幽霊電灯
『幽霊電灯』
この言葉は、俺が小さい頃に母親が使ってた言葉だ。
幽霊電灯とは、電柱についている街灯のことだった。
老朽化をして、点滅をする街灯。
それを、母親は幽霊電灯と呼んでいた。
そして俺は、その言葉によって小さい頃は点滅する街灯が怖かった。
(当たり前だが、今は違う)
だって、そんな言葉だとほんとに出てきそうで怖いだろ?
幽霊が。
12月に差し掛かった夜。
バイトを終えて帰宅しようとしていた。
高校生の1年目、部活も入らずほとんど毎日バイトをしている。
高校はバイトを許してないが、見つからなければいいのだ。
「やっばいな。もう少し着てくればよかった」
今は10時過ぎ。
2枚Tシャツを着ているだけでバイトに向かったのが間違いだった。
今いるところは、帰り道の工場地帯だった。
大型トラックが通る理由から大きく道が作られ、遮るものは何も無い。
ただ、街灯がところどころにあり、そのいくつかは不規則な点滅を繰り返している。
そんなところを歩いているのだ。
12月の夜に。Tシャツ2枚で。
「仕方ないだろ。急いでたんだから」
誰にでもなく言い訳をする。
まあ、この工場地帯を抜けると住宅街がある。
住宅街の一番近くの家が自宅だ。
まあ、10分あればつくだろう。
歩いていると、工場の入り口の幽霊電灯が目に付いた。
誰かが立っている。
この辺りならば、比較的知り合いはいる。
だから、よく顔を見ないで頭を下げる。
「こんばんは」
そういって、通り過ぎる。
と、
「ねえ、君」
声をかけられた。
驚いたことに声の主は女性で、しかも振り返ってみると同じぐらいの年齢だった。(見た目)
比較的暗い場所のせいで一際異様に見えるその瞳。
瞳は真っ黒で、妖しく輝いているように見えた。
そして、その女の子はみんなが思うような普段着ではなく、着物だった。
点滅する街灯。
「ねえ、君ってば。こんなところにいると危ないよ?」
「え?それってどういう・・・」
時代錯誤に陥った感覚だった。
寒いのも気にならないぐらい不思議な感覚。
目の前の子は、艶のある黒髪で短く切りそろえてあり、瞳と同様妖しい雰囲気をしていた。
テレビで見る昭和の、いやそれより昔の子供のような。
それを確定するのは、俺の記憶。
ここら辺の学校ならば、それなりの人を知っているはずだが、この子は見たことが無い。
「いい?今夜は危ないよ。今日はもう外に出ない方が良いよ」
「あ、ああ。分かった。それじゃ」
質問も受けつけず、立ち去れという意味を含んだ言葉。
素直に家へと歩き出す。
なんだったんだ?ほんと時代が狂った感じだったな。
そう思いながら振り返り、思わず立ち止まる。
そこにはもう人影は無く、点滅を繰り返す『幽霊電灯』。
現実ではないと思わせるような、そんな何とも言えない感覚。
こんなこと、もう無いだろうな。
不思議とまた会ってみたいと思っていた。
胸にもやもやを持ちつつも家に向かった。
胸のもやもやが気になりのどが渇く。
ひどく甘いジュースがのみたい。
工場地帯にならば自販機はある。
『今夜は危ないよ。今日はもう外に出ない方が良いよ』
反芻される彼女の声。
この胸のもやもやは何だろう?
そう心の隅に思いながら家の中で今日を過ごす。
〜次の日〜
「あ〜っ!もう、またギリギリだよ!!」
走りながらバイトに向かう。
学校とバイト先は正反対の場所にあるのだ。
今は、西の空に日が沈みかかっている。
いつもの工場地帯を通っていく。すると
「えっ!!」
工場の一つが黒く崩れている。
周りを囲む警察が事件があったと知らせる。
思わず近くの警官に訪ねていた。
「何かあったんですか?」
「ああ、昨夜遅くにこの工場で火災が起きたらしい。まあ、電気関係が原因の事故だと思うよ。この工場の周辺も結構焼けたみたいだね。ぎりぎり住宅街までは届かなかったみたいでよかったよ。住宅地を巻き込んでたら死者が出てただろう。」
「・・・・・!!」
驚いた。
昨日の子はこのことを言っていたのか?
なんで知っていた?
あの子はいったい何者だ?
実在するのか?
俺はこの事故に巻き込まれそうになったのか?
それを止めるため?
途方も無い疑問が頭の中を縦横無尽にめぐる。
その日のバイトは集中できるはずが無かった。
バイトの帰り道、またいつもの道を通る。
焼け焦げた工場の入り口の幽霊電灯。
今日も不規則な点滅を繰り返している。
昨日の少女はここにいた。
いや、いたのか?
まあいいや。
今日はいないし、これからも姿を現さない。
不思議と確信できた。
あれは幽霊だったのか?
幽霊だとしたら過去の認識を改めよう。
幽霊は怖いものだけではない。
彼女に会うためにこの道を通ろう。
そして、一度聞いてみたい。
「君は幽霊なのか?」
優しい、優しい幽霊電灯の、幽霊なのか?
と。