アイテリス・タワーの落日:終焉と胎動
カイルとアイリスを乗せた救命艇が、タワーの重力圏を辛うじて脱したその瞬間、アイテリス・タワーの最上層「クラウン」は、管理者の叫びと共に、青いエネルギー波となって爆発した。
高度2,500メートルの垂直の秩序が、音を立てて崩れ去る。
かつてカイルたちが駆け抜けた外壁装甲は真っ二つに裂け、無数の破片となって雲海へと降り注ぐ。その崩壊の衝撃波は、不変だと思われていた厚い雲のカーテンを、巨大な渦を描いて切り裂いた。
その裂け目から差し込んだのは、タワーの擬似照明ではない。
本物の、黄金色の太陽光だった。
「……カイル。見て、空が……」
アイリスが、カイルの腕の中で小さく囁く。彼女の黒く染まった髪は、過負荷の影響で再び元の白銀へと戻りつつあったが、その瞳には、もはや「標本」としての孤独はなかった。
「ああ。……やっと、拝めたな」
カイルは、火花を散らす義足を投げ出し、床に座り込んだ。彼の意識は混濁し、身体中の骨が軋んでいたが、その瞳には、かつてないほど清々しい光が宿っていた。
背後では、タワーの最上層が光の粒子となって空へと消えていき、支配の象徴が大地に還る「苗床」へと変わっていく。
普通なら、そのまま高度数千メートルの下界へと墜落するはずだった。
だが、崩壊するタワーの残骸から漏れ出したエネルギーは、アイリスの最期の願いによって制御され、救命艇を地表へと導く最後の推進力となった。
「……あいつが、あそこで今も耐えてる。……俺に『生きろ』って言ったんだ」
カイルは、アイリスを強く抱きしめた。
「記憶を奪い、足を奪い、尊厳を奪う。タワーの支配者たちが仕掛けた拷問を、あいつはその意志の力で踏み潰したんだ。……俺も、負けてられねえ」
救命艇は、タワーの残骸が雨のように降り注ぐ中を縫うように下降し、ついに雲の下へと突き抜けた。
「冷たい……。でも、とても……温かいわ」
アイリスはカイルの腕から降り、初めて自分の足で大地に立った。彼女の白いドレスは泥に汚れ、白銀の髪は乱れていたが、その顔は、タワーにいた頃のどんな瞬間よりも輝いていた。
「カイル。……私、時々怖くなるの。あの塔が、まだ私の背中に繋がっているような気がして」
アイリスが、かつてケーブルが繋がっていた背中にそっと手を当てた。
カイルは、その小さな手を、自分の大きな手で包み込んだ。
「繋がってねえよ。……あんたを縛るももん、もう何もない。……もし、またあんな塔が建とうとしたら、何度だって俺が点検して、ぶっ壊してやる」
二人は、崩れたタワーの影から離れ、太陽が照らす緑の深淵へと歩き出した。
背後に残された鋼鉄の残骸は、いつか森の一部となり、忘れ去られていくだろう。
空は高く、大地は広い。
彼らの物語は、垂直の呪縛を解き放ち、今、水平の地平線へと向かって始まったばかりだった。




