ウィリスタウンの恋人達
甘い話が書きたいなー、と思って一心不乱に書き通したのですが、書き終えると、そこまで甘くなかったかもしれません。
1860年代、イギリス。
常に曇天のロンドンから、30分程馬車で駆けると、ウィリスタウンに入る。
ウィリタウンは、ロンドンとは比べものにならないほど天気が良い。ロンドンとウィリスタウンとの空の境目を探そうと子供達が上向きのまま、二つの街の境目に立っているのがとても微笑ましい。
赤レンガの敷き詰められた歩道を二つ挟んだ場所には車道があり、乗り合い馬車や辻馬車、四頭立てや二頭立ての私有の馬車が走っている。
歩道にはパラソルを開いて日光を避け、バッスルで後ろを大きく膨らませて手には手袋をした上流階級の淑女や婦人と、フロックコートにトップハットを被り、籐のステッキを手にした紳士達。
籠に花束を詰めて売り歩く花売りの娘達に、余所者に近付き有料の道案内を申し出る労働者階級の少年。
いくつも立ち並ぶ店は、喫茶店や仕立て屋、雑貨屋に貸し衣装屋。
朝には労働者階級が。昼には上流階級が。夕方から夜前には中流階級が多く、夜からは再び労働者階級が多くなる。
……それが、ウィリスタウンの日常。
*********
タッタッタッ、と、女王陛下が履いたとされるヒールの靴──を模した靴を履き、リーベル=マルフスは歩道を走っていた。ロンドンの空がどんなに雲っていようとウィリスタウンの空は毎日明るい。明るい太陽の陽射しが当たり、リーベルの明るい金髪もキラキラと呼応するかのように光っていた。
美しく輝くものに囲まれたリーベルの瞳は、対照的に明るくない──いや、暗い。
明るい、イギリス人らしい青の瞳は白い肌によく映える。普段ははつらつとした表情を浮かべるリーベルは今は、まるで日曜日の子供のよう(日曜日は教会に、説教を聞きに行ったり、礼拝しに行くのだが、子供達はとても嫌がっている)に沈んでいた。
ほほ、と笑う淑女達を恨めしげに一瞥し、リーベルはウィリスタウンで最も広いとされている公園に入った。一つだけ空いているベンチを見付けると、素早く走り寄って中心に座る。
一定の速度を保って走っていたリーベルがいきなり速度を上げ、後方を歩いていた紳士がビクリと肩を揺らした。
ベンチはいくつもあり、そのほとんどが埋まっていた。ベンチに座っているのは皆、揃えたかのように幸せそうな恋人達である。リーベルの明るい青の瞳に、真珠のように輝く雫が溜まった。
視界の端で、恋人達がキスをした。
無理に左を向き、フィッシュ&チップスの屋台を凝視した。
(最低!最低!最っっ低──!!)
屋台を睨みながら、ドンドンと地団駄を踏む女。実は周囲から人々が離れていっているのだが、悔しがり、そして怒っているリーベルは気付かなかった。
──そう、思い出されるのは、ロンドンとウィリスタウンの境目(どちらかと言えば、ウィリスタウンだろうか)の住宅街にある、マルフス家の、大きくもないが小さくもない屋敷で起こった出来事である──。
リーベルの家は、中流階級である。父親は東にある帝国の文化を調べる学者で、週に一度は大学で教鞭を執っている。母親はリーベルが物心つくまえに他界し、必然的に普段リーベルは屋敷で一人だった。
とはいえ、彼女が寂しくて一人涙していた……ということはなく。リーベルには、結婚を約束した幼なじみがいたから、平気だった。
レディたるものみだりに屋敷に男性を上げない!との父親との約束でもって、リーベルは幼なじみと外で会った。父親としてはあまり歓迎できたことではなかったが、自分がリーベルを一人にしているのだと思うと、強く彼女を止められない。それに、変な男に捕まるよりは、とそれを黙認していた。
リーベルはそれすら理解し、彼と会っていたのだが。
「──え?」
父親は、奇妙なクッキーを食べていた。固くひらべったく、醤油……のような味のクッキーだ。普段食べるような、しっとりとした甘さはなく、どう頑張ってもポロポロと粒が落ちる。
興味津々で奇妙なクッキーを食べていたリーベルは、父親の言葉に粒どころか、奇妙なクッキーごと落とした。安くないドレスに、クッキーが散った。
「む?ベル、『センベイ』が落ちたぞ、センベイが」
父親は、娘の真っ青な顔色よりもまず落ちた奇妙なクッキー──父親によると、『センベイ』というらしい──に注目した。
「センベイなんて……どうだっていいのよっ!!父様の馬鹿、今何て言ったのよぅ!」
「む、馬鹿とは……。ただ、お前に結──」
「わーわーわーっ!馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!父様なんて、東の帝国で老衰しちゃえばいいのよ!」
「ろ、老衰……!?」
ガン、と父親はショックを受ける。バリッとセンベイをかみ砕いた。
「私は!キリクと結婚するって決めてるのよっ?なのに……っ!!」
父親が言った言葉。
リーベルが努力して忘れようとすると、父親はサラッともう一度言った。
「だから、つまりだ。俺の同僚が、ベルと結婚したいと言ったんだ。いいだろう?オーケーしておいたぞ!後には引けんからなっ」
「ぁぁあ、もぅっ!!嫌よぉっ!!」
ズン、と立ち上がると、リーベルはリビングから出ていった。父親はソゥッと娘が出て行ったほうを覗き込む。やり過ぎたかな、と小声で呟くと。
ドンガラバッタンドッタンと音が聞こえ、一度シーンとなってからバタバタとリーベルが戻ってきた。衣装は変わっておらず、ただ、右手には……。
「父様の馬鹿ぁぁあああっ!!」
「ひっ」
十六歳の誕生日に父親からもらった、薄気味悪い真っ黒のオカッパ頭の人形を、突っ返すように父親に投げつけた。
リーベルはそのまま出て行き、人形は父親の目の前にゴスッと落下する。リアル過ぎる目に、父親への怨念が込められているような気がして、父親は腕をさすった。
(やり過ぎたかもしれないなぁ……ゴメン、キリク君)
心の声が届いたかのように、リゴーン、と呼び鈴が鳴った。父親は、いそいそと客を出迎えに立ち上がった。
砂利をガシガシと踏ん付けているリーベルに、近づく影があった。淑女の条件と言って過言ではない日傘を持たなかったリーベルは、地面に移る自分型の黒い影に、後ろから一回り大きな影が重なるのに気が付き、振り返った。
バサッと布が擦れる音と共に、リーベルに影ができる。……日傘だ。
「なぁにやってるんだい、君」
苦笑と共に流れる、呆れたような声。力が入っていたリーベルの肩から、ストンと力が抜けた。
「……キリク」
白い柔らかな素材の日傘を開き、リーベルに差し掛けたのは、茶色の髪に緑の瞳の、リーベルと結婚を約束した幼なじみ──キリク=ベイルだ。
何で彼がここに?という気持ちと、どうやって彼に現状を説明しよう?という気持ちがリーベルに芽生えた。
リーベルの葛藤の間も、キリクはベンチに日傘を置くとそのまま、ぽすぽすと歩いてフィッシュ&チップスの屋台に向かった。周りにいた人々は地団駄を踏んでいた女の連れをチラリと視線で追ってから、興味を失ったように視線をそらした。
「やぁやぁ、お待たせ。君も食べるだろ?どうぞ」
「むぅ……。あのねキリク!怒らないで聞いてね。私も怒ってるんだから」
「うん?あー、はい。何か話があるのかい?」
むぐむぐとチップスを口に含みながら、キリクはベンチに座った。リーベルと同階級のキリクは、ステッキを持っていなかった。リーベルが不思議そうに首を捻ると、キリクは苦笑いを浮かべて何も言わなかった。
「父様が言ったんだけど、私、父様の同僚の人と結婚しなくちゃいけないかもしれないの!」
「……ふぅん……」
パリッとチップスを食べ、キリクは、可愛い恋人、リーベルの家に寄った時のことを思い出していた。
リゴーン。
リーベルの父親は、一度目のチャイムですぐに扉を開けてくれた。
「よく来たな、キリク君。どうぞ」
「ありがとうございます、お義父さん」
リーベルは知らなかったが、キリクと彼女の父親は何度か会っていた。リーベルの様子や、彼女の趣味、体調に問題はないかなどを、細々と報告するのだ。
そして前回の報告の際、リーベルにもまだ何も言っていないにもかかわらず、「娘さんを僕に下さいっ!」と衝撃告白をした後、「絶対幸せにするんだぞっ!」とオーケーをもらったのだった。依頼、キリクは彼女の父親をお義父さんと呼んでいる。
ステッキを置き、リビングに上がると、テーブルの上には気味の悪い人形が座っていた。ビスクドールとは全く違うおどろおどろしい雰囲気に、キリクはそれを凝視した。
「お義父さん、これは……」
「これは、東の帝国の人形で……知り合いがね、送ってくれたんだ。それをベルに贈ったんだが……」
「喜んでいましたか?」
「微妙だった」
「でしょうねぇ」
キリクは頷いた。
「ところで、キリク君。君はいつから授業に入るんだね?」
「来週からです。母校で教鞭を執るというのは、感慨深いですよねぇ」
「まだベルに言ってないんだろ?」
キリクはキョトンとしてから頷いた。何で分かったんだろう?とその顔は言っている。リーベルの父親はふむ、と頷き、厳かに言った。
「さきほど、ベルに、同僚がお前と結婚したいと言っているから、オーケーしておいたぞと言ったら、もう面白いくらいに怒ってなぁ。人形を投げつけられたのだよ。ベルは出て行ったんだが……それはもう、死んだ妻みたいに怖かった」
「お義父さん……恐妻家だったんですか……」
「うん……ああいや、違うぞ?そんなことはない。ただキリク君。こんな時だから言うが──君も、妻の尻に敷かれそうだなぁ。……そう思いまちゅよね、リリアたん?ね?」
人形に向かって赤ちゃん言葉を発する未来の義父に向かって、キリクは真顔で「彼女はリリアと言うんですか」と頷いた。
可愛い名前だと思った。未来に出来るだろう娘の名前候補にした。
そのまま、リリアたんに話しかけるリーベルの父親を残し、リーベルの愛用していた日傘を見つけるとそれを持って、キリクは家を出たのだ。
元々、キリクはリーベルの父親が学者兼教授として勤めている大学の、教諭の息子だった。小さい頃からリーベルと会って遊んでいて、その関係はいつからか友人から恋人に変わっていった。
整った顔立ちのキリクが母親のいないリーベルと一緒にいるのを、リーベルも含めて皆が同情心からだと思っていたようだが、それは違う。キリクがリーベルと会っていたのは、彼女に好意を抱いていたからだ。「なんであの子なの?」と聞いてきた女達に、キリクが「好きだから」と笑顔で答えていたことを、リーベルは知らない。
「ふぅん、って、それだけ……?」
気のなさそうなキリクの返事に、リーベルは目に見えて落ち込んだようだった。シュンと肩を落とす。その様子が可愛くて面白くて、キリクは笑いそうになった。声を漏らさないためにチップスを口に突っ込む。リーベルは物を食べる気にならないのか、一つも食べようとしない。
「怒らないの?」
「怒らないよ。君が怒らないで、って言ったんだろ?」
「それはそうだけど……」
(怒ってほしかったんだろうなぁ……)
君が結婚するのは、僕だろう?とか。そういうことを言ったら、リーベルはキリクに笑みを見せてくれるのだろう。
けれど──。
(面白い……)
もうしばらく、誤解させておこう。
プロポーズはその後でいい。準備は、もう万端なのだから。
キリクが面白がっているのも知らず、リーベルは内心ベソをかいていた。
(ふぅん、だなんて……ふぅんだなんて!!)
なんて素っ気ない。リーベルの落ち込みが更にひどくなった。少しくらい動揺してくれたっていいのに。モソモソとチップスを食べているキリクは、リーベルにはとても呑気に見えた。これが、恋人に自分ではない男との結婚話が出た時の態度だろうか?
断じて違うわ!ドンッと地面を蹴りつける。キリクは何も言わなかった。
「ね、ねえ、キリク。私、断るわよ。だって、私の恋人は……」
キリクの顔を見ていると、リーベルの決意は言葉と共に段々と薄れ、最終的には消えてしまった。
リーベルは俯き、そんな恋人をキリクがちらりと見る。
「……ベル。どうして、止めたんだい?」
「だって……、キリク、貴方……」
貴方ちゃんと、私のこと恋人だと思ってる?
やはり、言葉は喉の奥で燻って消えた。
そんなこと聞けない。だって、そんなことを聞いて否定されたら。辛くて死にたくなってしまう。
「──それで結局、お父上のお話を断るの?」
「当たり前でしょ……?」
「へぇ」
「──な、なんで少し悲しそうなの!?」
リーベルはうなだれた。
キリクと話しても、少しもホッとした気分にならない。やはり幼なじみだからだろうか、なんて理不尽なことを思ってしまう。
(大体、キリクが私の恋人になってくれたことだって、私の母様がいないからなんじゃ……。そうよそうよ、結婚の約束だって口約束だったし……)
キリクが、「将来結婚しようね」と自分に言ってくれた日。あの日さえも疑わしくなってきた。自分は勝手に舞い上がってしまったが、彼の本心はどうだったのだろう。
(本当に、私と結婚したいと思ってた?)
それとも、約束の時はそう思っていたけれど、最近になって心変わりしたとか?
自分の他に好きな人ができた?
嫌な想像は、雪玉が雪の上を転がるように、どんどん大きくなっていく。
「ねぇ、──」
「あら?キリク?」
安心したくて、ちゃんと彼に話そうと決意したリーベルが顔を上げると。キリクは「しまった」という顔をして前を見ていた。え?とリーベルがそちらを見る前に、可愛らしい女性の声。
振り向けば、声に違わぬ可愛さを持つ、リーベルよりも年上の女性。濃い金髪だった。
「ん?そちらは──」
女性はふとリーベルを見て、少しするとニヤニヤと笑い出した。
(……笑われてる?)
ムッとした。不安感や苛立ちが、一気に怒りに変わる。
「この子が、キリク、貴方が言ってた子ね?おめでとう!教授も……」
「わぁぁああ、セシルじゃないか!元気かい?」
何故か、焦った顔立ちのまま立ち上がるキリク。鱈のフライが入った紙袋を抱きしめている。日傘が転がった。
「……キリク、どなた?」
リーベルの鋭い声に、キリクは慌てて作ったような笑みで、
「古い友人だよ」
と言った。
(……疑わしい……)
不安と苛立ちと怒りがごちゃまぜになった状態で、リーベルは泣きたくなった。……少し泣いた。
(げっ、セシル!)
リーベルをからかって遊んでいると、キリクの視界に一人の女性が飛び込んできた。その女性は見知った顔で、思わずキリクの頬は引き攣った。
彼女はセシルといって、キリクの同僚……いや、同僚となる人だ。リーベルの父親が勤める大学の、非常勤教諭である。一度顔見せで会った時に挨拶をし、会話をして親しくなったのだ。当然、可愛く愛しい恋人の話はしたし、(プロポーズをしてもいないのに)結婚するとも言った。セシルは、もうすでにキリクはリーベルにプロポーズしていると思っていることだろう。
(あああ、なんで彼女がここに……)
セシルはまっすぐキリクに向かって歩いてきた。
プロポーズのことがリーベルにばれては困る。もしも「どんなプロポーズだったの?」とか聞かれたらどうしよう?
(ああ、本当に、空気を読んでくれ、セシル)
最後に思ったのは、完全なる八つ当たりだった。
セシルはニッコリと笑って声をかけてくる。
「ねぇ、──」
と、同時に、決意に満ちた表情でリーベルが顔を上げた。それを遮るように、
「あら?キリク?」
セシルの、女性的な声がする。
リーベルの声を遮って……、と舌打ちしたいのを堪えていると、リーベルがこちらを見ていた。もしかしたら、焦った顔を見られたかもしれない。
え?とリーベルはセシルを見た。
「ん?そちらは……」
セシルは、わざとらしくニヤニヤと笑ってリーベルを見た。その笑みが自分への冷やかしだと知り、頬が引き攣る。
「この子が、キリク、貴方が言ってた子ね?おめでとう!教授も……」
(やっぱり言ったーっ!)
「わぁぁああ!セシルじゃないか!元気かい?」
慌ててセシルを遮り、立ち上がる。日傘が転がった。
「……キリク。どなた?」
リーベルの鋭い声。ビクリと肩を揺らして、キリクは「古い友人だよ」と答えた。リーベルは信じていないようで、疑わしそうだったが、何も言わずにシュンと俯いた。
(……ベル……)
少し、やり過ぎた?と気付く。しかし、今は慰めることも抱きしめることもできない。セシルをどこかにやらなくれば。
「え?私達は──」
「セシル。……ちょっと、話そうか」
少しごめん、とリーベルに断り、キリクはセシルを引きずってその場から離れた。
周りの人々は、何事かと再びリーベル達に注目していた。
セシルはズルズルと引きずられ、キリクが立ち止まるとキリクを見て文句を言った。
「ちょっと、キリク!何で嘘なんてつくのよ?私達は古い友人なんかじゃなくて、ただの同僚よ?」
「知っているとも。ただ、そのことをリーベルは知らなくてね……」
「知らないですって?どういうこと?」
セシルは盛大に眉をひそめた。
こんなことしているわけじゃないのに、と思いながらも、キリクは簡単に説明する。
「──というわけで、まあ、からか……っているわけじゃないんだけど。サプライズで」
「悪趣味ね」
「否定はしないよ」
「さっさとプロポーズしちゃいなさいよ」
グイッと頭を傾けて、ベンチに座るリーベルを見ようとしたセシルは目を丸くした。
「……ねえ、キリク?貴方の恋人がいないわよ」
「……え?」
ど、どこに!?と慌てるキリクに、セシルは「馬鹿ね」と笑った。
「デート中に、彼氏が他の女と話し込んだら嫌になるわよ。ほら、追って追って!」
「あああ、行ってくる!……あっと、セシル、これあげる!」
「えっ?」
フィッシュ&チップスの袋を押し付けて、キリクは走り出した。
「やっぱり、やり過ぎたかなぁ?」
首を捻るキリクに、
「あ、キリク、初日に遅刻しないようにしてね!」
とセシルが先輩らしく声を張って言った。
*********
(もう嫌、もう嫌、もう嫌!)
リーベルは、閉じた日傘を握り締めてレンガで舗装されている道路を爆走していた。とは言え、走りづらいヒールを履いてドレスを着た彼女の走る速度は非常に遅い。だからこそ、道を歩く紳士淑女から文句の一つも言われていないのだが……。
運動など慣れていないリーベルの体力は少なく、程なくして走っていた足は次第にゆっくりになり、とぼとぼ歩きだした。
(キリク……あのセシルって人、誰?)
キリクは、恋人という欲目なしでも格好よい。女の子に人気なんだろうな、とリーベルは思うし、実際、彼が女性に話し掛けられているところを何度も見た。
そのたびにリーベルは嫉妬して、キリクに情けなく、鬱陶しいところを見せてしまう。同時に思うのだ。
(──本当に、キリクは私でいいの?)
頬に、何か水が流れた。すぐにそれが自分の涙だと分かった。
自分はキリクが好きだけど、彼は自分のことを可哀相だとしか思っていなかったら。
(そしたら私、とんでもない勘違い女じゃない)
そして、幼なじみの勘違い女と結婚させられそうなキリクは可哀相すぎる。
数年前、好きだと言ってくれたキリクを、嘘だとは思いたくないけれど──。
人の心は変わるのだから。
ただの幼なじみが、いつの間にか恋人になっていたように。
(キリクに、ちゃんと聞こう。……それでもし、答えがイエスなら)
もしも、彼が少しでも、自分と未来を歩むことを嫌だと思っているのなら。
彼に謝って、そして別れよう──。
クルリと振り返り、リーベルは歩きだした。その表情は、彼女が公園から出てきた時とは違い、決意に満ち溢れたものだった。
不規則な形のレンガが、地面を埋め尽くす。取り乱して走るようなことはせず、キリクはキョロキョロと辺りを見回しながら歩いていた。何度か女性が話し掛けようとしてきたが、全て無視した。
キリクの読みでは、リーベルは大して遠くない場所を歩いているはずだった。けれど、キリクがリーベルを見つけたのは、予想よりも遥かに早い。──リーベルは、こちらに向かって歩いてきていた。
思わず、キリクの足が止まる。
リーベルは、まるで戦に臨む騎士のように鋭い表情を浮かべていたのだ。
リーベルはキリクの前で、ピタリと足を止めた。
「ベ、ベル……?」
ベルを抱きしめようと、キリクが一歩前へ出ると、同じ分だけリーベルも下がった。
「──キリク」
元から大して高くない声が、低くなっている。
(……あれ。やっぱり怒って、る?)
「キリク、貴方に聞きたいことがあるの」
「ちょっ、ちょっと待った。そこのカフェに入らないかい?ゆっくり話をしよう」
リーベルはキリクの視線を追ってカフェを見て、
「でも私、その、……払えないの」
「僕が払うさ。ほら、行こう」
戸惑うリーベルを連れて、カフェに入った。リーベルは睫毛を伏せていた。
ウェイトレスに個室を案内されて、席に向かい合うように座り、紅茶とコーヒーを頼む。
「ああほら、ベル。日傘貸して。髪に埃がついてるよ。リボンが曲がってる」
テキパキと日傘を自分の方に置き、髪から埃を摘み、リボンを結び直して──。かいがいしく世話をするキリクは、傍から見ればまるで令嬢と付き人のようだった。そのわりに、生き生きと楽しそうなのは付き人で、令嬢は浮かない顔をしているが。
「ね、キリク……、話があるの」
決意に満ちた表情の割に、その声からは迷いが感じられた。キリクは、なんだか嫌な予感がした。
「な、なんだい?」
キリクの予想では、今頃結婚指輪をリーベルに渡して、抱きしめ合ったりキスしたりしているはずなのに。誰が悪いのか。
「キリク、正直に言ってね。絶対よ。私に対して、遠慮とかしちゃ駄目よ」
キリクは不安感を抱きながらも頷いた。
「遠慮なんてしないよ。これまでだって、したことなかったろ?」
「……どうだか」
「うん?」
「ああいえ、何でもないのよ」
「──失礼しまぁす、コーヒーと紅茶をお持ちしましたぁ」
ウェイトレスが来た。コーヒーと紅茶を置いていった。
「私、キリクが望むなら別れるわ」
「──……」
キリクはコーヒーを口に含み、飲んだ。そのまま可愛く愛しく、すぐにでも結婚する予定の恋人を見る。
「……ん?ごめん今何て?」
「私、キリクが望むなら──」
「待った待った待った、もう一度言わなくていいから!君の声を聞き逃すわけないだろ!?」
信じられなかったから言っただけで、二度聞きたいわけじゃない。生真面目に繰り返そうとしたリーベルは、俯いたまま暗いオーラをまとっている。
「あのー、ベル?この短時間で何かあったかい?」
例えば、誰かに一目惚れしたとか。誰かに言い寄られたとか。キリクに愛想を尽かせたとか。
でないと、いきなり「別れるわ」なんて不吉なことを言わないだろう。
「ええ、あったわ」
案の定、ベルは頷いた。こちらを見た瞳には涙が浮かんでいて、慌ててキリクはハンカチでその涙を拭った。
「ベル、何で泣いて……」
「たくさんあったわよ!父様が結婚話を持ってきて、でも貴方はどうでもよさそうで私だけが慌ててて!その上、どう見てもそう見えない、古い友人が来て。キリクは私を置いて、セシルを優先したわ……!」
拭ったはずの涙は、どこかにその源があるかのように溢れて流れる。何度もリーベルの頬にハンカチを当てて、それを拭き取った。
「いつでも私を最優先にしろなんて言わないから……私を恋人だと思ってるなら、こんな時くらいは、」
そこで、リーベルは言葉を切った。ハッとしたように、唇を指で押さえる。
キリクは身を乗り出してリーベルの手を握った。カフェじゃなくて、もっと別のところに行けばよかったな、と思いながら。
「君を優先する。いつでもどこでも、例えば僕が東の帝国にいても、君に何かあったら飛んで来るから……」
リーベルは柔らかく笑んだ。やはり、嫌な予感がした。
「──でね、思ったの。もしかしたらキリクは、私のこと恋人って思ってないのかな、って」
「そんなこと……!」
「ああ、違うわ。ええ。貴方は私のことを恋人だと思っているかもしれない。でも、それって同情からじゃないの?少しでも嫌だと思っているなら、私は別れるわ。ずっと、元気をもらってきたもの。そろそろ……」
ガタッ、キリクは立ち上がった。
どうしても顔をしかめてしまう。眉は寄る。リーベルを睨まないように彼女から目を逸らした。
「何だよ、それ」
少ししか口をつけていないコーヒーの隣にお金を置くと、キリクは不機嫌そうな顔のまま、個室から出た。
(同情って……、別れる?冗談じゃない)
正直な話、父親に言われて初めてリーベルと会った時は同情心があった。けれど回数を重ねるごとにその気持ちは薄れていき、会うのは義務ではなくなっていった。
リーベルも同じ気持ちなのだと思っていた。同情なんてない。たとえ、リーベルの母親が生きていても、彼女の恋人は自分だけなのだと。
なにより。
自分が別れたいと言えば、彼女はあっさりと別れるのだろうか……?
どーん、と落ち込んだ。一気に気持ちが暗くなる。心の中で頭を抱えた。どうしたら別れない方向に話を進められるのか。
(──謝ろう。そして話す。このまま別れるだなんて、本当、冗談じゃない)
少し迷って、キリクはカフェでなく、自分の義父がいるだろうマルフス家に向かった。味方をつけ、ついでに悪ふざけのことを謝るのだ。
*********
「何だよ、それ」
リーベルの恋人は、不機嫌そうな表情で不機嫌そうにそう言うと、個室から出ていった。
怒っていてもリーベルのためにお金を置いていくところが彼らしくて、思わず彼女は微笑んだ。
(キリクは優しいから)
だから、同情で恋人になってくれているのだと思ったのだが……。
(……でも、なんか、本気で怒っていたような……)
そう、いつもの彼なら、そもそもリーベルをカフェに置いて行ったりなんかしない。それがキリクの怒りを表しているようで、リーベルはなんだか不安になってきた。
(謝ったほうがいいかしら?でも、どこで怒ったのかも分からないのに……)
しかし先ほど言いそびれたこともある。
このまま、自分から会いに行かなければ自然消滅しそうで怖かった。
(自分から、別れるわ、なんて言ったのに)
どれだけ依存していたのか。
恋人でなくとも友人くらいには。そう思う自分に失笑しつつ、リーベルは立ち上がった。
カフェから出て、もしかしたらキリクがいないかしら、という淡い期待はすぐに裏切られる。
幸い、キリクが置いていったお金はカフェで払う金額の三倍以上あり、乗り合い馬車乗り場まで歩くことにした。
(……どこで怒ったの?)
馬車乗り場まで歩く間に、キリクが怒った理由を考えてみたけれど思いつかなくて。
馬車乗り場は、意外と近かった。そして乗り合い馬車も、すぐに来た。
ガタガタと揺られながら20分ほど。ベイル家の近くの馬車乗り場に到着した。銀貨を渡して馬車を降りた。
キリクの家とリーベルの家は、結構離れていて、マルフス家がウィリスタウンとロンドンの間にあるとすれば、ベイル家はウィリスタウンの中心部にある。その中心に大学があるので、どちらの家からも大学まで徒歩十数分で着くのだ。
(えーと……どこだったかしら?)
何度か招待されたことはあったが、同じような作りの屋敷が多くて分かりづらい。記憶を頼りにうろうろとさ迷っていると。
「あぁ~ら、リーベルちゃんじゃないの!元気?最近、ちっとも来てくれないじゃないの!!」
「!?……あ、マーサさん?」
いきなり肩を叩かれ、振り返るとそこには、キリクの母親、マーサ=ベイルがいた。キリクが母親似なのだと分かる美貌の持ち主だ。
「嫌ねぇ、リーベルちゃん。マーサさんだなんて!お義母さん、って呼んでくれなきゃ!」
それはもう嬉しそうに、おめでとう!だとか、ドレス選びはわたくしにも意見させてね!?だとか言うマーサ。
リーベルは目を丸くした。
「……え?」
「──あら?何でそんなに驚いてるの?」
*********
ロンドンとウィリスタウンの境目にある住宅街の、マルフス家の屋敷。
「まだですかねぇ?」
椅子に座りながら頬杖をつき、センベイを食べながらキリクがぼやいた。
「うむ……まだだなぁ」
彼の義父(予定)も頷いた。
「どこに行ってるんでしょうか」
「どこに行ったのかね」
二人して同じことを呟いて、それからリーベルに怒られることを想像してゾッとした。
「怖いな」
「怖いですね」
二人は頷き合った。
*********
一方、ウィリスタウンの中心部の住宅街にある、ベイル家。ソファに座りながら、血の繋がりのない女性二人は、よく似た表情を浮かべていた。
「……許せませんね」
「ほんとよ!キリクったら」
「父様……」
「絶対に許しちゃだめよ、リーベルちゃん!!」
リーベルは、マーサから全てを聞き終えたところだった。
自分と結婚すると言ってくれたキリクに嬉しさを感じつつも、父親とキリクの、共謀したとしか思えない演技に怒りを抑え切れない。
それはマーサも同じようで、リーベルをからかった息子のことを怒っている。
「……キリクは、どこでしょうか?」
「きっと、貴女の家だと思うわ。あの子、姑息だもの。真面目に考えたリーベルちゃんに謝りたいけど、一人じゃ怖い。そうだ、味方をつけよう、って。最低ね!」
普段なら感情の起伏の激しいマーサをなだめることが多いリーベルだったが、今回は大きく首を縦に振った。
「そうですよ。こっちは真剣に悩んだのに……」
「別れる?って言われて怒るだなんて!ほんと、子供ねぇ」
「……。え、キリクってそこで怒ったんですか?」
「あら、気付かなかったの?自分が別れるって言ったら、リーベルはあっさり別れちゃうのかな~、とか思ったに決まってるわよ」
けらけらと笑うマーサを見て、リーベルのキリクに対する怒りがなくなってきた。
「あら?どうしたの?」
「マーサさん……カフェで、キリクに言いそびれたことがあるんです」
「え?なになに?」
リーベルが照れながらそれを言うと、マーサはリーベルに抱き着いて、
「全部キリクが悪いのよ!絶対にキリクを許しちゃだめだからね!?」
と念をおした。
しばらく話をしたり紅茶を飲んだりしてから、マーサが言った。
「そろそろ、リーベルちゃんの家で、キリクがものすっごい心配してると思うわ。帰ってあげましょうか」
「そうですね、そろそろ失礼しなきゃ」
「わたくしも行っていーい?キリクにガツンと言わなきゃ」
二人は共に家を出て、辻馬車を拾ってマルフス家に向かった。マーサが代金を払うことにリーベルは何度も割り勘にすることを提案したが、「未来の親子じゃない」と一蹴されてしまった。
グルリと決まった場所を走る乗り合い馬車とは違い、目的地に最短距離で向かう辻馬車のほうが遥かに早い。行きの半分ほどの時間で着いてしまった。
(ここに……いるの、キリク?)
まだ怒ってるだろうか。けれど、こちらだって怒っている。特に父親に。
意を決して、リーベルは呼び鈴を押した。
リゴーン
……。
「……はぁい?」
いかにも怖々と、父親が扉から顔を覗かせた。チラリとリーベルを見て、それからマーサを見て動きを止める。
罪悪感は感じてるのかしら、とリーベルが思っていると。
「お義父さーん、ベルでした?」
かなりラフな呼び方で父親に声をかけるキリクの姿。ひょこっと頭を覗かせ、同じくマーサを見て顔を強張らせた。
「あ、か、母さん……どうしたの?」
「貴方こそどうしたのキリク?そんな及び腰で!何かやましいことでもあるのかしら?あるのねきっと!」
「あ、あの、何で二人が……」
キリクの慌てぶりに、リーベルが吹き出すと恨みがましい目で彼が見てきた。慌てて目を逸らす。
「いけない?だって、未来の親子だものねわたくし達。ねぇ、キリク?そうでしょう?」
「あ、あー!母さん、それ言っちゃ……」
「お黙り!もうリーベルちゃんは全て知ってるわよ」
「そんな……」
住宅街という人通りの多い場所で、それに加えて恋人の目の前でやり込められたキリクは、ガクッと肩を落としてすごすごと部屋に戻って行った。
マーサはすっきりとした顔を見せると、「じゃあね」とリーベルに言う。
「え、中に入られないんですか?」
「もう、言いたいことは言ったから、いいわよ。次はリーベルちゃんの番ね。頑張って!」
遠回しに父親のことを言われたのだと知って、リーベルは笑った。
「はい!……父様、部屋でゆっくりと話しましょう?」
「あ、はい」
カチャリ。扉が閉まると、キリクの未来の義父(予定)は真っ青になった。リーベルも怖い顔をしてキリクを睨み、睨まれている彼は人形のリリアたんをいじくりまわしている。
おかっぱ頭のリリアたんは鋭い目つきだ。
「……まず、キリク。就職おめでとう。父様と同じ職場みたいね」
「あ、ありがとう」
厳かな顔で、リーベルが言った。矛先を向けられなかったリーベルの父親は、ホッと安堵の息を漏らした。
「ついでに結婚するそうね。おめでと。お相手はどなた?」
「そ、そのことなんだけど、」
「私は何も言われてないわ。でも、貴方は方々に結婚するだの何だの言っているみたいじゃない?普通、本人より早く周りの人に言わないわよね?ね、父様?」
父親はチラリと未来の息子を見て──、
「え?あ、そうだな」
「ひどい、お義父さん!」
「ひどいのはどっちよ!」
「いや、あの」
リーベルがキリクを見ている間に、こそこそとトップハットをかぶり、フロックコートを身にまとい、ステッキを持って家から出ようとする父親。彼が焦っている証拠に、父親が持つステッキはキリクのものだ。
「もぅ、最低!最低!最低──!」
逃げようとする仲間を連れ戻すにも、リーベルがクッションだの帽子だの、ぬいぐるみだのを投げてくるせいでキリクはみすみす義父を逃してしまった。ポコンと頭にクッションが当たり、床に転がっているのが全て柔らかい物だということに気が付く。
「……君、やっぱりいいヤツだなぁ」
「今さら何よ。大体、セシルって誰だったの。マーサさん知らなかったわ」
「うん?セシルは、大学の非常勤教諭だよ。……本当に本当に!だからリリアを投げないで!」
(ああ……リーベルがすっかり信じてくれなくなってる……)
全て自業自得なのが悲しい。
「嘘よ」
「嘘じゃないさ。彼女には、君と結婚すると言ってある。それに、セシルには恋人がいたと思うけど……」
「だって私、キリクにプロポーズされてないわ」
力無くリリアたんを投げ(彼女は絨毯に墜落した)、リーベルは泣き出した。
(──可愛いなあ)
涙を指で拭いながらふと思い、リーベルに手を伸ばすと、彼女は抵抗なくこちらへ寄り掛かってきた。そのまま二人はソファに座り込む。
「キリクが結婚するのは、私でしょう?」
子猫のようにすり寄って、リーベルはそんなことを言う。言われたキリクの方はと言えば、リーベルの首元に顔を埋めて、そのまま顔を上げられずにいた。
<君が結婚するのは、僕だろう?>
そう言ったら、リーベルは喜ぶと思っていた。しかしまさか、自分が言われるとは。こんな不意打ちで。
「すっとね、不安なの。キリクは、ほら、格好いいから。女の子に人気でしょう?私知ってるのよ?昔から、色んな子に告白されてたでしょう。でも断ってた。……私がいたから」
貴方が、私を邪魔だと思っていないか、ずっと不安で、それでも聞けなかった。
そうキリクに言い、けれど、言葉に反して放さないとでも言うようにギュッとしがみついてくる。
キリクも、彼女の温かさと柔らかさを確かめるように抱きしめ返した。
もしや、と思い顔を覗き込むと、リーベルは涙をぽろぽろと落としていた。
「君は、よく泣くなぁ」
「貴方は顔が赤いわ」
「君のせいでね」
「こっちだって、キリクのせいよ」
感情の起伏が激しい人は、よく泣く。キリクの母親のマーサも、よくロマンス小説を読んで泣いているから知っている。
「プロポーズしても泣きそうだね」
目元に口づけ、涙を拭ってやると、リーベルは驚いたように瞬いた。
「僕はずっと、君しか見てないよ」
「……そう?」
「告白したのも僕からだろ?あの日の前日、僕は君に失笑されたらどうしよう、って夜も眠れなかったんだから」
「そうなの?」
本気で驚いているようで、リーベルは目を丸くした。キリクは笑った。
「……何で笑うのよ」
「いや、可愛いなぁと思って」
キリクの腕から逃げ出そうとするリーベルを強く捕らえ、「ああでも、」と彼は続けた。
「君と同じくらい好きな子はできるかも」「え」
分かりやすく傷ついた顔をするリーベル。キリクは幸せな気持ちになった。
「君と僕の娘とか」
リーベルに口づけ、ゆっくりと押し倒す。
「ねぇベル、僕と結婚するだろ?」
「……うん」
*********
<え、なになに?>
未来の母親が、聞いてくる。
カフェで、彼女が言いそびれたこと。
<キリクが別れたいって言うなら別れますけど、私は彼が好きですから>
<キリクが私を好きになってくれるよう、一から頑張ります>
乗り合い馬車→バス
辻馬車→タクシー、のようなものです。
ウィリスタウンはあくまで架空の都市ですので、「ロンドンの隣はこんな所じゃないぞ!」というご指摘はご容赦ください。