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第6章:共鳴する叛逆、深淵からの呼び声 6-1:【再起編】地の底の這い蹲り

6-1:【再起編】地の底の這い蹲り

アイテリス・タワー第8居住区「スラグ・タウン」の最下層。そこは、上層階から滴り落ちる汚水と、重油の混じったヘドロが堆積する「タワーの胆汁」が溜まる場所だ。湿った鉄の匂いと、腐敗した配線の焦げ臭さが充満する簡易診療所の片隅で、カイルは暗闇から意識を浮き上がらせた。


「……あ、あぁ……っ!」


肺を焼くような激痛。内臓を直接握りつぶされるような不快感。

反射的に上体を起こそうとしたカイルだったが、脳が送る「動け」という信号に対し、下半身が絶望的なまでの無反応を返した。バランスを崩した彼の身体は、薄汚れたベッドから逃げるように床へと転げ落ちる。


ガラン、と硬質な音が響いた。


「……な、んだ……これ……」


カイルは震える手で、自分の右脚があった場所に触れた。

そこにあるはずの、使い古した点検員用のブーツの感触はない。代わりに指先に触れたのは、冷たく、無機質な炭素繊維と、剥き出しの油圧シリンダー。膝から下が、黒い金属の塊に置き換わっていた。


だが、それ以上の違和感がカイルの頭を襲った。

霧がかかったような思考。つい先刻まで隣にいたはずの、大切な「誰か」の顔が思い出せない。温もり、声、共有した風の冷たさ。それらの断片が、鋭利な刃物で削り取られたかのように欠落していた。


「無茶すんな。まだ神経接続シンクロが安定してねえんだ。今無理に動けば、脳が焼き切れるぞ」


背後から、低く掠れた声がした。

かつてカイルが馴染みにしていた、錆びついた義肢を専門に扱う老人――「ネジ爺」が、煤けた手拭いでスパナを拭きながら椅子に座っていた。


「じいさん……俺の、足は……それに、俺は、何を……」


「ゼノアの直属部隊が、あんたをここに放り捨てていったんだ。『タワーの資産を傷つけた罪』として、あんたの生身の足と……そして、その忌々しい『記憶』を奪うためのナノマシンを脳にぶち込まれてな」


カイルは床に伏したまま、自分の新しい「足」を凝視した。

それは洗練されたサイバネティクスではない。重機の一部を無理やり人型に加工したような、無骨で呪わしい鋼の楔だ。


「記憶……? 俺は、誰かと一緒にいたはずだ。思い出そうとすると、頭の中にノイズが走る……。あいつは……あいつの名前は……!」


カイルは頭を抱え、床に額を押し付けた。

忘れてはいけない。忘れることは、死ぬことよりも恐ろしい裏切りだと、魂の奥底が叫んでいる。


「管理局の狙いはそれだ。あんたを『ただの壊れた点検員』に戻し、反逆の意志を根絶やしにすること。……だが、運が良かったな。あんたがスラムで吸い込み続けてきた汚染大気と、俺が気付けに飲ませた劇薬が、ナノマシンの働きを阻害したらしい。……思い出せ、カイル。あんたを救うために、自ら犠牲になった娘のことを」


「……あ、あ……」


脳の奥底で、何かが爆ぜた。

青い光。全面ガラス張りの床。折れた白い羽根のようなドレス。

そして、自分を真っ直ぐに見つめ、「アイリス」と名乗った少女の瞳。


「――アイリス!!」


カイルは叫び、同時に全身に凄まじい激痛が走った。

思い出してはいけない領域に触れた代償として、脳内の残存ナノマシンが火花を散らす。だが、その痛みが、逆に彼の記憶を鮮明に定着させた。


「……あいつは、あそこで今も耐えてる。……俺に『生きろ』って言ったんだ。なら、俺がやるべきことは一つしかねえだろ」


カイルは、ベッドの支柱を掴み、血管が浮き出るほど腕に力を込めた。

新しい右脚のシリンダーが、プシューと蒸気を吹き出す。

脳に直接、焼けた鉄を流し込まれるような衝撃が走る。視界が真っ赤に染まり、歯茎から血が出るほど食いしばった。


「ぐ、うぅ……あああああぁぁっ!!」


立ち上がる。ただそれだけの動作に、全身の全細胞が悲鳴を上げる。

だが、カイルは止まらなかった。

記憶を奪い、足を奪い、尊厳を奪う。タワーの支配者たちが仕掛けた「慈悲」という名の拷問を、彼はその意志の力で踏み潰した。


「……笑わせるな」


カイルの声は、地を這うような低音だった。


「ネジ爺……こいつを、もっと『戦える』ようにしてくれ。精密な動きはいらねえ。タワーの装甲を蹴り破り、垂直の壁を駆け上がれる……死神の足に作り替えろ」


「……本気か。そんなことすれば、あんたの神経系は一月も持たねえぞ」


「一月もいらねえ。……アイリスを、あの高い場所から引きずり下ろすまでの時間があれば十分だ」


カイルの瞳に宿ったのは、かつての穏やかな点検員の光ではなかった。

記憶の断片を一つに繋ぎ合わせ、復讐の炎で焼き固めた、真の「叛逆者」の眼差しだった。


カイルは暗い診療所の壁に貼られた、ボロボロのタワー構造図を見つめた。

今度は隠れて逃げるのではない。

地の底から、鋼の足を突き立て、頂上までを食い破りに行く。


「……待ってろ、アイリス。今度は、俺が檻を壊しに行く」


スラグ・タウンの最下層。

沈殿したヘドロの中で、記憶を取り戻した男が、再びその牙を研ぎ始めた。

メタ発言や設定欠落が見えたため修正指示

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