。どうやら、私は、隣の国からの貢物として、この国の王様に進呈された珍獣のようだった。この近隣の国では、黒髪・黒瞳というのは、見たことがないらしい。珍獣は、はるか遠くから攫われてきた異国の姫君、という設定らしい。そして、ここは、王様のハーレムのような後宮というところ。7人の姫君だかお嬢様だかが住んでいて、みなさん、美女。ここの国の人はとっても大きくて、金髪で色白の人ばっかりで、みんな同じようにしか見えない。最初は言葉もわからなかったので、何人もの付き人を引き連れた物々しい美女の一行に近づかないようにしていたから、遠くから見る美女に判別がつくわけがない。
「黒のお姫様、昼食の準備ができました」
そう声をかけてくれるのは、私の世話をしてくれる年配の女官のシリルだ。部屋で文字の練習をしていた私は、食事の準備がされたテーブルへ移動した。ここの食事は、実においしい。最初は塩味のものばかりだったんだけど、片言が話せるようになった頃、甘いものとか、酸っぱいものやスパイシーなものが食べたいと訴えた。こっそりと料理場に連れて行ってもらい、直接訴えたりもした。どうやら、私のことを子供だと思っているようで、甘いお菓子や、スパイスのきいた料理なども出してもらえるようになったのだ。美味しいものが食べられて、好きな時に寝て(基本は、夜寝るけれども)、後宮の外には出られないけれど、これはこれで、なかなか快適な暮らしだと思う。
今日は、シリルに図書室へ連れて行ってもらう。最近は、文字や言葉の勉強という名目で、子供の読む童話を部屋に借りて帰っているのだ。選んだ童話を手に、部屋へ帰ろうというとき。大きな男の人が前から歩いてきた。
「何をしている」
低い声で私に向かってそう問いかけた。
「本を選んでいました」
シリルの「お姫様っ」小さい声が聞こえて横をみると、思いっきり頭を下げていた。えらい人なのかなと思い、お辞儀をしてみる。そのお辞儀が、こちらの作法にはかなってないだろうとは思ったが。
男がそのまま何も言わずジッと見てくるので「何かご用ですか?」と言ってみる。
「お前、言葉が話せるのか」
男が問いかけてくるので、答える。
「シリルのおかげで、話せるようになりました。知らない言葉が多いです。だから勉強中です」
話しかけてくる男をよくよく見ると、背が高くごっつい体をしているが、意外に整った顔立ちをしている。年齢はわからないが、35~40歳くらいか?
「名は何という?」
「“黒のお姫様”」
シリルが私を呼ぶ名称を口にすると、隣のシリルが頭を下げたまま息を飲んだのがわかった。
「お姫様は、まだ言葉をお勉強中でございます。どうかお許しくださいませ。お姫様のお名はお伺いしたことがございませんし、女官長からも知らされておりません」
あわてて口をはさむシリルに対し、
「よい。思い出した、確か、隣国からの貢物であったな。勉学に励むがよい」
男は、そう答えて、その場を後にした。