第四話 壊されずに壊れるもの
街道を離れてしばらくすると、風が変わった。
赤霄原の乾いた風とは違う。
土と石の匂いが強く、どこか湿り気を含んでいる。
集落は、低い丘の陰にあった。
石と土を積み上げただけの家屋。
補修された跡が多く、壁の色も揃っていない。
一度壊れ、立て直されたことが、見ただけで分かる。
賑わいはない。
だが、完全な廃村でもなかった。
人はいる。
いるが――その立ち方が、不自然だった。
井戸の周りに集まり、互いの距離を詰めすぎている。
視線は常に入口を気にしており、誰一人、背を向けない。
「……押さえ込まれてるな」
燕秋が、声を落として言った。
白黎は、答えずに地面を見ていた。
踏み荒らされた足跡。
乾いた土に残る、内功の痕。
血は少ない。
だが、家屋の柱に残る歪みは、外からの打撃ではない。
――内から、力を通された痕だ。
「脅しじゃない」
燕秋が、歯の奥で呟く。
「見せつけだ」
井戸のそばにいた男が、白黎たちに気づき、恐る恐る近づいてきた。
腕を押さえている。
腫れはあるが、骨は折れていない。
白黎は、短く言った。
「骨は無事だ」
男は驚いたように目を上げ、力なく頷く。
「……触れられただけで、力が抜けた」
「逆らえなかった」
燕秋が、息を吐く。
「玄影だな」
その名に、村人たちの肩が、わずかに跳ねた。
その時だった。
集落の入口から、足音が聞こえた。
急がない。
乱れない。
三人分。
先頭の男が、顔を覆っていた布を外す。
日に焼けた肌。
無精だが整った髭。
目は鋭く、だが濁っていない。
「まだ、片付いていないようだな」
声は低く、荒れていなかった。
燕秋が、一歩前に出る。
「戻ってきた理由は?」
男は、集落を一瞥する。
家。
井戸。
身を寄せ合う村人。
「確認だ」
「奪った分に、漏れがないか」
白黎は、男を見た。
内功の巡りは安定している。
力を誇示する気配も、昂りもない。
ただ、必要なだけ。
「名を聞こう」
白黎が言った。
男は一拍置いてから答える。
「鴉梁」
「玄影の名で動いている」
空気が、わずかに重くなる。
燕秋は、表情を変えない。
「必要以上に、やっている」
鴉梁は、否定しなかった。
「示さなきゃ、次がある」
「殺さなきゃ、生きて覚える」
淡々とした口調だった。
白黎が、短く問う。
「奪って、終わりか」
鴉梁は、白黎を見返す。
その視線には、敵意も憎しみもない。
ただ、線を引く意志だけがあった。
「終わりだ」
「ここは、もう用がない」
一拍。
「奪われた側が、どう生きるかは――」
「俺たちの仕事じゃない」
そう言って、踵を返す。
部下たちも、迷いなく続いた。
鴉梁たちの足音が、完全に消える。
しばらくして、井戸のそばで、桶が倒れた。
水が土に染み込み、誰も拾おうとしない。
家々の戸は閉じられたままだ。
怪我をした者がいるのに、灯りは早く落とされた。
白黎は、歪んだ柱に手を触れる。
力を通された痕は、すでに冷えている。
夕暮れが、集落を包む。
影は長く、均等に伸びていく。




